もしかしたら本当のエピローグかもしれないお話(あるいは、順平たちの末路)


「う、う……こ、ここは……!?」


 薄暗く湿っぽい空間の中で目を覚ました順平は、全く視界の通らない暗黒を見回しながら一人呟く。


 最後の記憶を辿り、自分が燈に全力で打ちのめされたことを思い出した彼は、確実に砕けたと思った顔面の骨が綺麗に修復されていることに気が付き、自分の顔を撫で回しながら呟いた。


「ど、どういうことだ? いったい、何が……!?」


「ああ、やっと目を覚ましたんですね。あんまりにも長い間起きないものだから、てっきり死んでしまったのかと思いましたよ」


「!?!?!?」


 自分に対して投げかけられたであろう女性の声を耳にした順平は、おっかなびっくりといった様子で暗闇の中で体を跳ね上げる。

 明らかに異様なこの状況の中で、自分以外の存在と初めて遭遇する順平が目にしたのは、仮面を被った女と思わしき人間の姿だった。


「こんにちは、竹元順平さん。怪我の具合はいかがです? もうすっかり、よくなったと思いますけど……」


「な、なんなんだお前は!? ここは何処なんだ!? 俺をどうするつもりだ!?」


「あらあら、一応、あなたを助けてあげた人間に対して、その態度はないんじゃないですか? ふふふ、でも……そうじゃなくっちゃ、助けた意味がありませんもんね」


 そう言うと、女は手にしていた鍵を使って、順平が閉じ込められていた独房の扉を開けた。

 ここは牢屋か何かなのかと驚く順平は、今の自分には何の武器も情報も持っていないことを顧みて、今は彼女に従う方が賢い選択であると判断する。


「さあ、ついてきてください。あなたには、やってもらうことがあるんです。そのためにわざわざここに連れてきてあげたんですからね……」


 ふふふ、と蠱惑的に笑った女は、順平に手招きすると薄暗い廊下を先導して歩き始めた。

 その背を追って歩く順平は、移動の最中に彼女に対して質問を投げかけてみる。


「……なあ、教えろよ。お前は何なんだ? どうして俺を助けた?」


「ふふふ……せわしないお方ですねえ。まあ、教えてあげましょうか。……私はとある方に仕える身。目的は、そうですねえ……妖刀を作り上げ、その使い手を見つけ出すこと、とでも言っておきましょうか」


「妖刀の使い手を見つけ出す、だと……!? まさか、磐木での事件はお前たちが……!!」


「ご名答です。流石にそれくらいはあなたでもわかるみたいですねぇ」


 くすくすと、自分を嘲るように笑う女の態度にむっとしながらも、順平は少しずつ話の先が読めてきた。

 要は、彼女は表には姿を現すことが出来ないお尋ね者で、何かよろしくないことを企んでいる集団の一員だ。

 そして、彼女たちはその目論見のために妖刀を使える者を集めているとくれば……自分がここに連れて来られた理由も想像がつく。


 自分は、妖刀使いとしてスカウトされたのだと、そう理解した順平は、やぶれかぶれの状態で見つけた最後のチャンスに心の中で笑みを浮かべる。


(やった、やったぞ! 予定とは違うが、チート能力を活かして成り上がるって目的は果たせそうじゃねえか! 虎藤の奴が生きていた以上、俺の悪事が学校の連中バレるのも時間の問題……なら、犯罪組織だとしても居場所が出来たのはありがてえ! 行き場があるってだけで儲けものだぜ!!)


 あれからどれだけの時間が過ぎたかは判らないが、もう自分が犯してきた数々の悪事も学校で広まっている頃かもしれない。

 あのまま学校に残っていれば武神刀を剥奪されるどころか、最悪の場合は処刑されていたかもしれないと考えると、犯罪組織であっても居場所を得られたということは本当に幸運だとしか言いようがない。


 しかも、妖刀という馬鹿げた力を持つ刀を手に入れられるチャンスまで得たのだ。

 その力で、燈に対して復讐を遂げることも夢ではない……と、考えた順平は、湧き上がる興奮を抑えることなく、女へと声をかけた。


「へ、へへ……! 悪かったな、知らない場所に連れて来られて気が立ってたんだ。だが、もう大丈夫……! 助けてくれてありがとうよ。それで? 俺は何をすればいい? こうなった以上、どんなことだってやってやるぜ……!!」


 たとえそれが犯罪であっても、殺人であったとしても、怖れはしない。

 自分の進むべき道はもう一つしかないと踏ん切りをつけた順平が野心を滲ませながら女へとそう告げれば、彼女は嬉しそうな声色で返事を口にする。


「あら、そうですか! では、こちらで詳しくお仕事についてお教えいたしますから、中に入ってくださいな」


「あ、ああ……! ヒヒッ! ここに、俺の妖刀が……!!」


 分厚い鉄の扉の鍵を開け、中に入るように促す女の言葉に笑みを浮かべながら、順平が重い扉を渾身の力で開いていく。

 そうやって、悪意と希望に満ちた扉を開けた彼は、その先に広がる自分の未来を暗示する光景を目の当たりにして……顔に張り付けた笑顔を凍り付かせた。


「む、ぎぃ……! お、おたすけ、を……! も、もう、げんか、ひいいっ!!」


 その扉の向こう側では、裸に剥かれた女性の姿があった。

 慎ましやかながらも形の整った乳房も、女性として最も神聖な器官である恥部も、何もかもを曝け出している美しい女性の姿を見れば、普通ならば興奮の感情を抱くことだろう。

 しかして、順平はそんな興奮などまるで感じず、それどころか急速に心臓が冷えていくような感覚に襲われていた。


 なぜなら、全裸の彼女の全身には太い針が突き刺されており、そこから赤い血が筋となって滴り落ちていたからだ。

 女性の周囲には顔を頭陀袋で隠した男たちが立っている。

 数々の拷問器具を用いて彼女を責め上げる男たちと目を合わせた順平は、心の底からの恐怖を抱くと共にとあることに気が付く。


「お、お前……花織、か……? ど、どうして、お前がここに……!?」


 痛みのあまり美しかった表情を見るも無残に歪ませ、血の涙を流しながら悲鳴を上げている女性の正体が巫女花織であることに気が付いた順平がか細い声で彼女に話しかける。

 しかし、拷問の苦痛でいっぱいいっぱいの彼女にはその声は届かず、更なる悲鳴が順平の心を抉るだけの結果となった。


「う、ふふふふふふ……! 彼女も私がここに連れてきたんです。あなたと同じ、醜く歪んだ心の持ち主ですからね……きっと、素晴らしい負の感情を量産してくれることでしょう」


「な、なんだ? どういうことだ? 俺と、同じ? な、なにを……!?」


 扉の鍵を閉め、ぬっと順平の肩越しに顔を出した仮面の女は、とても楽しそうにしながら語っている。

 その様子に、何か自分がとんでもない勘違いをしているのではないかと感づいた順平に対して、女は彼をここに連れてきた真の目的を語り始める。


「言ったでしょう? 私たちの目的は、、その使い手を見つけ出すことだって……! 妖刀というのは、怨念や殺意といった人の負の感情をその身に宿した武神刀のこと。人工的にそんな存在を作り出すためには、何人もの人間に生半可ではない苦しみを与え続けて、その心から負の感情を引き出すことが必要なんです。特に、あなたのような醜い心を持つ人間は、そういった怨嗟や殺意を抱き易い……妖刀の材料としては、打ってつけなんですよ」


「じゃ、じゃ、じゃあ……俺は、妖刀を使う側じゃなくって……!?」


「はい。あなたは妖刀を生み出す糧となってもらうためにここに来てもらったんです。いや~、助かりましたよ。さっきあなたは言いましたよね? 何でもするって……その言葉に嘘はありませんよね? ふ、ふ……うふふふふふふふふ……!!」


 逃げなければ……!

 狂気に満ちた女の笑い声を耳にした順平は、本能的にそう思う。

 だが、そんな彼の逃走経路を塞ぐように立ちはだかった女は、腰から抜いた小刀を順平の足に突き刺すと、彼が自由に身動きが出来ないようにしてしまった。


「ぎゃああああっっ!!」


「ああ! そうです、そう! もっと苦しんで! もっと悲しんで! その感情が、幽仙様の作り出す最高の一振りに繋がる! 醜いあなたの醜い感情をもっと引き出してください! 死ぬ寸前まで自分を追い込んで! もう殺してくれと叫んでも絶対に死ねない、永遠に楽になれない責め苦を味わい続けて! そうやって、最凶の妖刀を作り出す糧となってくださいね! 竹元順平さん!!」


「い、嫌だ……! 頼む、止めて、くれ……!!」


「おぎっ! ぐ、ぎぃぃ! し、死にたくないぃ……! し、死なせてぇ……! だ、だれか、私を助けてくだ、さいぃ……!!」


 苦しみのあまり死を望み、さりとて死への恐怖に怯える花織の声が、順平の恐怖心を掻き立てる。

 自分もああなるまで追い込まれ、精神を摩耗させられるのだろうか? 肉体を徹底的に嬲られ、その苦しみを妖刀を作り出すための糧とするために永遠に拷問を受け続けるのだろうか?


「あ、ご安心ください。あなたたちが死ぬことはありません。ここの拷問官さんたちはプロですから、肉体が死ぬギリギリを理解していらっしゃいます! それに、精神が壊れて発狂するだなんてことになったら、上質な負の感情が得られなくなってしまいますからね……! 何度だって、治療してあげますよ。だから安心して、痛みに泣き叫んでくださいまし」


 仮面の女の無慈悲な宣告と共に、拷問官たちが順平へと近付いてくる。

 その手に握り締められた数々の拷問器具を目にした順平は、ガタガタと震えながら許しの言葉を口にし続けていたが……それが、何かの意味を成すことはない。


 彼を待ち受ける運命はただ一つ、終わらぬ苦しみの中で妖刀を作り出す糧としてその悲劇を捧げ続けることのみ。

 どこまでも自分に都合よく物事が運ぶと考えていた彼は、その全てを裏切られた上で自分のみに舞い降りた不幸に対して絶叫にも近い悲鳴を上げる。


「い、嫌だーーっ! 誰か、助けてくれーーっ!!」


 地下深く、幕府すら知らない秘密の施設に響くその声を耳にする者など、何処にも存在していない。

 ゆっくり、ゆっくりと軋む音を立てながら閉じた扉の向こう側で始まった順平に対する凄惨な拷問の音と、その苦しみに悶え苦しむ彼の叫び声は、鋼鉄の扉に阻まれて外部へと漏れ出すことは一切ない。


 醜く歪んだ人間はこう扱うに限る……順平と花織の苦しむ様を見つめ、愉悦に満ちた笑みを浮かべた仮面の女は、自分が拾ってきた廃棄物の有効な使用方法に満足してから、この施設を後にした。


 ここに残された人間たちの、壮絶な悲鳴だけを残して……。


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