第24話 天使の唄

 歌っているのは幼い少女のようだった。

 その少女の歌声は次第に周りの大人たちを巻き込み、いつの間にか人から人へと伝染し、店内で大きな合唱が始まった。


 地に想いをせた白き羽

 漆黒まといて天より落つる。

 おのが両手にかかげるは誇り高き一対の戦士なり。

 想いをせた地近づけど、こぼれ落ちたる娘の涙。

 羽を縛りて血に誓う。

 娘を想うは切れぬ鎖の重さなり。

 戦士両手を縛りて血に誓う。

 あるじを想うは切れぬ鎖の重さなり。

 漆黒の羽、娘を抱いて愛を誓う。


 それは天使の歴史をうたった唄だった。

 心地の良い旋律の中に時折、うれいを帯びた物悲しい何かが現れては消えていくようなそんな唄だった。

 唄を聞きながらジョナは、森で自分たちに頭を下げたヴェリエルの黒々としたあの姿を思い出した。

 唄が終わり一瞬の静寂の後、店内は大混乱となった。

「兄ちゃんたち、本当にダイモーンなのか!?」

「まあ! なんて男前なの! 今晩うちに泊まっていくかい?」

「何処から来たの? 遠いところ? ここまでどうやってきたの?」

「飛竜は本当にいるの? 空を飛ぶって本当?」

「魔術ってどうやるんだ? ちょっと見せてくれよ!」

 ジョナたちはどっと押し寄せた住民たちに困惑し、咄嗟とっさに両手を上げた。

 救いを求めようとヴェリエルに視線を移すと店員に何やら食事を頼んでいるところだった。

「ヴェリエルさん! 助けてくださいよ!」

 ログは中年女性に片手を握られながら、顔だけヴェリエルの方を向き叫んだ。

「ん? ああ、大体予想はしていたさ。みんな歓迎してるんだ」

 そう言ってヴェリエルは面白そうに喉を鳴らした後、やれやれと腰を上げた。

「おいみんな、お客様が困っているぞ。俺たちは食事をしに来ただけだ。見世物として連れてきたわけじゃない。あとできちんと説明するから一旦騒ぐのをやめてくれ」

 ヴェリエルが集まった住民たちにそれぞれ椅子に座るように手で指示を出すと、皆渋々元の位置に戻っていった。

「驚かせてすまなかった。なんせこの村は完全に外の世界とは切り離された場所なんだ。天使の子孫以外は居ないからみんな浮かれちまってるんだ。しかも、それが伝説の戦士たち――あの英雄の子孫となれば尚更だ」

「……我らを想い、今もなお語り次いでくれていることに感謝する」

 ジョナはヴェリエルに頭を下げながら葬られた崖ガル・デルガに残してきたダイモーンたちを想った。

(アバン王に見つかってしまう前に何としてでも天使の子孫を連れて帰らねば)

「あの唄は俺たちにとって自戒みたいなもんだよ。共に戦った仲間を忘れないため、そして、その仲間を救えなかったことにたいしてのな。ほら料理がきたぞ、腹いっぱい食おう」

 テーブルに運び込まれた料理の数々はどれも絶品で、湯気から漂う濃厚な匂いにつられて3人は時間を忘れて料理を口に運んだ。


 店を出るころにはすっかり夜になっており、騒がしかった店内もテーブルに突っ伏して眠りこけている酔っ払いや、せわしなく片付けをしている店員しか残っていなかった。

 店の扉を開けるとさっと夜風が頬を撫でて、油や香辛料の匂いが染みついた鼻を洗ってくれた。

 4人が歩き出そうとしたその時、頭上で鷹の甲高い鳴き声が聞えた。

 ヴェリエルは顔をしかめ、上空に目を凝らした。

「俺の相棒が鳴くことは滅多にない。空で何かを追っているな」

 鷹は逃げ惑う何かを必死に追いかけながら、大きな翼を広げて旋回している。

 徐々に周りを囲い込み、すっと上昇したかと思うと一気に獲物をかぎ爪で捕らえた。

 鷹は満足げに一声鳴くとヴェリエルの前の地面に獲物を押し付けながら降りたった。

 その獲物を見た瞬間ログとルーノは叫んだ。

「「伝達蝶!」」

 2人の声に驚いてヴェリエルと鷹は不思議そうに彼らを見つめた。

「すまない、それは我らダイモーンのわば手紙みたいなものなんだ。離してやって欲しい」

 ジョナは身を屈め、鷹に触れないように手を伸ばした。

 伝達蝶と呼ばれた蝶は鷹のかぎ爪の間で羽をバタバタさせ、逃げ出そうと必死にもがいていた。

「この小さな蝶が手紙なのか? 俺にはただの蝶にしか見えないが……」

 ヴェリエルは鷹から蝶を取り上げまじまじと見つめた。

「魔術をほどこしてあるんだ。読んで欲しい相手が触れれば伝えたいことを伝達できる」

 ジョナはヴェリエルから伝達蝶を受け取ると、手のひらの上に乗せた。

 すると伝達蝶からシャミスの大きな声が聞こえてきた。

「ジョナ! 僕たちが思った通りトーイはやっぱり隔世遺伝かくせいいでんだったよ! 他の飛竜たちとは違う血液だ! これなら血のちぎりを解けるかもしれない! それからトーイとライリーを――」

 声は途中で切れてしまっていた。

 もしかすると鷹に捕まった時に何処かを損傷したのかもしれない。

 ジョナは眉間に皺を寄せた。

 後ろで聞いていたログとルーノも互いに顔を見合し、首をかしげた。

 トーイとライリーが何だ……。何かあったのか。

 ジョナは二匹の飛竜とリタの顔を思い出した。

「なんだ、あんたも人を想ってそんな顔するんだな。ちょっと安心したよ」

 ヴェリエルにそう言われてジョナは顔を上げた。

「何かトラブルか? 血のちぎりと聞こえたが」

「いや、トラブルかは分からないが何かが起こっているようだ……。急ぎ血のちぎりに詳しい者に会わせてくれ。今度こそ成功するかもしれないんだ」

「分かった。こっちだ」

 ヴェリエルは何かを察したのか真剣な顔つきで頷くと、研究者のいる家へ案内してくれた。

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