第11話 飛竜小屋

 ジョナは自分の耳を疑った。隣にいる少女から、にわかには信じがたい言葉が発せられたからだ。

 そんなことがあり得るだろうか……。

 いつ、何処で、どうやってそれを知り得たのだろうか……。

 ジョナはしかめた顔を元に戻す事が出来なかった。

『お母さんの……』

 確かにタバルは元々師匠の相棒だった。師匠がここを去る時に俺が継いだ飛竜だ。

 しかし、それをこの少女が知っているはずがない。なぜそれをこの少女が知っている……?

「タバルを知っているのか?」

「えっと……夢で見ただけで……その、見たのはこれが初めて……」

 リタはジョナの反応に少し怯えながら、しどろもどろに答えた。

「夢……そうか、タバルはお前の言う通り師匠――お前の母親が育てた飛竜だ」

「お母さんが?」

「ああ、師匠がここを去る時に俺が継いだんだ」

「……近くに行ってもいい?」

 母親という言葉に安心したのか興味が沸いたようだった。

「手は出すな。産後で攻撃的なんだ。ゆっくり近づけ」

 ジョナは、恐る恐るタバルに近づいていくリタを横目に、タバルが興奮しないか目で見張った。

 ここ数日のタバルは他の飛竜守りに対してもあまりいい反応を見せなかった。

 ジョナが居ないとずっと落ち着きが無く、他の飛竜守りたちが通る度に翼を大きく広げて威嚇するほどだった。

「いい子ね、タバル。私の大切なお嬢さん」

 ジョナは目を見開いて視線をリタに移した。

 それを聞いた瞬間、何かがすとんと胸に落ちていくのが分かった。

 ああ、確かにこの少女は師匠の娘だ……。

 ジョナの頭の中に幼い頃の記憶がよみがえってくる。

 そうだ、師匠がタバルに会う時は必ずその言葉をかけて挨拶をしていた。

 タバルに笑いかけるエミリアの姿が、目の前の光景と重なった。

 その瞬間、頬をつたった一筋の涙に気付き、自分自身に心底驚いた。

 リタに気づかれないようそっと目元をぬぐいながらジョナは苦笑した。

 俺は師匠に会いたかったのか……。



「いい子ね、タバル。私の大切なお嬢さん」

 リタは自分でそう言いながら戸惑っていた。

 なぜだかタバルに近づいた瞬間、口から流れるようにしてその言葉が出てきたからだ。

 言い終わった後も、ここからどうしたらいいのか分からず少しの間固まってしまった。

「師匠はそのあとタバルの鼻先を撫でる……が、お前はやめておけ」

 ジョナの手がそっと肩に触れた。

 リタはその瞬間体の力が抜け、大きく息を吐いた。いつの間にか呼吸を止めてしまっていたようだった。

 とても不思議な感覚だった。ずっとそばに居たような安心感や、愛おしさを感じるこの感情は何なのだろう……。

「もう怖くないのか?」

「うん……想像していたよりも怖くない。本や絵本では、恐ろしくて凶暴だって書かれていたから……ずっとそう思い込んでた」

「情報とはそんなものだ、誰かの思惑おもわくでいとも簡単に捻じ曲げられる。あたかもそれが一番正しいように。どんな情報を選択するのかはお前の自由だが、これからは実際に目にしたもの、体感したものだけを経験として取り入れろ。たとえそれが大多数の意見と違っていたとしても、自分の声に正直に生きろ」

 ジョナはそう言うとタバルの鼻先を優しく撫でた。

 不思議だな、タバルが俺以外のやつにこんなに大人しいなんて……。

 もしかすると俺が想像しているよりも早くライリーを手懐けられるかもしれない……。

 ジョナは真剣な顔でリタを見下ろした。

「リタ、飛竜守りになるのは、決して甘くない。思い通りにいかない事の方が多いかもしれない。やるか、やらないかは自分で決めろ。どうする?」

 リタは夢の中で母が言った言葉を思い出していた。

『あなたには必ず出来る。そして、あなたを支えてくれる人がたくさん居るのだから』

 母は知っていたのだ、リタがここに来る事を、そして、ダイモーンの仲間達が居る事を。

 リタはぎゅっと口を結んで覚悟した。

 確かめよう、母が自分にたくしたこの運命を。この先に起こる未来を。

 そして、どうして私は飛竜守りになるのかを。

「私は……お母さんが見た未来がどんなものだったのかを確かめたい。お母さんが何を私にたくしたのかを知りたい」

 リタは小さく息を吸いジョナを見上げた。

「私は……飛竜守りになりたい」

ジョナはリタの覚悟を感じ、軽くうなづいた。

「ダイモーンは、約束は必ず守る。お前を立派な飛竜守りにすると誓おう」

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