蒼の懸念と解決策

「……以上が、明日の作戦行動の内容だ。流石は英雄の長である聖川殿が編み出した戦略、見事と言う他がない! お前たちはこの策に従い、大和国聖徒会と第一軍の邪魔をせぬように励むのだぞ! わかったな!?」


 自分たちの武士団の代表として会議に出席していた蒼は、鼻息も荒く語る三軍の指揮官の言葉を軽く鼻で笑う。

 手柄を立てることが絶望的と考えて、せめて身内から不手際を起こす者を出すことだけは避けたいという考えが透けて見えるその言葉には、呆れを通り越して若干の憐憫を抱いてしまうくらいだ。


(しかし、これじゃあ武士団として名を挙げるなんてのは無理な話だな。三軍に配属されたってことは、本隊も僕たちには期待していないみたいだ)


 同じく第三軍に配属された武士団の代表たちの顔を観察してみれば、全員が強面の如何にも我が強そうな男連中ばかりだった。

 腕っぷしという部分では期待が出来そうだが、一つの部隊として動かすには扱いにくい。協調性や目上の立場の相手に忠を尽くすことが苦手そうな彼らの姿を見ていると、そんな印象を覚える。


 燈の話を聞く限り、匡史はエリート志向の強い洗練された人材を望む男のようだ。

 ここに集められた人間は、それとは真逆の叩き上げ……燈がここにいたら、その厳つい顔つきも相まってきっと馴染んだだろうと思い、蒼が小さく口元に笑みを浮かべる。


 しかし、この会議に出席しているのは燈ではなく自分だ。

 歴戦の猛者を思わせる男たちの中に、明らかに経験不足といった雰囲気の若者が紛れ込んでいる状況は、幕府の将兵の目にはどう映るのだろうか?

 そんなことを考えながらも彼らの話にしっかりと耳を傾けていた蒼であったが、その耳が信じられない言葉を捉えてしまう。


「……では、今宵の連絡事項は以上だ。解散し、各々の武士団と情報を共有した上で、明日の戦いに備えて休め」


「……は? 以上、だって……?」


 連絡事項はもう無いと、そう告げた軍団長の言葉に蒼の口から唖然とした声が漏れる。

 静まり返っている幕舎の中にその声はよく通り、蒼がしまったと思った時には、彼の声を聞きつけた軍団長からの鋭い視線を受けながら威圧感たっぷりの詰問を受ける羽目になってしまっていた。


「なんだ? 貴様、何か物言いがあるのか? 随分と若い男だが、何処の武士団の者だ?」


「ええと……結成したばかりで名前の無い武士団の仮代表を務めております、蒼という者です。少しお伺いしたことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


「はぁ……なんだ、申してみよ」


 戦いのいろはも知らぬ若輩者が、という軍団長からの嘲りの視線を浴びながらも、一度目をつけられてしまったのならばとことん踏み込んでしまえと思い切った蒼が質問を投げかける。


「今宵の夜の番は如何するのでしょうか? 我々は平野に陣を敷き、すぐ近くには敵の拠点がある。夜襲を警戒するのは当然のことで、それに関して総大将殿からは何か連絡はないのでしょうか?」


「夜襲? 夜襲だと? ……はんっ! 何を言い出すかと思えばそんなことか。夜の番は第一軍の兵が担ってくれるそうだ。本日の行軍で疲弊しているであろうお前たちに代わって、大和国の兵士が睡眠時間を削って警戒に当たってくれる。皆、そのことを感謝して――」


「いったい、どれだけの数の兵が警備に当たるのですか? 我々は銀華城を三方から包囲する形に陣を敷き、その範囲は広域に渡っています。その全てを第一軍の兵だけで見張り切れるのでしょうか? 万が一のことがあった時、十分に防御に当たれる人数と体制ですか? 仮にそれが可能であったとして、それだけの数の兵を本隊である第一軍から夜の番に回しては、明日の戦いに悪影響が出るのでは――」


「ええい! いちいちうるさい男だ!! 普通に考えてみろ! 夜襲なぞ、あるわけないであろうが!!」


 敵の夜襲に対する懸念を伝える蒼であったが、軍団長はそんな彼の考えを一刀両断に斬り捨てると怒声を上げて彼の言葉を遮る。

 やる気も覇気もない彼は、とっとと会議を終わらせて休んでしまいたいという自分の願いを妨害する蒼へと、様々な苛立ちをぶつけるようにして罵声を浴びせ続けた。


「敵の数は五百! 対して我々は三千だぞ!? この状況で城から打って出て戦いを仕掛けるなんていうのは馬鹿がやることだ! 戦局を打破したい状況下ならともかく、開戦もしていない今日の夜に攻撃が仕掛けられるはずがない! 少し頭を使えば簡単にわかることだろうが!!」


「ですが――っ!!」


「ですがもしかしもかかしもないっ!! 我々は総大将殿からの指令を遵守すれば良いのだ!! お前のような経験不足の若造が、ああだこうだと偉そうに戦を語るでない!! 話はもう終わりだ! 貴様の名前と顔は、しかと覚えたからなっ!」


 一方的に怒鳴り散らし、話を強引に中断した軍団長が大股で幕舎から去っていく。

 他の兵士たちの中にも総大将である匡史のやり方に疑問を口にするような真似をした蒼と関わろうとする者はおらず、各武士団の代表たちも憐れみの視線を向けるだけだ。


 こうして、上からの命令を伝えるだけの報告会は波乱と懸念を生み出しながら終わった。

 一人、また一人と幕舎から人が去り行く中、最後までその場に立ちつくしていた蒼もまた、青色の吐息を口にしながら自分たちに割り当てられた幕舎へと歩んでいく。


 先の軍団長とのやり取りのせいで、自分たちは完全に第三軍の中で浮いた立場になってしまったなと、そんな憂鬱な気持ちを抱えながらも、蒼の頭の中には今宵の守りに関する懸念と不安を解消する方法を探ることしかない。


 まず間違いなく、鬼たちは夜襲を仕掛けてくる。

 問題は、その考えを伝えようとしても耳を傾けてくれる者が誰一人として存在していないということだ。


 夜の闇に乗じて攻撃を仕掛けてくる鬼の軍勢に対しては、如何に蒼たちが強者であろうともたった五名で対処し切れるものではない。

 敵が軍で動くのなら、こちらも同じ単位で動かなくては話にならない、と……どうにか自分の考えを他の武士たちに伝え、共に防御を固める方法を模索しながら歩いていた蒼の腹に、それなりの重量を持った柔らかいものが突っ込んできた。


「はいっ! お尻、ど~んっ!!」


「ふぐおっ!? う、ぐ……っ!」


「報告会の参加、お疲れ様~! それで? どんな話をされたの? 明日以降の動きは? 今日はあたしたち、夜番をしなくても平気?」


「や、やよいさん……それ、割と洒落にならない痛さだから、止めて……!!」


 完全に緩んでいた腹筋にやよいの大きなお尻での一撃を喰らった蒼が悶絶し、その場に膝をつく。

 左手で腹部を抑え、右手で手近にあるやよいの肩を叩きながら、少し前にぎくしゃくしたやり取りをしてしまったが、今ではすっかり普段通りの振る舞いを――


(――しては、ないんだよな。今までの彼女とは、何かが違う気がする)


 ――と、ほんの少しだけ感じる違和感から、やよいが今までと違った感情を持って自分に接していることを察した蒼は、彼女の肩を掴みながら心の中で思う。

 同時に、深く心の中に踏み込まれた時、自分が彼女にしてしまった行動を思い出して顔を赤らめた彼は、大きく首を振ってその感情を振り払うと、顔を上げ平静を装って顔を上げた。


「……とにかく、最低でも不意打ちは止めてよ。君が思ってる三倍くらいは痛いんだからさ」


「あ~……うん、了解! やる時は一声かけてからやるね! にししっ!!」


 やはり、少しだけ違和感を感じる笑みを浮かべるやよいの姿を見ながら、自分も同じようなものかと考えを改める蒼。

 彼女が普段通りを装っているように、自分も彼女に対しては平静を装い続けている。

 心の中では彼女に対する罪悪感や諸々の感情が入り混じっているが、それを表面に出さないように必死になって自分を繕っている自分自身では、やよいのことをどうこう言えないなと考えながら……蒼が小さく咳払いをした瞬間、やよいの小さな体がびくりと震えた。


「あ~……蒼くん? 今の咳払いってさ、何かが臭ったせいでしたわけじゃあないよね?」


「え……? 臭ったって、何が?」


「むぅ~……あたし、今日は沢山動いたから汗をいっぱいかいたんだけど? こんな状況だからお風呂どころか体も拭けてないんだけど?」


「あっ……!?」


 珍しく……本当に珍しく、羞恥で顔を赤らめたやよいが蒼をジト目で睨む。

 裸を見られるのは平気だが、汗の臭いを嗅がれるのは嫌だという乙女らしいんだかそうじゃないんだか判らない複雑な心境を抱えた彼女は、デリカシーの無い蒼へと抗議の眼差しを向けながら頬をぷくっと膨らませ、可愛らしくも怒っていることをアピールする。


「ご、ごめん。気遣いが、足りなかった」


「別に、あたしが臭ったわけじゃないっていうならいいよ。若干は自爆したような感じだし……でも、もしも臭そうな顔したら本気で傷つくから。めちゃくちゃ泣くし、怒るからね!」


「は、はい……」


 掴めないところもあるが、やはりやよいも年頃の乙女ということだ。

 相応の羞恥心はあるし、綺麗でない自分の姿を同年代の男に見られるのは本意ではない。

 ……それが、少なからず意識している相手ならば猶更の話だ。


「あ~、でもこのまま体を綺麗に出来なかったら、本気で臭くなっちゃいそうだなぁ……そうだ! 蒼くんさあ、『時雨』で水を出してくれない! それもいっぱい! い~っぱいのお水!!」


「え……? ちなみに、それで何するつもり?」


「決まってるじゃん! 水浴びして、すっきりさっぱりするの! お湯じゃあないのは残念だけどさ、何もしないよりかは断然マシだもんね! あ、そうだ! 蒼くんもあたしと一緒に水浴びする~? 水を出してくれたお礼代わりに、背中を流してあげてもいいよ~!!」


 小悪魔やよい、降臨。

 普段通りの悪戯っぽい笑いを見せて蒼を挑発するやよいは、どうせ彼が大いに慌てて自分を叱るのだろうと思っていたのだが……?


「………」


「あ、あれ? 蒼くん? 怒らないの? そういうことは冗談でも言わないの~! とか、年頃の女の子が軽率にそんなことを~、とか、いつもなら言うじゃん!」


「……そうか、その方法があった。それだよ、やよいさん」


「ふえっ!?」


 怒らない、照れもしない。

 むしろその提案を天啓だとばかりに受け取り、その言葉に何度も頷いてみせるという、普段の彼とは真逆の反応を見せた蒼が、戸惑うやよいの手を取ると、彼女の目を真っ直ぐに見つめながらこう言い放った。


「しよう、水浴び! すぐに準備するよ!!」


「え? ええっ!? ふぇぇぇぇっ!?」

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