水浴びと勘違いとお尻どーん!


「そうと決まれば道具の用意をしなくちゃ。水を溜められる瓶みたいなものはあるかな……?」


「あ、いや、ちょっと! ほ、本気なの!? いや、あたし的には嬉しいけど、急に思い切りが良くなりすぎて感情がついていけないんだけど!」


「え? あ、うん。ちょっと大変かもしれないけど、悪くないと思ったからね。その提案、利用させてもらうよ」


「あ、ああ、そ、そう? ふ~ん、そ、そっかぁ……!」


 躊躇いなんてものを一切感じさせないくらいに乗り気になった蒼は、水を溜めるための瓶や桶を準備し始めている。

 そんな彼の行動を見つめるやよいは、予想外の反応に目をぐるぐると回しながら困惑と焦りの感情で頭の中を一杯にしてしまっていた。


 実のところ、先の言葉は七割くらいが冗談であった。

 こんなことを言えば蒼は大いに慌てて、色々と苦悩している頭を一時的にでも空っぽにしてくれるのではないかという、やよいなりの気遣いと思いやりを込めての言葉だったのだが、まさかこうして真っ向から受け止められるとは思ってもみなかったわけである。


 が、しかし……別に、彼がそれを望むのならば、応えなくもないという想いもあった。


 先の言葉の七割は冗談だが、裏を返せば三割は本気ということでもある。

 これまでの自分の挑発的な言動に堪忍袋の緒が切れた蒼が、色々と吹っ切れた末に彼女を手籠めにしようと考えたのであれば……まあ、責任の大半は自分にあるのだから、喜んでお相手を務めようとやよいは思っていた。


 今、その瞬間が来たというだけで、何も焦る必要はない。

 そうとも、ここは他の武士団や幕府の将兵がわんさかいる野外の陣中で、布団もなにもない水浴びの最中に行う情事であったとして、桔梗から多少なりとも房中術を学んだ自分が童貞である蒼に怯える必要などこれっぽっちも――


「は、はい……! ちょっと、いいでしょうか……?」


「ん? どうかした?」


 ……とまあ、当然の如くテンパりにテンパったやよいは、おずおずと手を挙げると蚊の鳴くようなか細い声で蒼へと話しかけた。

 自分とは真逆に一切の緊張も感じていなさそうな蒼の態度に少しだけ恨めしさを感じながら、普段とは立場が逆転したやよいが顔を真っ赤にして震える声で彼へと懇願の言葉を口にする。


「あの、その……ちゃんと、後でお相手するからさ……先に、体を洗わせてもらっていいかな!? 体が臭うの、あたしも気になっちゃうし!」


「え……? 言われなくてもそのつもりだけど、どうかした?」


「ああ、そう……! よかったぁ、蒼くんが女の子の臭いに興奮する人だったらどうしようかと……!」


「なに!? どうしてそうなるの!?」


 竜頭蛇尾ならぬ、といった感じで言葉を発したやよいに対して、怪訝な表情を浮かべながらその願いを承諾した蒼は、続けて彼女の口から発せられた不名誉な扱いに慌てながらも突っ込みを入れる。


 やよいはやよいで初めての交わりを汗臭い体で迎えることが避けられてよかったとばかりに安堵していたのだが……彼女もまた、気を取り直した蒼が発した次の言葉に大慌てする羽目になってしまった。


「まあ、いいや。栞桜さんたちも呼んできなよ。みんなが水浴びをしてる間に、僕も燈を呼んでくるからさ」


「うぇっ!? あ、燈くんも、呼ぶの……? あ、燈くんに見られながら、その……!?」


「……? 燈だけ仲間外れにするのもおかしいでしょ? そりゃあ、一緒にするよ」


「あわわわわ……!! 二人、同時……!? あたしが蒼くんと燈くん、一気に二人のお相手を……!?」


 やはり兄弟子として、弟弟子の女の面倒を見るのも役目だと思っているのだろうか?

 もしくは、親友である燈を差し置いて自分だけが童貞を卒業することを忍びなく思っているのか、蒼は燈の相手も自分にさせるつもりのようだ。


 ――いや、あるいは……!


(も、もしかして、燈くんの前であたしのことを……!? あ、あたしの恥ずかしい姿を他人に見せつけるのを楽しもうとしてるの!? そ、蒼くん、割と鬼畜な性癖してる……!!)


 ごくりと、脳裏に湧き上がった想像に息を飲むやよい。

 水浴び中に交わりながら弟弟子に交わっている女子おなごの痴態を視姦させ、羞恥に悶えるその姿を楽しむ。

 黒い笑みを浮かべて自分を責める蒼の姿を妄想した彼女は、その変態性に頬を赤らめながらもそれを彼が望むのなら……と、覚悟を固めようとしていたのだが――


「……でも、僕たちが水浴びをするのは大分後になっちゃうだろうな。とにかく、燈にも手伝ってもらって他の武士団の人たちを集めないと……」


「……ん? 後になる? 他の武士団? どういうこと?」


 何か、引っ掛かる言葉を口にした蒼に対して、今度はやよいが怪訝な顔を向ける番だった。

 自分と彼の間に大きな認識の乖離が存在していることを察したやよいがその差を埋めるために質問を口にすれば、至って真面目な顔をした蒼が情事やら姦通やらの気配を感じさせない大真面目な答えを返してくれた。


「だから、水浴びをするんだよ。三軍のみんなも今日の行軍で疲れてるし、体も汚れてる。お風呂は無理でも、水で体を洗ってさっぱりしたいと思ってる人は多いはずでしょ?」


「まあ、そうだろうけど……それでどうするの?」


「第三軍の仲間たちの信頼を得る、それが第一の目的さ。何の切っ掛けもなく、信頼も出来ない人間の話に耳を傾ける奴なんて何処にもいない。だからまずは信頼を得て、相手の警戒心を解くんだ。例え小さなことだとしても、僕の行動に恩義を感じてくれればそれだけで話を聞いてもらえる可能性がぐんと跳ね上がる。そこで今夜の警備に関しての僕の意見を聞いてもらって、場合によっては力を貸してもらう。そうすれば、きっと――って、やよいさん? どうかしたの?」


「………」


 意気揚々と自分の考えを話していた蒼であったが、ふとやよいへと視線を落とせば、彼女は恨みと怒りが籠った眼差しをこちらへと向けているではないか。

 無論、蒼は最初から不埒な考えなぞ欠片も頭に浮かべておらず、先程までの妄想は耳年増であるやよいの完全なる自爆なのではあるが……色々と覚悟を決めていた分、それを裏切られた怒りが自制心を上回った。


「……蒼くん、いくから」


「い、いく? いくって、どこに? あれ、やよいさん、なにを……?」


 意味深な言葉を口にしてから、自分に背を向けて距離を取るやよいへと不安気に声をかける蒼。

 何か嫌な予感を感じながらも、このイベントは絶対に避けられないということを確信していた彼は、一定の距離を取ってから再び自分へと向き直ったやよいの、ぷっくり頬を膨らませた表情を見た後……


「お尻、ど~~~んっ!!」


「ふげうっっ!?」


 それなりの助走をつけたやよいの強烈なヒップアタックを顔面に受け、くぐもった悲鳴を漏らすのであった。

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