問題だらけの軍が行く
翌日の早朝、幕府の兵士と昇陽周辺の武士たちの混成軍は、規則正しい隊列を取りながら一路、銀華城へと行軍していた。
先頭を進むは『大和国聖徒会』の旗を掲げた第一軍。
総大将である匡史が指揮を執る、精鋭部隊だ。
その後方に第二軍が、そのまた更に後方に第三軍が……という、縦長の陣形を取って移動する軍の中で、最後尾の三軍に配属された燈は、隣を歩む蒼へと小さな声でこう尋ねる。
「なあ、昨日の話ってマジなのか? この戦で活躍した奴らを、幕府がお抱えの軍隊として迎え入れようとしてるって話……」
「確証はないけど、ほぼほぼ間違いないだろうね。部隊を指揮する兵士の顔を見て、そう思えたよ」
蒼は、燈に対して同じく小さな声で答えてから、第三軍に配属された幕府軍の兵士へと視線を向ける。
出発して間もないというのに既にくたびれているというか、どこか覇気を感じさせない顔つきをしている兵士たちばかりが目に付く光景を目の当たりにした燈は、正直な想いをそのまま言葉として呟いた。
「なんか、気合が入ってねえ感じがするな。本気で戦争しようと思ってんのか?」
「大正解だよ、燈。彼らにはやる気がない。少なくとも、第三軍に配属された時点で彼らは士気を失っているさ」
「はぁ? なんでだよ? まだ戦いも始まっちゃいねえだろうに、どうしていきなりやる気を喪失してんだ?」
戦う前からやる気を失っているだなんて、前代未聞にもほどがある。
銀華城は幕府にとって重要な拠点なのだから、そこを奪還するというのならば否が応でも士気を上げねばならないはずだ。
それなのに、肝心の幕府軍がその士気を端から低下させていてどうするんだと憤慨する燈に対して、同じように呆れた笑いを浮かべた蒼が言った。
「彼らも気が付いているんだよ。この戦で活躍した者が総大将を中心とした精鋭部隊として再編成されて、破格の待遇で幕府に迎え入れられるってことをね。だからこそ、手柄を立てて自分もその枠の中に滑り込みたいと考えている。だけど――」
そこで一度言葉を区切った蒼が地面を指差し、小さく鼻を鳴らして再び口を開く。
「――ここは第三軍。最前線から一番遠い、最後尾の軍隊さ。手柄を立てるなんてのは夢のまた夢だって考えてるんだろうね」
「ってことはなにか? あいつら、自分たちが活躍出来ないからって拗ねてるのか!?」
「そういうことだよ。まったく、功名心が高いお方が多過ぎて驚いちゃうよ」
蒼の話を聞いた燈は、唖然とする以外のリアクションが取れなかった。
まさか、多くの人々の命とこの国の威信がかかった戦いに臨もうとしている兵士が、自分が出世出来ないことに腹を立てて拗ねるだなんて子供のような振る舞いをするだなんてこと、信じられるわけがない。
それでも、現実問題として自分たちと同じ第三軍に配属された将兵の表情から全く覇気が感じ取れない以上、彼らがそんな子供じみた考えを抱いていることは否定のしようがない事実だ。
まあ、そんな心構えで戦に臨もうとする連中が一軍にいた方がもっと問題だろうと思いつつ、だからこそこいつらは三軍所属になったんだろうなと納得した燈は、前を進む二つの軍勢を見やると蒼へとその構成についても尋ねてみた。
「なあ、どうして三軍には出番が回ってこないって言い切れるんだ? 今はこうして最後尾に並んでるけど、銀華城に着いたら陣形が変わるかもしれないだろ?」
「ん? ……ああ、簡単な話さ。各軍の人数と比率を見てごらん。第一軍は二軍三軍と比べて圧倒的に数が多いことがわかるだろう? つまり、戦の主軸はあの軍が担う。他の二つの軍勢は、その補助として動く部隊として扱われるってことになるんだ」
「でもよ、二軍と三軍の人数は同じくらいだろ? だったら、俺たちが一軍のサポートをする可能性もあるんじゃねえか?」
「残念ながら、その可能性は薄いかな。確かに二軍と三軍は人数でいえば同程度だろうが、軍を構成する兵士の比率が違う。二軍は幕府軍の兵士が圧倒的に多く、騎馬兵の数もなかなかに多い。逆にこちらは昇陽で集めた武士が大半で、ほぼ全員が歩兵だ。どちらの部隊がより迅速に動けて、かつ指示が出しやすいかなんてのは一目瞭然だろう?」
「あ~……なるほどなぁ……」
要するに、二軍は機敏さを活かした作戦を実行する部隊であり、見込みのないみそっかす共を集めた第三軍とは人数は一緒でも質が違うということだ。
それらの判り易い説明を受け、軍隊やそれを指揮する将兵の様子から様々な情報を読み取った蒼の凄さを再認識した燈は、苦笑交じりに彼への賞賛の言葉をくちにする。
「……やっぱお前、団長向いてるよ。仮なんて外して、そのままなっちまえばいいのに」
「……その話はまた今度にしよう。ほら、見えてきたよ」
やはり、その話題は蒼にとって触れてはほしくないものらしい。
単純な褒め言葉に不快感を見せることはなかったが、団長に関する話題を避けようとしている彼の意志は燈にも感じ取ることが出来た。
先日のやよいとの一件を考えると、これ以上は踏み込まない方が良さそうだ。
そう判断した燈は、蒼が指差す先へと視線を向け、この話題を打ち切った。
「うぉ、でっけぇ……!!」
そうして、そこにあった物を目にした燈は、驚きの感情を滲ませた感嘆の声を口から漏らす。
広大な平野の一部が盛り上がって出来上がったであろう丘陵の上に、それはあった。
周囲を深い堀で囲み、天然の石垣ともいえる崖で高低差を作り、そこから更に塀を作ることで外部からの侵入を防ぐ。
人工の防御施設で堅牢な防御網を作り上げながら、巨大な山を背負い、最も弱い背後からの攻撃を完璧にシャットアウトするその作りは、正に天然の要害。
陽光を浴びて銀色に輝く天守の美しさは見る者を魅了するが、今はその輝きが若干色褪せて見える。
おそらくは、完璧な状態であればこの国で最も美しい城として燈たちの目に触れられていたであろう巨大な城。
作りは平山城。縄張りは梯郭式と輪郭式の合わせ構造。文化に優れた西地方の入り口であり、その守護を司る盾にして、東平京から遠く離れた南の地に潜む不遜な輩を討伐するための巨大な矛でもある、幕府の威厳を示す、職人たちの血と汗で作り上げられた銀の華。
今は鬼の軍勢の手に落ちた、西大和国の象徴の一つとも呼べる存在……銀華城へと、その奪還を請け負った軍勢は辿り着いた。
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