第33話 思惑

 ジョナたちが有翼馬に乗り駆けている頃、リタはライリーの檻の前で呆然と立ち尽くしていた。

「ライリー……?」

 異変に気付いたのは飛竜小屋の渡り廊下を渡っている時だった。

 昨日閉めたはずの檻の扉が少し開いているのに気づき、リタは慌てて檻に駆け寄った。

 中を覗くと、普段ライリーがいるはずの空間に闇が浮かんでいた。

 リタは目の前の光景が信じられず、全身の力が抜けたように檻の中で座り込んだ。

(どうして……ライリーは何処?)

 あまりの出来事に頭が上手く働かず、ボーっと目の前の景色を眺めていた。

 頭が真っ白になり、考える事を放棄しようとした自分に気づきリタははっと我に返った。

(ライリー!)

 リタは心の中でそう叫ぶとぱっと駆け出した。

 全速力で小屋の中を走っていく。

 普段から飛竜が驚くから小屋の中は絶対に走るなとジョナに言われていたが、今はそれどころでは無かった。

 小屋を出て急いで崖の縁にたどり着くと、走ってあがってしまった呼吸も気にせずに思いっきり指笛を吹いた。

 唯一リタとライリーを繋ぐこの音をリタは何度も何度も吹き続けた。

(何処に行ったの? お願い、聞こえる? 私とライリーしか分からない音だよ? ねえライリー聞こえる?)

 リタは心の中でライリーに語りかけながら、無我夢中で指笛を鳴らした。

 酸素が足りず頭が痛くなっても、呼吸困難になり涙が頬を伝ってもリタは指笛を吹くのを止めなかった。


 このリタの異常に最初に気づいたのはルアンナだった。

 この時ルアンナは、タバルと自分の相棒であるイグーナの世話をしようと飛竜小屋に続く扉を開けていた。

 扉を開けた瞬間、異常な指笛の音が耳に飛び込んできて、眉をひそめた。

 ルアンナは咄嗟に指笛の鳴っている崖を目指して駆けだした。

 崖の縁にたどり着くと、そこには必死に上空を見上げながら指笛を鳴らし続けるリタの後ろ姿があった。

 普段では考えられないような、狂ったように指笛を鳴らし続けるリタの姿に一抹の恐怖を覚えながら、ルアンナはリタの後ろ姿に向かって叫んだ。

「リタ! 何かあったの!?」

 しかし、その声は一切届いていないようだった。

 リタはルアンナの声に反応することも、振り返ることも無く、必死に指笛を鳴らし続けている。

 異常に思ったルアンナはリタに駆け寄り後ろから力強く抱きしめた。

「リタ!」

 ルアンナはリタをかかえながら、後ろに倒れるようにして地面に座り込んだ。

 リタはそれでも上空を見上げたまま、まだ口元に指を持っていこうとしていた。

「リタ! 聞こえる? 私よ、ルアンナよ! どうしたの?」

 ルアンナは必死に声をかけながらリタの顔を両手でそっと包み込み、目を見つめた。

「リタ、落ち着いて。どうしたの?」

 ルアンナは出来るだけ穏やかな口調でリタを諭すように話しかけた。

 すると、リタはたった今ルアンナを認識したかのように大きく目を見開いた。

「ライリーが……ライリーが居ないの!」

 大きな涙をぽろぽろと零しながら、ルアンナにすがりついて叫んだ。

「昨日の夜まで一緒にいて、また明日ねって言ったのに……そしたら檻が開いてて、それでライリーが居なくて……っ」

 ルアンナは静かに相槌を打ちながら、泣きじゃくるリタをそっと抱きしめて背中を撫でてやった。

 状況の把握とどんな言葉をかけてあげるべきか思案していると、背後から何者かが駆け寄ってくる足音が聞こえた。

 ルアンナは瞬時にリタを自分に背に隠し、身構えた。

 しかし、その姿を捉えてあっけに取られてしまった。

「アルバート先生! それにシャミスも? 二人揃ってどうしたんですか?」

「話は後だ! リタは? リタは無事か!?」

 アルバートの焦った様子にルアンナは目を丸くした。

 かつて、魔術学舎の学長がこれほどまでに取り乱すことがあっただろうか?

「……何が起こってるの?」

 ぐったりしているリタをアルバートが介抱している様子を眺めながら、ルアンナは隣にいるシャミスに問いかけた。

「リタが呪詛じゅそがらすを見たって聞いた時、確かにすごく嫌な予感がしたんだ。だから呪詛じゅそがらすについてアルバートと調べてた。そうしたらやっぱり俺の嫌な予感は当たってたんだ。でも違ったんだ! やつらの狙いはライリーだったんだ!」

 シャミスは悔しそうに拳を握って下を向きながらそう叫んだ。

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