第22話 空へ還る
二匹の飛竜が自由に空を舞っている。リタはその光景を眺めながら一安心していた。
ライリーにとっての初めての空はきっと喜びを掴んだ瞬間になったに違いない。
初めて小屋の外に出た時、この世界はどんなふうに映っただろうか。
小屋を出て、トーイの後ろを歩きながらきょろきょろと周りを見渡し、リタに視線を移して何かを伝えようとしている姿がたまらなく愛おしかった。
ルアンナの指笛でトーイが大きく翼を広げると、ライリーはそれをじっと観察していた。
風を巻き上げながら空へ舞い上がったトーイは一瞬だけ後ろを振り返り、遥か上空まで
それはまるで兄が妹を気遣うような、そして空へ誘うような、そんな姿だった。
「さあ、次はリタの番よ」
ルアンナは穏やかな口調でリタを促した。
リタは静かにうなずくと、親指と人差し指で輪をつくり、恐る恐る口元へ近づけていった。
ライリーの飛行訓練の許可が出てからリタは必死で指笛を練習していた。それはどの飛竜とも被らない、リタとライリーだけの音。
幾度となく出したその音色を上手く出せるか不安になり、リタは震える唇を舐めた。
そして、大きく息を吸い込み真っ直ぐに息を吹きこんだ。
ピィーと甲高い音が鳴ったと同時にライリーは大きく翼を広げた。懸命に翼を上下に動かしゆっくり宙に浮くと、トーイを追いかけるように上昇していった。
しかし、崖の縁を超えた辺りでライリーは翼を動かすのを止めてしまった。
大きな体は重力に引かれ真っ逆さまに落ちていく。
「ライリー!」
リタは慌てて崖の縁に膝をつき下を覗き込んだ。
次の瞬間、物凄いスピードで下から上へと突風が巻き起こり何かが顔の近くを通り過ぎていった。
リタはあまりの衝撃に驚いてしりもちを付いてしまった。
あっけにとられて空を見上げると、そこには大げさに空を旋回しトーイとじゃれるようにして遊んでいるライリーの姿があった。
「リタ! 大丈夫?」
ルアンナは心配そうにリタに駆け寄った。
「びっくりした。私てっきりライリーが落ちたのかと思って……」
リタは縮み上がった心臓の鼓動を落ち着かせようと大きく深呼吸をした。
「成功だ! やっぱり僕が考えた通りだ! リタ、成功だよ! ありがとう!」
シャミスは座り込んでいるリタの手を握り、ぶんぶんと上下に振ってみせた。
「ライリーはトーイの飛行法をうまく真似ているよ。この分だときっと着地もうまくいく。だとしたら、次はどうやって飛竜の背中に乗るかだな……」
シャミスはしゃべりながら徐々に独り言のようになっていき、最後には完全に自分の世界へ入ってしまった。
そんな様子を見ていたルアンナはふっと笑いながらリタの隣に腰を下ろした。
「良かったねリタ。おめでとう。私はこうして飛竜が自由に空を舞うのを見るのが一番好き。エミリアともよくここで飛竜たちが舞っているのを一緒に眺めていたわ。エミリアがまだここに居た頃によく言ってた。何にも縛られる事なく、狭い世界に閉じ込められる事もなく、唯一自由になれる場所。それが空だって」
「自由……」
「そう、ダイモーンと飛竜は長い間血の
「人間を恨んでないの?」
リタは不安になってルアンナに問いかけた。
「うーん。裏切られた悲しさはあっても恨むまではいかないわ。そればっかりに目を向けてしまうと大切なものを見落してしまうもの。大切なのは過去じゃない、今よ。そして、手のひらの中にある小さな幸せを絶対に手放さない事。そうしたらほら! 少しずつ大切な人に分けてあげられる」
そういうとルアンナは握った右手をリタの目の前にかざした。
そして、パッと手を広げるとそこには一輪の花が現れた。
ルアンナの手のひらの上で真っ直ぐ天に向かって立っている一輪の花を見つめながら、リタはある景色を思い出した。
それは虹色の花々が一面に敷き詰められた夢の中の草原。母に手を引かれ歩いたあの景色。
「これは……」
「ふふ、綺麗でしょ。魔術で作り出す特別なお花よ。私達はこの花を
ルアンナは満点の笑みで花を差し出した。
その時リタは、ようやく母の大きな愛に触れた。
あの虹色の景色に母が込めた想いを今、やっと受け取ることが出来たのだ。
差し出された一輪の花を胸に抱き、リタは静かに涙を流した。
「ありが、とっ……」
喉が震えて上手く伝える事が出来なかった。
涙を流すリタを見て、慌てふためくルアンナをよそにシャミスはおもむろに立ち上がった。
「ルアンナ! さっそくトーイを降ろしてくれ。ライリーはきっと同じように着地するはずだ!……ってどうしたんだい?」
ようやくリタが泣いている事に気づいたシャミスは分厚い丸眼鏡の奥にある目を大きく見開かせた。
一つの事に集中すると周りがいっさい見えなくなるシャミスの性格にリタはふっと笑みをこぼした。
「何でもないよ。ルアンナに
そう言うとリタは袖で涙を拭い、空を舞っている二匹の飛竜を見ながら立ち上がった。
「ルアンナありがとう。私きっと立派な飛竜守りになるね」
それを聞いたルアンナは穏やかに微笑みながら、半分以上
「無理やり連れてきてしまった時はどうしようかと思ったけど、良かった。ダイモーンはいつでもリタの味方よ!」
ルアンナはそういうとトーイに向かって指笛を鳴らした。
トーイは名残惜しそうに一度上空を旋回し、そして崖を目掛けて穏やかに下降し始めた。
リタも少し間をあけて、トーイを追う形でライリーが戻ってこられるように指笛を鳴らした。
二匹の飛竜は間隔をあけて、それぞれが踵で地面を引きずりながら崖の上に降り立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます