第34話 思惑

 それからリタは高熱に浮かされながら、深い眠りに落ちていた。

 その様子を見守るように、リタの近くには5人の大人たちがいた。

「大丈夫でしょうか?」

 ルアンナは濡らした布でリタの額の汗をぬぐいながら、不安そうに呟いた。

「ショックが大きいんだろう。大切に思っていた存在が居なくなる恐怖をリタは知っているからね……」

 長老はそういうと優しくリタの頭を撫でた。

「辛い想いをさせてしまったね、申し訳ない。ライリーは必ず私が取り戻すよ」

 その言葉を聞いていたアルバートは不思議に思った。

「何か策でもあるのか?」

「……場所なら分かる」

「それはどういう意味?」

 今度はシャミスが、すかさず長老に訊ねた。

「リタから呪詛じゅそがらすの話を聞いた時、いずれこうなるかもしれないと予想はしていたんだ。だから私はリタとライリーに”追跡羽”をこっそりつけた」

「まて、知っていたのか? 呪詛じゅそがらすがどんな術なのか」

 アルバートは少しだけ驚いたように訊ねた。

「もちろんだ。私の曽祖父そうそふは呪術についても研究していたからね。代々呪術については知識があるんだ」

 それを聞いたアルバートは書物庫にあった研究書を思い出して心の中で納得した。

「ただ、今回私は読み間違えてしまった……」

 長老は悔しそうに顔を歪めて、小さくぽつりと呟いた。

「ライリーに追跡羽をつけたのはただのついでだった。私は、やつらの狙いは確実にリタだと考えていたんだ。だってそうだろう? リタを操って内側から葬られた崖ガル・デルガを落とせばいいんだから。それが分かっていれば、こっちだってリタを守る方法なんていくらでもあった」

 長老は奥歯をギリっと噛み締めたあと、黙ってしまった。

「なるほど、確かに変だな。リタを狙った方が手っ取り早い。……して、ライリーは今何処におる?」

 アルバートは長い顎ひげをさすりながら、長老を見つめた。

「それは私からご説明致します」

 長老以外の全員が声のした方を振り返ると、部屋の隅にいたレイアンが深く一礼し、一歩前へと歩み出た。

「ライリーはここより数百キロ離れたガムオール平原にいます。現在アバン王たちが軍を率いて野営をしている場所です」

「ガムオール平原!?」

 ルアンナは驚いて立ち上がり持っていた布を床に落としてしまった。

 レイアンはそんなルアンナの反応を見て、静かに一つ頷いて話を続けた。

「恐らくアバン王たちは2~3日で、ここ葬られた崖ガル・デルガに着くでしょう。そうなる前に現在選び抜かれた魔術師たちが、より強固な結界を作ってくれています。その結界が完成すれば我らダイモーンと飛竜はひとまず安心です。例え呪術師の中に魔術をかじっている者がいたとしても今回ばかりは簡単に破れません」

 そう言い切ったレイアンの言葉には、静かではあるが決して揺るがない確固たる自信のようなものが漂っていた。

 長老はリタの顔を見つめたままレイアンの話に続けるように口を開いた。

「かじった程度の術だが、結界に少しばかり呪術を織り込んでやった。恐らくやつらは混乱するはずだ。なんせダイモーンが使うはずのない“不視の術”が結界にほどこされているんだから」

 言い終わると長老は、鋭い眼光で窓から見える見慣れた景色を睨みつけた。

(やつらは崖と崖の間を馬で駆けて来るだろう。何処から来るのか分かっていれば簡単だ。さあ、戦争といこうじゃないか)

 ちょうどその時、葬られた崖ガル・デルガ中に大きな鐘のが響き渡った。

 それは結界が完成したと言う安堵の合図であり、同時にダイモーンと人間の戦いがついに始まる事を知らせる重く鈍い合図でもあった。

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