第10話 飛竜小屋

 2人分の足音だけが静かな廊下に響き渡っている。

 リタは足早に歩くジョナの背中を追うのに必死だった。

 あれからリタとジョナは、飛竜たちのいる小屋に向かっている途中だった。

 右に曲がったかと思うとすぐに左に曲がり、次をさらにまた右に曲がる……。

 リタの目の前を急な曲がり角が次々と現れてはすぐに通り過ぎていく。今自分が何処を歩いているのか、長老の部屋が何処だったかも、もう分からなくなってしまっていた。

 どこまでも続く迷路のような廊下をひたすら無言で歩き続け、リタの不安は募っていく一方だった。

 どれくらい歩き続けただろうか、急にジョナが立ち止まったので危うく背中に衝突しそうになった。

「いいか、この扉を開けると外に出る。飛ばされたく無ければ、しっかりと俺の手を握れ」

 ジョナはそう言うと片方の腕をリタに突き出した。

 様子をうかがうようにちらりとジョナを見上げたが、ジョナはもうリタの事を見ていなかった。

 ルアンナが長老の部屋の扉を開けた時と同じように何か小さな声で呟いている。

 リタが恐る恐る手を伸ばすと、少し乱暴に腕を引かれ力強く手を握られた。

 外に通じると言われたその扉は大人の女性がやっと1人通れるような細くて小さな扉だった。

 その扉はジョナが何かを言い終わるやいなや、勢い良く内側に叩きつけるように開かれた。

 次の瞬間、突風が轟音を上げて内側に入り込み、リタたちを包み込んだ。

「……っ」

 息が出来ない。

 リタはあまりの衝撃に握っている手に力を込めた。

 全身を強く打ち付けるような暴風に耐え切れず、ぎゅっと固く目をつむる。

 そんな中リタは、ジョナに半ば強引に引きずられながらやっとの思いで飛竜たちのいる小屋に辿り着いたのだった。


「小屋に入ったら大きな声は出すな、飛竜は気性が荒い。何で機嫌を損ねるか俺たちでも分からない」

 ジョナの深紅の瞳に見つめられて、リタは恐怖を感じながら何度も首を縦に振ってみせた。

「まずはタバルからだ、お前が会おうとしているライリーの母親だ。タバルはここにいる飛竜たちのおさで俺の相棒だ。ついてこい」

 いつの間にか離されていた手がとても不安になり、リタはジョナに駆け寄りそっと手を握った。

 ジョナの手は一瞬驚いたように固まったが、何も言わずに握り返してくれた。

 煉瓦で作られた大きな小屋には等間隔に仕切りが付いており、通路側には頑丈な鉄格子がついていた。

 リタはその一つ一つの檻の大きさに目を丸くした。

 それはカルロット家の大屋敷にあった馬小屋が、丸々一つ入ってしまいそうな広さだった。

 あの馬小屋には何十頭と馬が入れられていたが、ここにはたった一匹の飛竜だけが住んでいるのだ。

 リタはその大きさに圧倒されながら、通り過ぎていく左右の檻を恐る恐る眺めていた。

 檻の中は真っ暗でこちらからは良く見え無かったが、リタたちが通る度に檻の奥からかすかに動く気配がして身震いをした。

 まっすぐ伸びた通路はさらに奥へ奥へと続いており、全景を想像すると小屋というよりも長方形のとてつもなく大きな建物に近かった。

 ジョナに手を引かれ奥へ近づくに連れてリタの足取りはどんどん重たくなっていった。

 やがてタバルの檻の前に着く頃には全身から冷たい汗が吹き出していた。

 これ以上近づいてはいけないと頭の中では、けたたましく警鐘けいしょうが鳴り響き、体は勝手にガタガタと震えだした。

(怖い……)

 リタはどうしようもない恐怖に、上手く呼吸さえも出来なかった。

「落ち着け、タバルはお前を襲ったりしない」

 ジョナはそう言うと繋いでいない方の手で軽く二つ指笛を鳴らした。

 すると檻の奥からかすかに金属のこすれるような音がした。

 その音は徐々にリタ達に近づいてくる。

 大きくなる音を聞きながらリタは心臓近くの服をぎゅっと握りしめた。


――来る。


 心臓は大きく跳ね上がり、全身が徐々に粟立っていくのを感じた。

 しかし、姿を現した飛竜を見た瞬間リタは思わず、あっと声をもらした。

 なぜならそれは、夢の中で母が鼻先を撫でていたあの飛竜にそっくりだったからだ。

「お母さんの……」

 リタはそう言いかけて慌てて口をつぐんだ。

 違う、あれはただの夢だったから、きっと似ているだけで、飛竜はみんなこんな姿をしているのかもしれない。

 突然の既視感に、恐怖の代わりに不思議な感覚が胸の底から湧き上がってくるのを感じた。

「今……何と言った?」

「え……?」

 慌ててジョナを見上げると、怪訝けげんそうに自分を見下ろすジョナと目が合った。

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