幕間の物語~ 最重要の儀式、再び~

大事な大事な会議(男性編)

第三章が思っていたよりも長引き、しかも重苦しい感じになってしまったので、その空気を払拭するための軽いお話。

第四章までの繋ぎとしてお楽しみください。


――――――――――


「……来たか、蒼、燈。そこに座れ」


「はぁ……」


 武士団を結成してから何日か過ぎたある日のこと、師匠である宗正に二人揃って呼び出された燈と蒼は、桔梗邸にて割り当てられた彼の私室へと訪ねていた。


 部屋の中では非常に神妙な顔をした宗正と、我関せずといった様子で茶を啜る百元の姿がある。

 なんとなく、師に呼び出された理由を察していた燈たちは、その相反する二人の姿を見て、感じていた予感を確信へと強めていた。


「……お前たちをこうして呼び立てたのは、とても重要な話があるからだ。武士団を結成し、本格的な活動が始まろうとしている今こそ、お前たちにはやってもらわねばならないことがある」


 非常に真剣で、真面目で、真摯な表情を浮かべている宗正は、これまた真剣な声色で燈たちへと告げる。

 だが、彼の話を聞く二人は理解していた。宗正がこんな風に真面目な態度を見せている時こそ、自分たちにとっては碌でもない話をする時なのだということを……。


「それで、師匠。僕たちは、何をすればいいんですか?」


 返ってくる答えを九割予想しながらも、蒼が宗正へと尋ねる。

 出来ればその予想が外れてほしいと願いながら、一縷の望みを胸にする燈と蒼であったが、宗正が口にしたのはやはり彼らの予想に違わない禄でもない答えであった。


「うむ! お前たち、童貞を捨ててこい!!」


 燈は、尊敬する師匠が本当にしょうもないことを自分たちに命じる様をばっちりと目にした。

 これで彼からこの命令を下されるのは二度目だなと思いながら、どう反応をしたものかと悩む彼らに対して、宗正が必死にこの儀式の重要さを伝えてくる。


「お前たち! 本当にこの儀式の重要さを理解していないな!? これはふざけているわけじゃなくて、本気で必要なことだからわざわざ言っているんだぞ! 武士団として活躍し、お前たちの名が広まれば、あちらこちらから女が集まってくる! その中にはよからぬ考えを抱いている連中もいるわけで、そいつらにお前たちが騙されることになったりしたら……ああ、考えただけでも恐ろしい!」


「……君が言うと説得力が違うね。本当に、身に染みる警告だよ」


 ズズズ、と音を立てて茶を啜った百元が零したその一言に、一瞬だけ宗正が嫌な顔を浮かべた。

 そこから鋭い眼差しを旧友に向け、余計なことを言うなとばかりに睨み付ける彼の反応を涼しい顔で受け流し、百元は燈たちへと会話の相手を切り替える。


「まあ、宗正の実体験に伴う忠告は別としてもだ……君たちは、年齢からしてもそういったことに興味があってもおかしくはない年頃の男子、その欲求を利用しようと考える者もいなくはないだろう。完全なる対策は無理だとしても、ある程度の耐性は付けておいた方が良いというのは僕も同意だね」


「ある程度の耐性、っすか……」


「左様。平然と女性を食い散らかすような男にはなってほしくはないが、女性の裸体に右往左往するような情けない男にもなってほしくもない。純粋なのはいいことだが、初心過ぎるのも考え物だからねぇ……」


 そうして再び、ズズズと音を立てながら湯飲みの中の茶を啜る百元を見つめながら、燈が困惑したような表情を浮かべる。

 決して師匠たちが言っていることに理解を示せないわけではないのだが、やはりこういったことを人に言われて済ませるというのは心境が複雑になるものだ。


 若干、難しい表情を浮かべてどうこの想いを噛み砕いたものかと悩む燈の横では、蒼がここ最近で明確に自覚するようになった自身の女性への免疫の無さについて思い悩んでいた。


 今しがた百元に言われたことをこの頃はとある少女から常々指摘されているような気がするし、もっと言うならばその問題を解決しようとあちら側があれやこれやの手を尽くしているような気がしなくもない。

 そうやって思い出すのは、小柄な体格に反してよく育った乳房だとか、その頂点に在る桜色の突起だとか、丸々とした形の良い白桃のような尻だとかの映像で、もわもわと頭の中に映り込む少女の裸体に噴き出した蒼は、必死に頭を振ってその妄想を振り払った。


「それに、だ。君たちのことを信用していないわけじゃないが、同じ武士団の仲間には魅力的な女性たちが揃っている。性欲の操り方を知らず、その場の雰囲気と欲情に流されてついつい彼女たちと体を重ねてしまう……なんて事にならないようにするためにも、やはりここは性交に関しての訓練を受けておくべきだと思うよ」


 あくまで冷静に童貞卒業の儀式についてのメリットを語る百元の言葉に、宗正は赤べこのように首を大きく上下させて頷きを見せている。

 これは断れる雰囲気ではないということを察した燈たちは、ふはぁと深い溜息をつくと……若干うんざりとした表情を浮かべながら、師へと尋ねた。


「まあ、わかりましたけど……どうするつもりですか? やはり、遊郭に行くつもりで?」


「うむ! 昇陽の街にも揚屋や遊郭はあるからな! 流石は西の大都市、輝夜にも負けぬ美女が揃っているぞ! 今度はわしも同行するから前回のようなことにはならんだろうし、師弟水入らずでばっちりと楽しもうではないか! がはははははは!!」


「……ああ、この場に嵐がいないことを心の底から感謝するよ。あの子にこんな馬鹿げた話を聞かせなくて済んで、本当によかった……!!」


 あそこまで大真面目に話しておきながら心の底では馬鹿げた話だと思っていたのかよ、という突っ込みを飲み込んだ二人は、上機嫌な宗正の姿にとある疑念を抱く。

 それは、まさかこの男、自分たちの童貞卒業をダシにして自分が遊郭で遊びたいだけなんじゃないだろうな、という師匠に対して身も蓋も信頼感もない疑念であったのだが、あながちそれは間違いではなかった。


 なにせ、この男同士の密談をこっそりと聞いている者たちの気配に、浮ついた気分の宗正はまるで気付いていないのだから。


「蒼! 燈! 決戦は明後日の夜ぞ!! それまで英気を養い、各々覚悟を決めておけよ! 安心せい、今回はわしがついておるからの! がはははははは!!」


 あなたが一緒だからこそ安心出来ないんですが……と、燈も、蒼も、百元も、豪快に笑う宗正を見つめながらまったく同じことを思う。

 そんな、普段とは違って警戒心がゆるゆるな一同のすぐ近くでは、これまでの会話を全て聞いていた少女たちがこっそりとこの場から離れ、それぞれの思惑を胸に行動を開始するのであった。

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