エピローグ~何かが終わって、何かが始まる~
「神賀殿、これはどういうことですかね? 我々に内密で部隊の再編成を行うなど、流石にあなたといえど勝手が過ぎますぞ」
妖刀事件から数日後、仲間たちと帰還した王毅は、眉間に青筋を浮かべる幕府の高官から詰問を受けていた。
怒り心頭だが、相手が相手であるだけにまだ下手に話を進めようとする彼に対して、すべきことをしただけだとばかりに王毅は冷静に事実だけを述べて話を返す。
「我々の内部に仲間を裏切った者たちがいた。それを放置し続ければ、後に大きな憂いになりかねない。あなた方に黙って事を起こした点については謝罪しますが、迅速に動かなければ二次被害が出ると判断したからこそ、我々だけで片を着けたということをご理解いただきたい」
「……それが、折角戦力として形になってきた兵士たちの軟禁だと? 彼らに武神刀を始めとした武具を与えたのも、彼らの育成に力を注いだのも、あなたの提言があってのことだというのをお忘れになりましたか? 数十名の武士たちから戦う力を取り上げ、牢に繋ぐことが、正しい行動であったと? そう仰るつもりですかな?」
幕府高官からの言葉に、王毅は無言で一度口を噤む。
決して、返す言葉が見つからなかったわけではない。ただ少しだけ、自分のしたことを振り返るための時間が欲しかっただけだ。
磐木から帰還した王毅は、正弘や冬美の助けを借りて燈を陥れた生徒たちを調べ上げ、彼らを一堂に集めて拘束、武装を取り上げることに成功した。
改めて、彼らから話を聞いた上で、その処遇として学校内での軟禁を命じた王毅は、これがベストな選択ではないことを理解している。
主犯である順平はともかく、彼の指示に従った取り巻きたちに対して、処刑という判決を下すのは些かやり過ぎであると王毅は考えていた。
かといって、学校外に彼らを追放しても、相応の戦闘能力を持った行き場のない集団が犯罪者にならないとは考えられず、正式な処罰は熟考を重ねた末に下すと宣告して、今は彼らから武装と自由を奪い、学校内に軟禁する程度の処罰で済ませている。
徹底的に裏切り者を処罰することも出来ず、さりとてその罪を許すことも出来ない生温さを抱えている自分に自嘲気味な笑みを浮かべていた王毅であったが、幕府の高官はそんな彼が真面目に話を聞いていないと思ったのか、ちくりと刺すような嫌味を口にした。
「決して、英雄であるあなたの実力を疑っているわけではありません。しかし、先の妖刀奪還作戦ではその目的を果たせず、組の主軸を成す要員を失ったばかり。しかも、我々が派遣した巫女も行方不明になっているのです。そのことを考えれば、我々に申し訳ないと考えるのは当然のことでは?」
「ふっ、申し訳ない、か……ふ、ふふふふ……」
「何がおかしいか!? 笑って済ませられるようなことでは――」
自分の発した言葉に対して、慇懃無礼な笑い声をあげた王毅の姿に怒気を荒げた高官であったが、顔を上げた彼の表情が全く笑っていないことに気が付いた瞬間、背筋が凍るような悪寒に全身が襲われた。
一種の可笑しさと、呆れのような感情を入り混じらせた瞳を浮かべながら、王毅は自分たちと幕府を繋ぐ窓口である男に対して、こう詰め寄る。
「では、こちらも聞かせていただきましょう。何故、最初から盗まれた妖刀が複数本あることを教えてくれなかったのですか? その情報を前もって知っていれば、それなりの策が立てられた。突如として現れた第二の妖刀の存在に動揺してしまうことは、おかしなことだと思いますか?」
詭弁だ、と王毅は思う。
戦いの途中で花織からその情報を引き出せた自分たちは、それでも有効的な策を打ち出すことは出来なかった。
それでも、このまま幕府の操り人形として過ごすことを止めた彼は、明らかな落ち度であるそれを武器に男へと挑みかかっていく。
「それは……存じ上げません。我々は確かに、あの巫女に全てを伝えるよう言い聞かせておいたはずです」
「おかしな話ですね。花織は確かに、幕府が己の見栄を守るために妖刀が複数本盗まれたことを秘匿しておけと指示されたと言っていましたが……?」
「……何かの思い違いでしょう。あるいは、あの巫女の独断かもしれませんな」
見苦しい嘘だ。幕府はあくまで自分たちの落ち度を認めず、責任からも逃げるつもりらしい。
しかし、そこを追及しても今は何もならない。のらりくらりと躱され、適当なところで話を切り替えられるに決まっている。
「……では、よかったではありませんか。そのような勝手な判断をする巫女は厄介払いせずともいなくなってくれた。こちらとしても、仲間に正確な情報を話さない仲介役など不必要です。不穏分子を排除するためには、時に強引な手段を用いることも必要……そうでしょう?」
「………」
今までの、何処か甘さを感じさせていた時とは違う、冷酷な雰囲気を纏った王毅が有無を言わさぬように男へと言い放った。
多少は問題があれども、仲間は仲間として扱ってきた彼が花織を不必要と言い切ったことに愕然とする高官に向け、尚も彼は言葉を続ける。
「今回、俺が取った行動が完全に正しいものかと聞かれれば、その答えはNOでしょう。しかし、それを理解してでもやらなければならないと判断したからこそ、俺たちは踏み切ったんです。真の意味で仲間を守るために、この世界を救うために、俺は今までの俺ではいられない……あなたたちの望む英雄として振舞うことは、もう出来ないでしょう」
「あっ!? ま、待たれよ神賀殿! まだ話は終わっていませんぞ!!」
話し合いの席を立ち、物々しい雰囲気が漂う応接室から出ていった王毅は、背後から聞こえる声を無視して歩き続ける。
そうして、幕府の本拠地である城の廊下の角を曲がったところで、これまでの自分たちの話を聞いていたであろう仲間たちの姿を目にすると、苦笑いを浮かべた。
「やっちまったな、王毅。もうこれで、幕府もお前を俺たちのリーダーに据えようとは思わなくなっちまうぞ?」
「構わないさ。立場が変わっても、俺は俺のやれることをやるだけだ。それに、これまで大々的に俺のことを英雄たちの象徴として扱ってきた幕府が、いきなり他の人間をそのポジションに移し替えることなんて出来やしない。本格的に今の立場を終われる前に、出来る限りの種は撒いておく。それで少しは、みんなも目を覚ましてくれるといいんだが……」
「あらあら、あなたらしくないダーティな台詞ね。あばらを折られたついでに、人として大事な物まで砕けちゃった?」
「自分の殻を砕いたと言ってくれよ……でも、腹を貫かれた君に言われると響くな、冬美」
これまでよりも少し砕けた雰囲気で、慎吾と冬美と会話を交わした王毅は、廊下から見える青い空を見上げる。
この広い空の下で、彼は何をしているのだろうか? もしかしたら今も、困っている誰かのために戦っているのかもしれない。
そう、友人の顔を思い出しながら考えた王毅は、破顔すると共にこんな自分を慕ってくれる仲間たちへと視線を移す。
自分と同じく、何処かさっぱりとした気持ちの良い男に戻った慎吾と、順平に腹を貫かれながらも生還した冬美。
磐木への遠征、妖刀使いとの戦いの中で、失ったものは数えきれないほどある。
リーダーとしての立場も、順平や花織を始めとした仲間たちも、幕府からの信頼も、一挙に失ってしまった。
それでも……こうして、改めて手にしたものも存在しているのだと考え直した王毅は、信頼出来る仲間たちと肩を並べ、学校に戻る道を歩き出した。
「やるべきことは山ほどある。きっと、忙しい毎日になるだろう……慎吾、冬美、俺に手を貸してくれるか?」
「言わせんなよ、王毅。俺はお前を相応しいリーダーにするって言ったはずだぜ?」
「まあ、人を後ろから刺すような人間を排斥するためには、一人で動いててもどうしようもないからね……私を失望させないでよ、王毅」
少し子気味良い、年相応の高校生としての会話を交わしながら、久方ぶりに落ち着いた心で日向に立った王毅は思う。
自分はまだまだ、これからだと。ようやく、ここでスタートラインに立てたのだと。
(追い付かなきゃな、彼に……俺も、このままではいられないさ)
心の中で呟きを漏らし、自分たちの遥か前方を進む友人の姿を思いながら、決意を新たにした王毅は、自分のすべき戦いへと身を投じるのであった。
「クソッ! 忌々しい小僧め! 幕府の力がなければまともな生活も出来ぬというのがわからぬのか!?」
王毅が去った部屋では、幕府の高官が忌々し気に彼への文句を叫んでいた。
世間知らずの子供を意のままに操ってこれた幕府としては、王毅の覚醒と妖刀強奪事件をはじめとした自分たちの不始末が露見しそうな今の状況には、腹立たしい以外の言葉が出てこない。
これまで祭り上げ、丁寧に持ち上げてきた王毅たちが役目を果たせず、しかも自分たちの努力をふいにするような真似をしたことへの怒りが収まらない男は、その怒りを込めた声で巫女を呼んだ。
「おい! 誰か! 誰かいないか!?」
「はっ、ここに……」
「密命だ。今すぐに、神賀王毅に代わる英雄たちの長となる人間を見つけ出せ。奴にも負けぬ求心力、実力、地位を持つ人間を選び抜き、そいつと神賀王毅を入れ替える」
「かしこまりました。しかし、よろしいのですか? 神賀殿は、紛れもなく大和国が必要としている逸材。操り人形ではなく、協力する同盟者として扱えば、我々にとっても心強い味方になってくれると思いますが……」
「あんな餓鬼どもを同盟者として、我々と同格の存在として扱えと言うのか!? そんなこと、数百年に渡って続く大和国幕府の面子が許さぬ! 余計なことを言うな! お前は、ただ命じられた通りに事を起こせばいいのだ!」
「はっ! 申し訳ありません。出過ぎた真似をいたしました」
「ふん、まったくだ。……選定した人材は私に報告しろ。その中から適当な人物を選び、お前をつける。お前はそいつを補佐し、持ち上げて、今度こそ幕府の都合の良いように動く長として英雄たちの頭に置け。花織のような失態を見せるなよ?」
「はっ……!!」
深々と頭を下げる巫女を見つめた後、鼻を鳴らした男もまたこの部屋から退出していった。
その姿が見えなくなるまで頭を下げ続けていた巫女は、完全に扉が閉まり、室内に自分一人しか残っていない状況になった後、小さな声で呟く。
「……ああ、やはり幕府は信用なりませんね。燈さんも、王毅さんも、まだまだ苦労しそうですこと……!!」
艶やかな黒い髪を湛えた女は、愉悦を混じらせた声でうっとりと呟く。
幕府に忠実に従う巫女としての仮面を付けたその女は、世界が混沌とすることを理解しながら、その末路を楽しむかのように笑みを浮かべ、命じられたままに新たな英雄たちの長を探す任務を果たすべく行動を開始するのであった。
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