第14話 ジョナの飛竜

 ジョナは足早に長老の部屋に向かいながらいきどおっていた。

(何故気付かなかった!)

 他の飛竜たちと違うと言うだけで勝手に未熟な子だと判断してしまっていた自分自身に腹の底から怒りが湧いていた。

 勝手にそうだと決めつけて他の可能性を見ようともしなかった。解決にしか目がいかず、そもそもの原因や問題を探すことを放棄していたのだ。

 ジョナはゆっくりとしか開かない長老部屋の扉に舌打ちをしながら、真っ先にある人物を探した。

 探していた人物は思っていた通りこの部屋にいて、鉢に植えられた植物を凝視しながら何やら一心不乱にペンを走らせていた。

「シャミス! 急いでトーイを調べて欲しい」

 突然背後から声をかけられたシャミスは肩を大きく跳ね上がらせた。

 走らせていたペンを止め、重たい丸眼鏡を指で上げながらオドオドと振り返った。

「トーイ……?」

「ああ、トーイをすぐに調べて欲しい。一匹だけ飛行も着地の仕方も違うんだ。“先祖還り”かもしれない。悪いが今すぐ診てくれ」

「先祖還り!? すぐに行こう! 早く行こう! ほら行こう!」

 先祖還りと言う言葉を聞いて、シャミスは持っていたメモ帳とペンを投げ捨て、目を輝かせながらジョナの手を引いた。

 興味のある事に関しては人が変ったように口数が増えてしまうこの性格がゆえに、周りからは変人だと言われているが、本人は全く気にしていないようだった。

 ジョナはシャミスに気圧されながらトーイの檻に向かった。


「この子が先祖還りの子? 他の飛竜より小さいな……でも成人はしているのか……」

 シャミスはトーイの檻の前で何やらブツブツと呟きながらふところから取り出してきた別のメモ帳にペンを走らせている。

 書く手が止まりシャミスは何やら考え込んだかと思うと突然振り返った。

「ジョナ、僕はこの子の飛行と着地が見たい」

 シャミスの目は先ほどの輝いていた目とは違い、今度は真剣な眼差しに変わっていた。

 頭の中で物凄いスピードで様々な思考が飛び交っているのだろうか、眼球はせわしなく小刻みに揺れている。

「分かった。一度離れてくれないか」

 ジョナは、鼻先を鉄格子にくっ付けて食い入るようにトーイを観察しているシャミスを引き離すのに少しばかり苦労した。

 鉄格子を開けるとトーイは嬉しそうにジョナの手のひらに鼻先を押し付けてきた。

「今日だけ特別だからな」

 そう言うとジョナはトーイの手綱を引いて外へと連れ出した。

 シャミスは少し離れた後ろからトーイを凝視しながら観察していた。

「歩き方に問題はなし、他の飛竜たちと変化なし……」

 

 ジョナは崖の縁に立ちトーイの横に立つと、指笛を一つ長く鳴らした。

 それを合図にトーイは嬉しそうに大きな翼を広げ空へと舞い上がっていった。

 この時一直線に空へのぼらず、ふらつきながらのぼっていくのがトーイの癖だった。

「他の飛竜たちはまっすぐぶれずに舞い上がるんだが、トーイは何故だかふらつくんだ」

 ジョナはトーイを目で追いながら自分自身に言い聞かせるようにそう呟いた。

「そして平行飛行に変わってもバランスを安定させられない……」

 ふらふらと空を舞っているトーイを見ながらジョナはある可能性を確かめるように言葉をなぞっていった。

 その可能性が確信に変わっていくにつれてジョナは全身が粟立っていくのを感じた。

「ジョナ、何故飛竜は風の流れを読むのにけているか知っているかい?」

 シャミスはトーイが舞っている空を見上げながらジョナに尋ねた。

 ジョナはシャミスの問いには何も答えなかったが、今しがた頭の中によぎった、この信じがたい確信を口に出して確かめてみた。

「……ああ、そうか、小さい頃に読んで貰ったお伽話だと思っていた。まさか本当にあの背中に乗れるのか」

「そうだよ、かつてダイモーンは飛竜に乗って空を舞っていた。これはお伽話なんかじゃない。あの子はふらついているわけでもなければ、バランスを崩しているわけでもない。誰よりも上手く風の流れを読み、背中に乗っているであろう者を上空の暴風から守っているんだよ」

 少し間が空いて、二人は同じタイミングで小さく呟いた。


「「……先祖還り」」


 ジョナとシャミスは一瞬訪れた静寂にそれぞれの思いを巡らせていた。

「ジョナ! 何か分かったの?」

 突然後ろからルアンナの声が覆いかぶさり二人ともはっと我に返った。

 声がした方を振り返ると、そこには心配そうな表情を浮かべたルアンナとリタの姿が目に入った。

「あの……私何か余計な事言っちゃったみたいで、その、ごめんなさい」

 リタは怯えながらジョナの様子をうかがうように謝ってきた。

 ジョナはその姿をみて、ちくりと胸が傷んだ。

 怯えられるのも当たり前だ。何も言わずに飛び出してきてしまったのだから。

 ジョナは何も言わずに飛び出した事を激しく後悔した。

 そして、ゆっくりと片膝を地面に付けてリタと目線を合わすようにしゃがみ込んだ。

「違うんだ。あの時は慌てていて、お前の事を無視する形になってしまった。すまない。それに、余計なことなんかじゃない。お前のあの言葉が無ければ、俺は一生トーイの変化に気付かなかったかもしれない。トーイの才を見つけ出したのはリタ、お前だ。感謝している」

 そう言うとジョナは優しくリタの頭を撫でた。

「へえ……あんたもそんな紳士みたいな事するのね」

 見ていたルアンナの言葉に、ジョナはルアンナを見上げ顔をしかめて立ち上がった。

 その時リタは頬に全身の熱が集まっていくのを感じ、赤くなってしまった顔を誰にもばれない様にそっと冷えた手で冷ました。

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