ファーストコンタクト


 燈たちの先輩として、文字通り彼らの一歩先を行く仮面の女は、何処か愉快気な声色で呆然とする燈にそう語る。

 平然と自身の素性を語る彼女の行動に違和感を超えた不気味さを感じ始めた燈は、ぴりぴりとした緊張感の中で仮面の女に向けてこう問いかけた。


「てめえが俺たちと同じ異世界転移者だってんなら、どうして幽仙に協力する? 幕府に協力して、元の世界に戻るために尽力するのは止めちまったのか?」


「まあ、そんなところですね……断っておきますが、私たちが幕府を見捨てたのではありませんよ? 幕府が、私たちを先に見捨てた。だから、私たちも彼らに弓引くことにしたんです。あなたなら、多少は私たちの気持ちを理解してくださるでしょう?」


 小首を傾げ、試すように尋ねてきた女の言葉に、燈が口を真一文字に結ぶ。

 燈もまた、手前勝手な理由で自分たちを異世界から呼び出して強引に戦いに参加させた上、適性が無いと判ったら奴隷のような扱いをしてきた幕府の行いに思うところがないわけではない。

 加えて、この磐木の町で再会した花織の自己保身のための言動を振り返れば、幕府という組織とそこに仕える人間たちの腐敗具合が見て取れるだろう。


 燈は思う、幕府の人間が以前に召喚した人々の顛末を語らないのは、そこに都合の悪い事実があったからなのではないか、と。

 保身のために燈を妖刀使いであると嘘をついた花織のように、目の前にいる女性たちに行った非道な処遇を隠すために、幕府が情報を隠蔽しているのではないかと考えた燈の動揺は、仮面の女にも伝わったようだ。


「ふふふ……あなたも、苦労をしているようですね。飾り物の英雄たちなんかよりよっぽど正しい行いをしているというのに、幕府はそんなあなたたちを保身のために排除しようとしている。救いようのない連中だと思いませんか?」


 燈には彼女の顔は見えないが、今、仮面の下で女がくすりと小さな笑みを漏らしていることは想像出来た。

 燈を試すように、誘うように……手を伸ばした女性は、穏やかでゆったりとした口調のまま、甘言を口にする。


「言ったでしょう? 私たちはあなたの同類だって……! 幕府に虐げられた者同士、手を組みませんか? あなたという逸材が我らが最凶の武士団に加われば、鬼に金棒。幽仙さまもお喜びになるでしょう。それに、あなたに刃を向けた元友人たちにも復讐を果たせる。決して悪い話ではないと思いますが……?」


 自分たちの仲間に加われという女性の言葉を受けた燈が、小さく鼻を鳴らす。

 そして、毅然とした態度を全身に取り戻した彼は、はっきりとした口調でその誘いを拒絶した。


「はっ! 何を言い出すかと思えば、そんな下らねえことか。悪いが、ついさっき復讐らしい復讐は終わらせてきたところでな、そういうことにはてんで興味がねえんだ。それに、何か勘違いしてるみてえだが……俺は幕府のために戦ってるんじゃねえ、この世界で苦しんでいる人々のために戦ってるんだ。お前たち最凶の武士団の連中が、妖刀なんて物騒なモンをばら撒いて誰かの人生をぶっ壊すってのなら、それも見過ごすわけにはいかねえ。その悪行に手を貸すだなんて、言語道断だぜ」


「……ふふっ! そうですよね。そう言うに決まってますよね。……ああ、残念です。私たちがもっと早くにあなたの才能に気が付いてさえいれば、宗正に出会う前にあなたを私たちの仲間としてスカウトしたというのに……!」


 燈に誘いを断られたというのに、女はむしろ嬉しそうにしてその反応を喜んでいる。

 落胆も激高もせず、仮面の下で不気味な笑みを浮かべているであろう女の姿を目の当たりにした燈は、百元の屋敷で話した妖刀を使っても狂わない人間の素質を思い出していた。


(どこか心が歪んでる、妖刀の邪気すらも飲み干す人間、か……こいつが、そうなのか?)


 妖刀のマイナスの邪気を受けてなお、自身の歪んだ心を保ち続ける狂気を宿した人間たち。

 それが、幽仙が探し求めている最凶の武士団の構成員となる者たちの条件だ。


 目の前の女性がその狂気をどれほどまで持ち合わせているかは判らないが、彼女からは普通の人間とは違う異質な雰囲気が発せられている。

 歪み、狂気、いびつな何か……言葉では形容し難い不気味な何かを感じ取った燈は、ごくりと喉を鳴らして緊張感に息を飲む。

 そして、彼女が抱いているその何かが生まれ持ってのものではなく、この大和国に召喚されてから彼女の身に起きた何らかの事件によって生み出されたものであることを悟った燈の前で、仮面の女は大きく手を叩くと、平然とした様子で言った。


「では、顔合わせのご挨拶はここまでにしましょうか。正直に申し上げてしまうと、私があなたと戦ってもまず間違いなく負けてしまいますしね。妖刀の回収を済ませた以上、長居は無用です」


 武神刀 『烏揚羽』の能力で異次元に『泥蛙』を収納した以上、燈にはそれを取り返す術はない。

 ここで彼女の身柄を押さえ、再び武神刀の能力を発動するように説得出来れば話は別だが、ここまで悠々とした態度を取り続けている女性が撤退に関する手立てを打っていないとは考えられなかった。


「……みすみす逃がすと思ってんのか? この事件の黒幕である、最凶の武士団に繋がる証拠であるてめえをよ……!!」


「ふふふ……! そう慌てずとも、また近いうちに私たちは顔を合わせますよ。天元三刀匠が作り出した最強の武士団と、我らが主である幽仙さまが生み出した最凶の武士団。両者は対極に位置する、相反する存在……なればこそ、私たちは決着をつける運命にある。その日が今から楽しみですね、虎藤燈さん……!」


 背後に生み出した暗黒空間に体を沈ませていく仮面の女へと、燈は飛び掛かった。

 『紅龍』を手に、せめてその仮面を剥いで女の顔くらいは確認してやろうという意思の下に振るわれた一刀は虚しく空を斬り、完全にこの場から姿を消した女の声だけが木霊する。


「またお会いしましょう、燈さん。その日まで、私の仲間たちに殺されないでくださいね? うふふふふふ……! あはははははは……!!」


 木々の間に響く狂気を孕んだ笑い声は、天高く吸い込まれていくように風に乗って宙を舞う。

 その声を聞き、自分たちが相手している敵の一人と対面した燈は、険しい表情のまま、感じ取った恐ろしさと狂気に深い息を吐くのであった。

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