第23話 天使の唄

 木々から伸びた枝々は幾重にも重なり、頭上を覆いつくしていた。

 虫や獣、あらゆる生き物――木々でさえも――の生命の息吹が途絶えたような、ほの暗い森をジョナたちは静かに歩いていた。

 ハイダン村の更に奥には大きな森があった。

 ヴェリエルに案内されて森に足を踏み入れた瞬間、何故だか葬られた崖ガル・デルガを守る母なる森に近いものを感じた。

 そして、そこにはかすかに魔術の痕跡を感じた。

 ジョナはかすかに感じた魔術の痕跡を不思議に思いヴェリエルに訊ねた。

「ここは? 天使の子孫たちは魔術が使えないんじゃないのか?」

 先頭を歩いていたヴェリエルは長く伸びた木の枝を手で押し退けながら少しだけ顔を振り向かせて答えた。

「よく分かったな。そうだ、俺たちは魔術を使えない。ここはダイモーンたちが作ってくれた場所だ。約束を交わした日に与えてくれたと言われている。おかげ様で俺たちはこの森に守られて、細々とではあるが平和に暮らせているんだ。あんたたち一族には本当に感謝している」

 そう言うとヴェリエルは、今度は体ごと振り返り三人に頭を下げた。

「天使が行った血のちぎりのせいで長い間あんたたちを苦しめていたことは知っていた。俺たち天使の子孫は片時もそれを忘れたことは無い。それでもなお何も出来なかった俺たちをどうか許して欲しい」

 ほの暗い森に黒々と浮かび上がったヴェリエルの体は心なしか小さく見えた。

「顔を上げてくれ。俺たちはその血のちぎりを解くためにここへ来たんだ」

「ああ、そうだったな。血のちぎりについて今も熱心に研究しているやつが居るんだ。是非ともそいつに会って欲しい」

 そう言うとヴェリエルは、ひときわ枝々が重なり合った分厚い緑の壁をぐっと手でかき分けた。

 かき分けた隙間から漏れ出した、日が沈む間際の真っ赤な夕日が4人を包み込んだ。

「さあ、ここが俺たち天使の子孫が住む村だ」

 ヴェリエルは三人を歓迎するように片腕を大きく広げて眼下の村を見下ろした。

 森を抜けた先には、四方を森に囲われたすり鉢状の地形が現れた。その中心には小さな村があり、先ほどの村とは違い家々には温かい灯りが灯っていた。

 近づくにつれて夕餉ゆうげのいい匂いがそこかしこから漂ってきている。

「まずは飯にしよう。会うのはそれからだ」

「やっと干し肉以外が食える!」

 ログとルーノは口を揃えてそう叫ぶと、互いの手のひらを空中で叩き合わせて歓喜の音を鳴らした。


「ここが村唯一の食事所だ」

 そう言いながらヴェリエルは一軒の家の扉を開けた。

 店内は想像していたよりも広い空間になっており、乱雑に置かれたテーブルを囲うようにして各々おのおのが適当な場所へ椅子を持って来て腰掛けているようだった。

 笑い声や少し苛立ったような声、誰かを呼ぶ声など様々な音で溢れかえっていた。

 しかし、ジョナたちを見た瞬間そのざわめきは一瞬にして凍り付き、誰かがグラスを落とした音が響いた。

(だから言ったんだ……フードを被らせてくれと……)

 ジョナは一瞬顔をしかめて心の中でため息をついた。

 店に入る前にフードを被ろうとした3人をヴェリエルは笑って止めた。

 どうせすぐにバレるんだから最初から堂々としていればいい。というヴェリエルの助言でジョナたちはそのまま扉をくぐったのだった。

 静まり返り、動きが止まっている住民をよそに、ヴェリエルは何事もなかったかのように奥のテーブルに近づき、近くの椅子を引いて腰かけた。

 3人はしぶしぶヴェリエルの後を追いながら、四方八方から感じる痛いほどの視線を浴びなければならなかった。

「これじゃ、気になってまともに食事が喉を通らねえよ……」

 ルーノはバツが悪そうに小さく呟きながら椅子に腰かけた。

 その時、どこからか不思議な唄が聞こえてきた。

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