第32話 結束

 一方でジョナたちは、く気持ちを必死に抑えながら馬を走らせていた。

 葬られた崖ガル・デルガの異変を長老の伝達蝶から聞いたのは、ビアンカの家を訪れた翌日の早朝だった。

 ヴェリエルの家に寝泊まりしたジョナたちが朝目を覚ますと、鷹が得意げに伝達蝶をくわえてヴェリエルの肩に止まっていた。

「今度は優しく扱えと言って聞かせたから、損傷はないはずだ」

 ヴェリエルはそう言いながらそっとジョナに伝達蝶を渡した。

「感謝する」

 ジョナは伝達蝶を受け取りながら眉をひそめた。

(嫌な予感がするな……)

 ジョナの予想通り、それは葬られた崖ガル・デルガの危機を知らせるものだった。

「母なる森に呪術師の痕跡有り。ダイモーンは守りに入る」

 長老の言葉は短いものだったが、事態を知らせるには十分だった。

「ついに動き出したか」

 ルーノは小さく呟いた。

「何の話だ?」

 ヴェリエルは状況が掴めず、困惑しているようだった。

「……隠していたわけではないんだが、今ダイモーンと飛竜はアバン王に狙われている。本来ならもう少し猶予があったはずなんだが、どうやら動き出したようだ。血洗いの儀式を行うよりも先に我らの身が危ない」

 ジョナは今ダイモーンの身に何が起きようとしているのかを、ヴェリエルに手短に説明した。

「だからすまないが、血洗いの儀式はもう少し待って欲しい。我らは先に葬られた崖ガル・デルガに帰る。事が片付いたら再びここを訪れよう。その時は俺たちと一緒に血洗いの儀式の場に来て欲しい」

 ジョナは軽く頭を下げ、ヴェリエルに詫びた。

「そうか、それは一大事だ。俺は別に構わないけど……いや、待てよ。だったら俺たち天使の子孫も連れていってくれ」

 ヴェリエルの提案に3人は目を丸くした。

「相手はあの軍を抱えたアバン王なんだろ? ダイモーン側も数が多いに越した事はない。それに俺たちだってこの数百年間、ただ吞気に暮らしていたわけじゃないんだ。対人の戦闘術ならしっかり自身に叩き込んだ。そして教えてきた」

「教えてきた?」

 ルーノは最後の言葉が引っかかった。

「ああ、体術、剣術、武の精神はこの村の男衆ならみんな持っている。いつかここが見つかって人間どもと戦う時が来た時の為に。そして、俺はその男衆を束ねるおさだ。俺が声をかければ全員が動く。かつて身を隠さなければいけなかったあの屈辱を、ダイモーンと共に戦えなかった悔しさを今こそ晴らせる時だ」

 ヴェリエルは真剣な顔つきでジョナを見据えた。

 その時ジョナは、ただただ深い闇のような漆黒の瞳の奥に、一瞬熱く燃え盛る炎を見たような気がした。

「数は?」

「多く見積もって50……。内、先鋭隊は俺を入れて10人ほど。ただし、皆倍は動く。戦力で言えば100以上だ」

 ジョナはそれを聞いて考え込んだ。

(血のちぎりの呪縛が無い天使の子孫たちの戦闘力を味方につけられるのはかなり大きい。しかし……)

「どうやってその隊を移動させるかだな」

 ルーノはジョナが懸念している事を言い当てた。

「ああ、ヴェリエル1人なら魔術で葬られた崖ガル・デルガまで飛べばいいが、50人となるとさすがに俺たち3人では無理だ」

 そんなジョナの話を聞いていたヴェリエルは、得意げに鼻を鳴らしてみせた。

「それなら俺たちの馬を使え。血のちぎりにより翼はとざされているが、どんな馬よりも速く駆ける」

 ヴェリエルの話を聞いてログは目を見開いた。

「まさか! この村にあの伝説の有翼馬がいるんですか? 天界で戦士を乗せて駆け回ったというあの馬が?」

 ログは信じられないと言う口ぶりでヴェリエルに訊ねた。

「ああ、いる。ダイモーンや飛竜たちと同様、俺たちの馬も血のちぎりの解放を今か今かと待ち望んでいるんだ」

「……通常の馬で4日の距離だ。何日で駆けられる?」

 ジョナは頭の中で緻密な数字を叩きだそうとしていた。

「半分だ。2日で駆ける」

「分かった。話は決まりだ。我らが同胞よ、これほど心強い味方は居ない。飛竜及びダイモーンの一族を代表して感謝する」

 ジョナたちは一斉に組んだ両手を額に当てた。

 その姿を見たヴェリエルは静かに頷くと、その日中に村中を駆け回った。

 そうして今、ジョナたちはヴェリエル率いる天使の子孫たちと共に、伝説の有翼馬に乗って葬られた崖ガル・デルガを目指して駆けていた。

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