第12話 母親
タバル達が居る小屋の更に奥には、渡り廊下で繋がった子供の飛竜が住んでいる小屋があった。
入った瞬間、辺りは静まり返っており、この小屋には目の前にいる一匹の小さな飛竜しかいないようだった。
「ここ数十年、飛竜の繁殖が上手くいってないんだ。ここにはライリーしか居ない」
檻の中にいる小さな飛竜は大きな瞳を
「タバルの子供ライリーだ。飛竜の子供は飛竜守りに慣らす為に、生まれてすぐ母親から隔離する。今日からお前がライリーの母親代わりになるんだ」
「……寂しくないの?」
リタは少しだけ自分とライリーを重ね合わせた。
「寂しくないようにお前が愛情を注いでやれ、その痛みをお前は分かってやれるだろう」
それを聞いて、リタはこくんと頷いた。
「私大切にする。ライリーが寂しくないようにずっとそばにいるって約束する。例えどんな事があっても絶対に離れない。だってダイモーンは、約束は必ず守る種族なんだよね?」
リタはジョナを見上げて問いかけた。
ジョナは一瞬驚いた後、ふっと柔らかく笑って見せた。
「ああ、そうだ」
ジョナの反応を確認したリタは、檻の中にいる小さな飛竜に向き直った。
「初めましてライリー。私はリタ、今日から宜しくね」
小さな飛竜はじっとリタを見つめていたが、やがて大きな
*
それから数ヶ月リタは付きっきりでライリーの世話をした。
始めのうちはこの小屋に来るのも一苦労だったが、ジョナに暴風の中でも上手く立って歩ける風の流れを教えてもらった。
一人で来られるようになってからは、1日のほとんどをこの場所で過ごすようになっていた。
ライリーはとても活発な飛竜だった。よく食べ、よく眠り、檻の中を忙しなく動き回るようになっていた。
あんなに小さかった体は日に日に大きくなり、リタの背を越すほどに成長していた。
ただやはり、まだその体には一切触れさせて貰えなかった。
餌を檻の中に入れる時や、檻の中を掃除している時、ライリーは決まって奥で身を
「ご飯置いておくね、いっぱい食べて大きくなるんだよ」
飛竜に言葉は通じない。けれど音には敏感だとジョナが言っていた。
飛竜は周囲の音を正確に聞き分け様々な情報を取り入れる術を持っているようだった。
リタは出来るだけ多くの言葉を聞かせ、覚えて貰おうと必死だった。
餌をやり終え、檻から出ると鉄格子の前の通路に直接腰を下ろした。
鉄格子がガチャンと閉まる音を聞き、ライリーはゆっくりと餌の前に姿を現した。
そして、じっとこちらを見つめている。
「食べていいよ。ゆっくりね」
リタが穏やかに笑うとライリーは待っていたとばかりにガツガツと餌を食べ始めた。
ライリーが食べているのをじっと観察していると、遠くからコツコツと聞きなれない足音が近づいてくるのが聞こえてきた。
リタは不審に思い、音のする方へ視線を移して驚いた。
なぜなら、そこにはこちらに向かって歩く長老の姿があったからだ。
リタは慌てて立ち上がり深く頭を下げた。
「顔を上げてくれ。どうだい? 少しはライリーに慣れたかい?」
「はい……なんとか、檻の中には入らせてもらっています」
長老はリタの言葉に小さく頷くと、先ほどのリタと同じように鉄格子の前の通路に直接腰を下ろした。
リタはその姿に一瞬戸惑ったが、同じように長老の横に腰を下ろした。
「でもまだ触らせてもらえなくて……」
リタはここ数ヶ月ずっと悩んでいることを長老に打ち明けた。
「まだ数ヶ月しか経っていないだろう。触らせてもらえなくて当たり前だ。きちんと心を通わせ、信頼関係が出来ていないと飛竜は近づいても来ないよ。焦らなくてもいい。ゆっくりやりなさい」
ライリーはリタ以外の声に反応したのか、餌を食べるのを止めてじっと長老を観察していた。
「エミリアがタバルを育てた時も、お前と同じようにずっと檻の前に居たよ。やはり親子だね」
長老はライリーを眺めながら懐かしむように言った。
「お母さんも……お母さんはどんな風にここで暮らしていたんですか?」
以前ジョナに母の事を聞いたことがあったが、天才だった。としか教えてくれず、リタはずっと母の事を詳しく聞いてみたかった。
「そうだね……仲間のダイモーンたちだけでなく、どの飛竜に対しても優しく、いつも穏やかに笑っている、そんなみんなの母親のような存在だったよ。そしてとても優秀な飛竜守りだった。
タバルは幼い頃から、手が付けられえないほど気性が荒くてね、当時タバルを育てていた飛竜守りは手を焼いていたんだ。そんな中、自分にタバルを育てさせてくれとエミリアが手を上げた。最初のうちは慣れてくれるのに苦労したと言っていたが、タバルはみるみる大人しくなっていった。
そして、数か月後には深紅の瞳を
そして長老は顔を近づけ少し声を落として付け加えた。
「ジョナは今でこそ飛竜守りの
長老はいたずらに笑うとリタの背中をぽんと軽く押した。
「何事も最初から上手くいくものなんて無い。何度も挑戦し、失敗を繰り返しながら一番いい方法を探せばいい。うんと考えるんだ。そしたらおのずと自分にあったやり方っていうのが見つかるさ」
そう言うと長老は一つ伸びをして会議が有るからと部屋へ戻っていった。
(私を元気付けに来てくれたんだ)
長老に背中を押され、今まで無意識に入れていた肩の力がすっと抜けていくのを感じた。
なかなか慣れてくれないライリーに焦り、落ち込んでいたリタにとって、その言葉は心の奥にすっと入り込み、柔らかな温かい熱となって胸の奥に広がっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます