一方その頃、花織は……



(ここから、どう動くべきか……?)


 燈が仮面の女との邂逅を果たしていた頃、こころと共に気絶した王毅の下に残った花織は、この後の自分の行動について悩んでいた。

 幕府から受けた使命と、王毅たち英雄を持ち上げられるだけの手柄の確保、そして何より大事な自分の安全などを天秤にかけながら、それらを上手く両立させられるだけの道を模索していく。


 自分たちの役目は『禍風』の確保だ。

 嵐を倒し、彼の手から盗まれた妖刀を奪還することを最優先の目標としてきたが、様々なイレギュラーによって悉くそのチャンスは潰されてしまった。


 加えて、嵐が予想以上の強さを有していたこともある。

 いや、正確には、といった方が正しいのかもしれないが、何にせよあっさりと妖刀使いを倒し、任務を達成するという花織の目論見は潰えてしまっていた。


(王毅さまはすぐには戦えない状態、他の皆様もこちらに向かっている様子はない……正面から戦って私が鬼灯嵐たちに勝てる道理もないとくれば、もはや詰みの状態なのではないでしょうか……)


 王毅たち英雄の助力が望めない中、花織が一人で妖刀の回収を果たすというのは至難の業だ。

 式神を操っての多少の援護こそは出来るが、彼女は本来戦闘を行う役目を担ってはいない。あくまで王毅たちを補佐することが目的の巫女なのである。


 と、くれば……武神刀を操る燈たちにも、ましてや妖刀を使う嵐たちにも勝てる見込みはないだろう。

 少なくとも、真っ向から戦っても勝ち目はないと踏んだ彼女は、ちらりと横目で王毅の手当てを行っているこころを見やった。


(人質を取れば、あるいは……)


 正道での勝利が無理である以上、多少は汚い手を使うことは避けられない。

 その最たる例が人質を取っての交渉だ。

 幸い、その材料は目の前にあり、そういった小細工を咎める王毅は気を失ってくれている。他の仲間たちもここには来ないだろうし、花織の策を止める者は誰もいない。


(この方を人質に取って、妖刀の回収を果たした虎藤燈たちとの交換材料に使えば……)


 燈たちと嵐との人数差を考えれば、十分に彼らが嵐を倒して『禍風』を回収する可能性は高いといえるだろう。

 彼らが戦いに勝利し、戦利品を手にしたところで、こころを人質にした自分が登場し、交渉を行う……それが無難であり、安全性も高い策といえた。


 そうと決まれば話は早い。邪魔が入る前に、こころの身柄を抑えておかなくては。

 懐に隠してある小刀を握り、それを脅しの材料としてこころに向けるべく、花織は足音を殺して静かに彼女へと接近していく。


 王毅の容態に気を取られ、自分の動きを全く気にしていないこころの背後に立った花織は、ゆっくりと彼女の肩に手を伸ばし、同時に小刀を突きつけようとしたのだが――


(いや、待って。これは悪手かもしれない!!)


 その手が、こころに触れる寸前でピタリと止まる。

 背中に冷や汗を流し、今しがた思いついてしまった可能性に気が付いた花織は、伸ばした手を再び戻すとごくりと息を飲んで体を硬直させた。


(虎藤燈は気力を持たない落ちこぼれのはずだった。しかし、今の彼は王毅さまを超える実力を持つ強者に成長している……! であるならば、この女も彼と同じく急成長を遂げている可能性が高い!)


 それは、花織が狡猾であるが故に思い至ってしまった可能性。

 策謀を巡らせ、保身に走り、自らの身に及ぶ危険性を考慮する性格である彼女だからこそ、その思い違いにまで至ってしまった。


 気力を持たず、戦力にならないと自分たちが判断した燈が、信じられないくらいの強さを得て自分たちの前に姿を現した。

 であるならば、彼と同じく気力が低い人間であると判断され、下働き組に回されたこころが同じような強さを持っていたとしてもおかしくはない。


 一見不自然に思える数々の状況……こころが妖刀使いや幕府の使いであるクラスメイトたちとの戦いが予期されるこの戦場に足を踏み入れたことや、燈がわざわざ自分と共にこころを王毅の下に残したことも、彼女が相応の実力を持っていると考えれば納得がいく。

 実際にはそんなものは花織の考え過ぎではあるのだが、一度そう思い込むとなかなか自説から離れられなくなってしまうのが人間という生き物だ。


 もしや、こうして隙だらけの背中を自分に晒しているように見えて、こころは自分の行動を見極めようとしているのかもしれない。

 燈と王毅たちとを敵対させる嘘をついた自分がまた何か悪しき行動に手を染めようとした瞬間、こころは即座に自分のことを折檻するつもりなのかも……、と余計な想像を掻き立てた花織の目には、こころの背がとても大きな物に映るようになっていた。


(も、もしもこの女が私以上の使い手だった場合、私の命は保証されない……ど、どうすべき? 彼女を人質に取るべき……!?)


 杞憂に杞憂を重ねる花織は、精神を動揺させながら答えの出ない疑問のループへと突入してしまった。

 幕府からの指令を果たすことは大事だが、それ以上に自分の命が重要だ。死んでしまっては元も子もない。というより、絶対に死にたくなんかない。


 知らず知らずのうちに荒くなっていた呼吸を整え、激しくなる動悸の音を落ち着かせようとしていた花織であったが……そんな彼女の動揺を知らないまま、絶妙なタイミングでこころが口を開いたことで、彼女の心臓は大きく飛び上がる羽目になった。


「……花織さん、でしたよね? あなたが燈くんのことを妖刀使いだって神賀くんたちに言ったことは聞きました。もしそれが、不幸な入れ違いや勘違いからの行動ではなく、保身のために嘘をついたというのなら……私は、あなたのことを絶対に許しませんよ」


「ひ、ひぃ……!?」


 こころにとっては、その言葉にはそこまで深い意味を持たせたわけではなかった。

 発した言葉以上の意味を持たず、ただ弱いながらも自分の意思を花織へと告げただけだったのだが……今の花織には、それがこれ以上とない痛打となる。


 もしかしたら、こころが相当な強者なのかもしれないと怖れを抱いている花織の耳には、今の言葉がこう聞こえた。

 『お前の悪行は全て知っている。今は手を出さないでやるが、仲間たちが戻ってきたら覚悟しろ。お前の罪に相応しい報いを受けさせてやる』……といった感じだ。


 戦う術のない人間が、ここまで強気な態度を取れるはずがない。

 もう間違いない、こころも燈たち同様の強さを持っているのだ。


「も、申し訳ありませんでしたっ! どうか、命だけはお助けを!!」


「えっ? あっ!?」


 そう判断した後の花織の動きは素早かった。

 頭を深く下げ、こころへの謝罪の言葉を叫ぶ。

 突然の行動に面食らった彼女が動きを止めた瞬間を見計らい、驚くべき俊敏さを見せた花織は、倒れている王毅をそのままに一人何処かへと逃げ去ってしまった。


「……あれだけ持ち上げてた神賀くんも見捨てるんだ。本当に、ひどいな……」


 彼女の言葉を信じ、彼女を守るために一人で戦い、傷ついた王毅すらも見捨てて逃走してしまった花織の背を見つめながら、こころは呟く。

 そして、そんな彼女の本性を知らずに利用され続ける王毅へと視線を移し、何処か憐れむような眼差しで眠り続ける彼の姿を見つめるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る