二対一
「くっ!! 花織、下がって! ここは俺が何とかする!!」
「は、はいっ!」
爆発する二つの殺気と対峙する王毅は、花織を下がらせると自分から嵐へと斬りかかっていった。
受け身になったらそのまま決着まで持っていかれる。そうなる前に、どちらか一人を倒すしかない。
「はあああっっ!!」
風の気力に有利を取れる火属性の気力を『虹彩』へと流し込み、刀身を燃え上がらせる王毅。
素早い動きで嵐へと接近し、横薙ぎに彼へと斬りかかるも、その剣は虚しく空を切った。
「くっ!? たあっ! やああっっ!!」
一発躱されたからといって攻撃はそこで終わりはしない。
そのまま二撃、三撃と連続して攻撃を繰り出し、嵐を倒そうと王毅は全力で刀を振るう。
しかし、嵐はというと刀を振るうこともなく、ただ身を躱すだけで王毅の攻撃を捌いてしまっていた。
「ぐっ……! 真面目に、戦えっ!!」
「………」
反撃を仕掛けようとも、大きく状況を変えようともせずにただ回避だけを選択し続ける嵐に対する王毅の怒りの声が飛ぶ。
自分をおちょくるように攻撃を避け続ける彼を捉えることが出来ない王毅は、まるで自分が実体のない風を相手にしているかのような錯覚に襲われていた。
(駄目だ。このままじゃ体力を消耗するだけ……もっと強力な攻撃を繰り出さなくては!!)
中途半端な攻撃では嵐には通用しない。もっと気力を注ぎ込み、彼を仕留める一撃を放たなくては勝利は得られない。
そう判断した王毅は『虹彩』へと更に気力を注ぎ込み、そこに燃え盛る炎の大きさを倍増させた。
「喰らえっ! 火の剣技【焔】っっ!!」
燃え盛る炎による熱を纏った斬撃は、流石の嵐でも回避することは出来なかったようだ。
初めて『禍風』を使い、自身の刀を受け止めた彼の反応に王毅は手応えを感じるも、嵐の方はうんざりとした様子でその達成感を打ち砕くような言葉を口にする。
「……驚いたな。まさか、ここまで出来ない人だったなんて……これが英雄呼ばわりとは、大和国の人材不足は深刻みたいですね」
「何だと……? 挑発のつもりか!?」
自分のことを侮蔑する嵐に対する怒りを叫んだ王毅。
対して、嵐の方はそんなつもりなど無いとばかりに大きく息を吐くと、冷ややかな視線を相手に向けて淡々と喋りだす。
「事実を言っているまでですよ。剣技は勿論のこと、気力の操作もてんでなってない。今の一撃が【焔】? 笑わせないでくださいよ。あんなもの、ただ気力を込めただけの攻撃じゃないですか。力任せに刀を振り回しているのとなにも変わらない攻撃に、先人の経験と知識が込められた技の名を使わないでほしいですね」
「ぐっ……!?」
王毅の攻撃は、適切な気力量を以て繰り出された正しい技ではない。
有り余る気力をただ武神刀へと注いで繰り出しただけの単純な力技だという嵐の指摘を受け、王毅は表情を顰めた。
「それに、忘れてませんか? これ、一対一の戦いじゃあないんですよ?」
「っっ!?」
そうして、次の嵐の指摘を受けた王毅は、はっとした表情を浮かべて膨れ上がるもう一つの殺気へと視線を向ける。
そこには『泥蛙』を構え、嵐共々自分を屠ろうとしている鼓太郎の姿があった。
「キエェヤァアアアッッ!!」
「しまっ!? ぐああっっ!!」
巨大な土塊を作り出し、それを自分たちへとぶつける鼓太郎。
咄嗟に防御した王毅であったがその衝撃は殺し切れず、大きく吹き飛ばされると共に地面を転がっていく。
対して、嵐はあっさりとその攻撃を回避していて、余裕綽々といった様子で鼓太郎へと声をかけていた。
「酷いなあ、僕のことも殺すつもりで攻撃したでしょ? 一応、今は仲間なんだし、少しは手心を加えてくれたっていいじゃないか」
「黙れ! 本当は今すぐにでもお前を殺したいんだ! 隙を見せたら、その首を掻き切ってやる!!」
「おお、怖い怖い……僕も一対一で戦えてるわけじゃないってことか、ふふっ……!」
よろよろとよろめきながら立ち上がった王毅の姿を見つめながら、嵐が楽し気に呟く。
彼もまた二人の人間から命を狙われる戦いに身を投じながらも、王毅のようにそのことを負担に思っている様子はなさそうだ。
命の危険を愉しみ、そのスリルを糧として剣技を冴えさせる。
生と死の狭間に身を置き過ぎたのか、嵐の精神は狂いを見せており、死に対する恐怖心が薄れているようにも思えた。
(くそっ、思っていた以上に敵が強い! 鬼灯嵐はともかく、『泥蛙』の男も昨日からまた強くなっている!)
想像以上の強さを見せる妖刀使いたちに追い詰められていることを感じる王毅は、ごくりと喉を鳴らして早鐘を打つ心臓の音を聞く。
このままではマズいと頭では判っていても、この状況を打開する方法が見つからない。
動揺する精神を落ち着かせることで手一杯になっている王毅が、それでも武神刀を握って妖刀使いたちに負けぬよう心を奮い立たせた……その時だった。
ふわりと、風が吹く。
無風の空間から風がそよぎ、自分の体を左右から挟み込むようにして流れてくる空気の動きに王毅が気が付いた時、彼の目の前には微笑を浮かべる嵐の姿があった。
真正面からの、唐竹割り。
上から下へと振り下ろすだけの一撃は、容易に受け止めることが出来た。
ただ、その動きに合わせて繰り出された目には見えない攻撃が、そんなことを予想だにしなかった王毅の体を襲う。
「がっ、はっ……!?」
体を挟む風の勢いが、強さを増した。
鋭く、迅く……まるで風の万力が自分の体を押し潰そうとしているかのような感覚に表情を歪める王毅の口から、苦悶の声が溢れる。
マズいと、すぐにそう思った。
今すぐにこの場から離れて、嵐の攻撃から脱出しなければならないと理解してはいたが、いつの間にか『泥蛙』の能力で足元をぬかるみに変えられてしまっている現状では、地面を蹴ってこの場から逃げ出すことが出来ないでいる。
「がはっ! ぐ、ふっ!!」
ミシリと、あばらが悲鳴を上げる。
内臓が押し潰されるのではないかというほどの圧力を与えてくる風の力に王毅が口から血を吐き出した瞬間、微笑みを浮かべていた嵐が静かな声でこう告げた。
「理解出来ましたか? これが、技というものです。あなたはもう、逃れられない……!」
「っっ!?」
ひゅるりと、刀を握る嵐の手が動く。
体を薙ぐようにして、真一文字に自分の真横を吹き抜けた風の感触を感じた王毅は、体を挟み込む風圧が肋骨を砕く感覚と共に、眼前で爆発した空気の流れによって意識を保っていられなくなるほどのダメージを受けてしまう。
「ぐはああっっ!!」
「お、王毅さまっ!?」
意識を失う寸前、彼が耳にしたのは自分の名を呼ぶ花織の声だった。
上空へと吹き飛ばされ、地面に叩き付けられた王毅の姿に悲痛な叫びを上げた花織は、血相を変えて地面に横たわる彼の下へと駆け寄る。
「しっかり! しっかりしてくださいっ! 王毅さまっ!!」
「……あ~あ、やっぱりつまらなかったな。手加減してもこの程度の戦いしか出来ないなんて、準備運動にもならなかった」
その気になれば風の鋏で王毅の首を飛ばすことも、彼を吹き飛ばすのではなく斬殺することも出来た嵐は、気を失って倒れ伏す王毅を一瞥してから彼を鼻で笑う。
そうして、ここまで共闘していた鼓太郎へと向き直った彼は、そのまま彼と戦い始めるのではなく、わざわざ手加減をして生き長らえさせた王毅を指差すと、獲物を譲るようにして彼へと言葉を投げかけた。
「さあ、僕と戦う前にあいつらにトドメを刺してきなよ。邪魔者を排除出来るし、人を斬り殺せば君と君の妖刀も成長するだろうさ。もしかしたら、一線を越えたことで僕を倒せるだけの力が手に入るかもしれないよ?」
「………!!」
仇の言うことに従うのは癪だと思いながらも、鼓太郎は嵐の言葉に逆らうことはしなかった。
『泥蛙』を手にした時から溢れ出していた殺意はもう止めようがなく、今すぐにでも誰かを斬り殺してしまいたいという願いが心の中から溢れ出し続けている。
これまで自分の敵討ちを邪魔してくれた王毅と、それに従う花織は、鼓太郎にとっては十分に憎々しい相手だ。
これから嵐を殺す以上、一人斬るも二人斬るも同じこと。
覚悟を固めるためにも、ここで人を斬っておくべきだと僅かに残る思考で結論付け、熱狂する殺意に身を任せた彼は、口の端を吊り上げた歪な笑みを浮かべながら、倒れ伏す王毅と花織の下へと近付いていった。
「ひ、ひいっ!?」
『泥蛙』を手に、血走った眼で自分たちを見る鼓太郎の姿に、花織が引き攣った声を上げる。
多少は戦いの心得があろうとも、所詮は巫女。戦闘は本職ではない彼女が妖刀を手にした男に敵う道理はない。
ガタガタと震え、王毅を守ることもせずに恐怖に怯えた視線を自分へと向けるだけの彼女の姿を見下す鼓太郎は、自分が興奮を覚えると共に愉悦を感じていることに気が付いた。
体を熱くする高揚感に身を任せ、込み上げる殺意のままに『泥蛙』を振り上げた彼は、生まれて初めての殺人に対する忌避感も罪悪感も感じないまま、狂気に満ちた笑みを浮かべ……それを、振り下ろす。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます