第9話 飛竜守り

 下から吹き上がる突風をものともせず、じっと鉛色の空を見つめる一人の青年が崖の縁に立っていた。

 青年は風にあおられる白銀しろがね色の髪を後ろにかき上げながら、凛々しい眉を中央に寄せ、眉間に深い皺を作っていた。

 切れ長な目の奥に潜む深紅の瞳には、誰よりも深く鋭い眼光を宿していた。

 その青年は、上空を舞う一匹の飛竜を注意深く観察し、飛行の癖や風の乗り方をチェックしている所だった。

「ジョナ、長老がお呼びだー」

 小柄ながらガタイの良い男は、風の轟音ごうおんに負けまいと口に両手を当て大きな声で叫んだ。

 ジョナと呼ばれた青年は素早く振り返り、軽く頷くと、一つ短い指笛を鳴らした。

 指笛がなった途端、天高く飛行していた飛竜は物凄いスピードで急降下し、突風をまといながら崖の上に身体を滑らせて着地した。

 ジョナはその様子を見て小さくため息をついた。

(着地がなかなか上達しないな……)

 そんなジョナの心配をよそに飛竜はまるで散歩を終えた犬のように満足気にひょこひょことジョナの後ろを歩いていた。

「いつ見ても思うが……よくあんな突風の中でそんな平然としていられるな」

 叫んだ男は、あの突風の中を何事も無かったように歩いてきたジョナを見て苦笑した。

「慣れれば誰でも出来る」

 そっけなく男にそう答えるとジョナは飛竜の首に素早く手綱たづなをかけた。

「こいつを小屋に頼む、俺は長老のところに向かう」

 任せられた男は顔をこわばらせながら恐る恐る手綱たづなを受け取った。

「大丈夫だ、そいつは飛竜の中でも一番穏やかな子だ」

 男の恐怖心を緩和かんわするようにジョナはそう言うと足早に長老の部屋に向かった。



「長老、お呼びでしょうか」

 部屋についたジョナは片膝をつき深々と頭を下げた。

「早かったね、お前に新しい仲間を紹介する。新しい飛竜守り見習いのリタだ」

 ジョナは驚いて顔を上げた。

「どういう事で……」

 言いかけて目の前の幼い少女と目が合い、ジョナは言葉を失った。

 その幼い少女は不安そうに長老の隣に小さく立っていた。

「……師匠」

 無意識に口をいて出てしまった言葉に、しまったと心の中で呟いた。

「ああ、エミリアに瓜二つだろ、リタはエミリアの娘だ」

 ジョナはあまりの衝撃に反応を返すことすら出来なかった。

 そんなジョナをよそに、長老はリタを見て話し始めた。

「リタ、よくお聞き。彼はジョナ、ここ葬られた崖ガル・デルガの飛竜守りのおさで、お前の母親エミリアの一番弟子だった男だ。今日からお前の教育係だよ」

 ジョナはその言葉を聞いてはじかれたように長老を見上げた。

「待って下さい、長老……ご説明を……願います」

 展開の速さについていけず、普段決して人前で見せることのない焦りを隠さずにはいられなかった。

「タバルが子供を産んだだろう? その子をリタに任せたい。若い飛竜守りが不足していると嘆いていたではないか。エミリアの娘だ、きっといい飛竜守りになるだろう」

 その言葉にジョナは顔をしかめた。

 悪い冗談だ……1日やそこらで飛竜守りになれるわけではない。

 付きっきりで世話をし、飛竜それぞれの性格や癖を把握した上で、尚且つ服従させなければならないのだ。

 とてもじゃないが、怯えた目で自分を見ているこの幼い少女が、あの血の気の多い飛竜達をなだめ、隣に立っている姿を想像する事が出来なかった。

「お言葉ですが長老……この幼い少女があの気性の荒いタバルの遺伝子を持ったライリーを扱えるとは到底考えられません」

 懸念けねんしているのはそれだけではなかったが、ジョナは何とかそれらしい理由を作って上手くこの場から逃れたかった。

「それもそうだな、一度タバルとライリーに会わせてやりなさい。判断するのはそれからでもいいだろう?」

 長老はそういうとリタの背中をそっと前へ押した。

「行っておいでリタ、お前の母親がどんな風に生き、何を大切にしていたのかきっと分かるだろう」

 長老に背中を押されて恐る恐る前に出てきた少女を見て、ジョナは心の中で大きなため息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る