それぞれの戦いへ
「ひいぃぃぃっ……!」
もはやこれまでかと覚悟を決め、瞳を閉じた花織は、迫り来る死に備えるようにして体を強張らせていたのだが……その耳に、鈍く響く打撃音が届いた。
「ぐっ!?」
低い呻き声と、何かが地面を滑る音。
続いて聞こえてきたそれらの物音に恐る恐る目を開けた彼女が目にしたのは、右脚を上げた蹴りを繰り出した格好を取っている燈と、自分を蹴り飛ばした彼に対して恨みの視線を向けている鼓太郎の姿であった。
「よう、嘘つき巫女。妖刀使い呼ばわりした奴に助けられる気分はどんなもんだ? あぁ?」
「と、虎藤、燈……!? ど、どうして……!?」
足止めとして置いてきた仲間たちを突破し、遂には嵐たちの下に辿り着いた燈の登場に花織は驚きを隠せない。
慎吾も、タクトも、冬美も、戦闘経験こそ浅いものの大和国の人間を超える気力を持つ英雄として期待されている人間だ。
一対一の戦いならば、まず彼らの敗北はないだろうと考えていたし、決着がつくまでにもそこまで時間はかからないと花織は思っていた。
足止め役に対して、戦う者を残して追撃をするならそれでよし。
さっさとその人物を倒した仲間たちが、背後から燈たちを追いかけて倒してくれるとばかり思っていた彼女からすれば、こうして彼がこの場に姿を現すことは本当に予想外のことだったのである。
「椿、神賀の様子はどうだ?」
「……大丈夫。骨が折れたりはしてるかもしれないけど、命に別状はないと思う」
愕然とした表情を浮かべる花織を放っておいて、気絶している王毅の様子を伺ったこころは、彼の体に目立った外傷がないことや、内臓に損傷を受けたが故の吐血等の反応を見せていないことを確認すると燈へとそう答えた。
見知らぬ顔の登場に更に驚く花織であったが、この場においては今は彼女の方が部外者。もはや鼓太郎も、嵐も、花織のことなど欠片も気に留めていないようだ。
「来てくれたんだね、姉さん……! 丁度、体が温まり始めたところだったんだ」
「嵐……もう、終わりにしましょう。姉として、ここであなたを討たせてもらうわ」
今の今まで戦っていた王毅や鼓太郎などには目もくれず、宿敵であり超えるべき壁である涼音のみを瞳の中に映している嵐は、喉を鳴らして奇怪な笑い声を漏らす。
数多の命を奪い、人斬りとして外道に堕ちてしまった弟を直視する涼音は、腰から『薫風』を引き抜くと首を振り、戦いの場を変えることを視線で嵐へと提案する。
姉の意思を汲み取った嵐は、ふっと鼻から息を漏らすと……相手にもならなかった王毅を一瞥し、地面に倒れたままの鼓太郎へと小さな笑みを向けた後、涼音共々この場から姿を消し去ってしまった。
「ま、待てっ! お前を殺すのは、この俺だっ!! みんなの仇は、俺が……!!」
折角、これ以上ないくらいの舞台が整っていたのに……と、突如戦いに割り込んできた邪魔者たちに敵討ちの機会を奪われたことに怒りを覚えた鼓太郎は、殺意を漲らせた視線を燈へと向けた。
王毅と花織へと視線を向けていた燈もまた、自分に敵意を向ける鼓太郎の方へと振り向くと、真剣そのものといった様子で彼に言う。
「……俺たちも場所を変えようぜ。ここは、本気でやり合うには邪魔が多い」
「望む、ところだ……! どいつもこいつも俺の邪魔をしやがって! あの男を殺すのは、俺の悲願なんだ! それを、お前らに邪魔されて堪るか!」
狂気と哀しみを滲ませる鼓太郎の叫びに、燈は何も口を挟まない。
彼にもまた、嵐を斬ろうとする理由が有る。その理由を否定することなど、所詮部外者である自分がしていいことではないはずだ。
だが、しかし……燈は、鼓太郎が握る禍々しい気を放つ刀へと視線を落とした後、何かやり切れない想いを振り払うかのように首を振る。
「……椿、神賀のことを頼む。目を覚ますまでの間、気遣ってやっててくれ」
「う、うん、わかった……」
こころは、自分へと投げかけられた言葉に返事をしながら、静かな闘志を燃え上がらせる燈の姿に息を飲んだ。
順平を打倒した時の激しい炎とは違う、徐々に勢いを増していくかのような熱。
これが、燈が戦いを前にした時の本来の姿なのだろうなと思う彼女の前で、鼓太郎を引き連れた彼が戦いの場へと移動していく。
ここで戦っては、気絶している王毅を巻き込むことになりかねない。
彼を死なせたくないという燈の想いを理解するこころは、気を失っている王毅の姿を見下ろした後、黙って遠くなっていく燈の背を見送るのであった。
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