第29話 異変

 リタの報告を聞いた長老の目には驚きの色が浮かんでいた。

(まさか、いくらなんでも早すぎる……)

「青白い光の鳥がライリーを襲って姿を消したんだね?」

 長老は確かめるようにリタの話を繰り返した。

「そうです。長老はあの鳥が何だったのか知っていますか?」

 リタは先を急ぐように焦った口調で訊ねたあと、じっと長老の答えを待った。

 長老には確かに心当たりがあった。しかし、それを目の前の幼い少女に話すべきなのか迷っていた。

 出来ればこの戦いに巻き込みたく無かった。混血――人の子であり、ダイモーンの子。

 何も知らないこの少女の体に流れる二種の血の、その種族同士が争う姿を見せたくは無かった。

 長老はちらりとリタに目線を落としてはっと息を飲んだ。

 そこには真っ直ぐこちらを見据えた、強い意志を宿した瞳があったのだ。

 それはタバルを育てると直談判しに来たエミリアのあの瞳にそっくりだった。

(エミリア……お前の子はしっかりお前の意思を継いだようだよ)

 長老は心の中でそうエミリアに語りかけた。

 迷いの無い強い意志、守るべきものを認識したあとの覚悟、揺るがない決意。

 そんな想いを宿した瞳はいつだって相手を圧倒させるのだ。

 まだまだ子供だとあなどっていたが、どうやら計り間違えていたようだ。

(仕方ないね……私の負けだよ)

 長老は一つため息をつくと、諦めたように話始めた。

「その鳥の正体は“呪詛じゅそがらす”だよ」

「じゅそ? ……がらす?」

 リタは聞きなれない言葉に眉尻を下げた。

「呪術師の術の一つだ。呪術でからすの形に化けて相手の行動を探ったり、攻撃を与えると言われている」

「呪術師って?」

「特殊な力を持った人間たちをそう呼んでいる。古来魔術と呪術はどちらも神の声を聞き“まじない”として自分の種族を導く役割を担っていた。しかし、それを希望へ変えたのが魔術師だ。一方で絶望へ変えたのが呪術師だと言われている。両者は起源こそ同じだが真逆の道へ進んだ。呪術師たちは闇に身を隠しながらその術を、人を落とし入れたり、呪い殺すような術へと変化させた。それが呪術師だよ」

 リタは顔をしかめた。

「どうしてその呪術師がライリーを襲ったの?」

 上手く理解が出来ず、普段から気を付けていた言葉遣いも忘れ、長老に更なる説明を求めた。

「……アバン王が、呪術師と手を組んだのさ。暴君で有名なアバン王は戦に明け暮れ、若い男衆を次から次へと徴兵し捨て駒のように亡き者にしている。更には戦に使う多額の資金を納税という形で国民に課しているから、今やアバン王を支持する国民はごくわずかしか居ないんだ。そこで伝説の飛竜を討伐し、己の地位の継続と栄誉の回復を図ろうとしているんだ」

「そんな! ……ライリーは何もしていないのに!」

「ライリーだけじゃないさ、他の飛竜も危ないんだ。そして、我々も」

 長老はリタの両肩に手を置いて、真っ直ぐ目を見つめた。

「リタ、よくお聞き。これは我々ダイモーンと人間との戦いを意味する。知っての通り我らダイモーンは血のちぎりによって、人間に手を出せない。ジョナが間に合ってくれればいいが、最悪の事態も考えておかねばならない……。今からここ葬られた崖ガル・デルガは安全な地ではなくなるんだ。私たちは“守りの戦い”に入る。数日後、合図の鐘が鳴ったら他のダイモーンたちと一緒に私たちが用意した結界の中に入りなさい。いいね?」

「ライリーは? 他の飛竜たちはどうなるの?」

「飛竜たちも一緒さ。大きな結界を作る準備をしているから、安心しなさい」

 長老は穏やかに微笑むと優しくリタの頭を撫でた。

 しかし、表情とは裏腹に心の中は決して穏やかでは無かった。

(気休めだ……しかし、今はこれしか言えない。やつらは思ったよりも早く手を打ってきた。早急に戦いの準備に入らねば)

 長老はリタに悟られぬよう笑顔を崩さなかったが、頭の中ではこれからの事を素早く計算していた。

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