エピローグ ~結成~






 昇陽の街。その外れにある、桔梗の屋敷。

 そこに揃った天元三刀匠は、皆揃いも揃って一張羅で着飾っていた。


 普段から人前に出ることが多い桔梗はともかく、山奥に引き籠っている宗正や着物に頓着しない発明家である百元もまた、真新しいかみしもを纏って部屋の高座に並んで座っている。


 左に百元、右に桔梗、そして、中央に宗正。

 かしこまった表情の三人は、小さく息を吐くと、手にした紙を広げ、そこに書かれている弟子たちの名前を読み上げ始めた。


「……天元三刀匠が一人、百元の弟子、涼音」


「……はい」


 先ず口を開いた百元に呼ばれた涼音が、一歩前に出ると共に畳の床に膝をつく。

 桔梗が用意した新品の羽織を纏った彼女の晴れ舞台に一瞬だけ感慨深い表情を浮かべた百元は、続けて手にしている紙に記されている弟子の名を声に出して読み上げる。


「……天元三刀匠が一人、百元の弟子、嵐」


 その声に対する返事はない。

 その名を持つ人間も、この場にはいない。


 ただ、彼の魂と夢を引き継いだ人間である涼音は、小さく拳を握り締めると共に、弟の代わりに心の中で師匠へと返答を返した。


「天元三刀匠が一人、桔梗が弟子、栞桜」


「はいっ!」


 百元に続いて弟子の名を呼んだ桔梗の声に、張りのある返事を行う栞桜。

 未来への希望を感じさせる爛々とした瞳を輝かせながら、彼女もまた自分に割り当てられた持ち場へと移動し、その場に膝をついた。


「天元三刀匠が一人、桔梗が弟子、やよい」


「……はい」


 次に名を呼ばれたやよいは、普段の無邪気さが嘘であるかのような厳かな雰囲気で返事を返した。

 緊張しているのではなく、この場に相応しい態度で臨んでいるということなのだろう。

 気負うこともなく、それでいてこの儀式の重要さを理解している彼女らしい反応だと思いながら、桔梗は宗正へと順番を譲った。


「天元三刀匠が一人、宗正が弟子……蒼」


「……はいっ!」


 師からの呼び声に、その意味を噛み締めるかのように返事を行った蒼は、宗正と瞳を合わせながら前に出た。

 これまで、彼と共に過ごした修行の日々を思い、その毎日が報われる時が来たことに感無量の想いを抱く蒼。

 静かに、強い足取りで、師の前に膝をついた彼は、もう一人の弟子が座す空間に視線を向け、ただその時を待つ。


 そして――


「天元三刀匠が一人、宗正が弟子……虎藤燈」


「……うっす」


 最後に名を呼ばれた燈は、砕けた口調でありながらも緊張していることがまるわかりの様子で仲間たちと同じく前に出て、蒼の隣で膝をつく。

 中学の卒業式で、全校生徒たちの前で卒業証書を受け取った時など比較にならないくらいの緊張を覚えながらも何とか粗相をせずに済んだ彼は、バクバクと高鳴る心臓の音を聞きながら、宗正の言葉を聞き続けた。


「裏方・勘定役、椿こころ」


「は、はいっ!!」 


 そうして、この場には似つかわしくない雰囲気のこころがひっくり返った声で宗正に返事を行い、自分たちとはやや離れた位置で気を付けの格好を取る様を見た燈は、若干性格が悪いと思いながらも自分よりも慌てている人間が存在していることに気が付いて落ち着きを取り戻す。

 顔を赤くして、それでもこれ以上は妙な真似はしないようにしようと踏ん張るこころもまた、今日という日にケチを付けぬように頑張っているのだろうと思いながら、深呼吸を行って心臓の鼓動を落ち着かせた燈は、仲間たちと共に天元三刀匠の言葉へと耳を傾けた。


「……以上七名、我らが意思を継ぎ、この国に安寧をもたらすべく尽力すると誓いし若人たち。その心に折れぬ刃を持ち、嘆きの声を上げる人々のために己が力を振るえ」


「心技体……全て、我々が伝えるべきことは伝えた。あとはお主ら次第。ゆめゆめ、その力を悪しきことに用いることのないよう、心の鍛錬に励めよ」


「汝ら、この国の未来を切り開き、闇を払う者たちなり! その命を燃やし、ありとあらゆる困難を打ち砕き、この国に光を取り戻すべく戦う真の武士なり! 天元三刀匠の名において、ここに宣言する! この日、この時、この瞬間……最強の武士団は結成されり!!」


 一際大きく声を張り上げた宗正の叫びが、この場にいる全員の胸を震わせた。

 夢の結実と、その第一歩を踏み出した弟子たちの姿を目にする師匠たちは、湧き上がる興奮に頬を紅潮させながらその感情を必死に押し殺している。


 弟子たちもまた、自分たちが目標としてきた最強の武士団の結成が現実のものとなったことに胸を高鳴らせながらも……それが、まだ初めの一歩でしかないことを理解してもいた。


 この世界を襲う妖の脅威を取り除き、元の世界に帰還するため。

 失敗作である自分たちの存在を証明し、自分たちが無価値な存在ではないということを世に知らしめるため。

 受け継いだ夢を果たし、世界の裏で暗躍する悪意を断つため。


 この場に集う若者たちには、それぞれの想いがある。

 時にぶつかり合い、時に手を重ね合って、自分たちはここまでやって来た。


 ここからが、自分たちにとっての本番。きっと、困難で苦しい出来事が幾度となく自分たちに襲い掛かるのだろう。

 それでも……この仲間たちと一緒なら、全てを乗り越えていける。

 そんな、確信ともいえる予感を全員で共有しながら一斉に顔を上げた燈たちへと、ニヤリと笑った宗正が言った。


「期待してるぞ、我らが愛弟子よ。お前たちの名をこの大和国中に轟かせるつもりで励めよ!!」


 返事は言葉ではなく、視線と表情で行う。

 気負い過ぎず、不安にもならず、ベストコンディションと呼べる心理状態で師匠たちの顔を見つめ返しながら、燈は自分たちの本当の闘いがついに始まったという予感に拳を握り締める。


 思えば、この大和国に召喚されてから数か月という長いようで短い時間の中で、自分は濃密な日々を過ごしてきた。

 クラスメイトに裏切られ、師と出会い、新たな仲間を得て、共に数々の困難を打ち砕き、ここまでやってきた今までの日々を思い返した燈は、改めてここからが真の戦いであるという事実に気を引き締め、強い眼差しで明日を見つめる。


 最強の武士団として、仲間たちと共に駆け抜ける、慌ただしい日々。

 その先に待つものが希望であることを信じ、その途中で待つ困難や障害は全て乗り越え、打ち砕いていくと決意を新たにして、心の奥で炎を燃やす。


(ここからが本番なんだ。この世界で苦しんでる奴らを救う、俺の力を正しい方向に使うための戦い……負けるわけにはいかねえなぁ!)


 胸の奥でそんな気合に満ちた叫びを上げながら、最強の武士団の旗揚げに心をときめかせた燈は、師匠からの期待を仲間たちと背負い、新たな戦いへと挑む。

 この場に集った人間以外誰も知らない、小さな武士団の結成……この国を、世界を変えていく存在の誕生は未だ誰にも知られていない。

 だが、確かにこの世界で産声を上げた新風は、いつしか世界を巻き込む旋風となってその名を轟かせることとなるだろう。


 その時が訪れるのは、そう遠くない未来の話……




――――――――――


『和風ファンタジー世界にて、最強の武士団の一員になる!』第三章を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


自分なりに反省も多く、今後改善していく部分として見なければならない箇所も少なくないと思っておりますが、それらに関してはまた近況ノートの方で呟こうと思います。


ここからいつも通りに登場人物の紹介を書いて、幕間の物語を数本仕上げた後、第四章の投稿を始めるつもりです。


少しごちゃごちゃとし過ぎた第三章の反省点を活かし、出来る限りシンプルでありながら読み応えのあるストーリーラインを組み上げられるように努力していく所存です。


兎にも角にも、ここまでお話を読んでいただき、本当にありがとうございました。

また続きを投稿した際も、よろしくお願いします!

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