第8話 飛竜守り

 案内された大きな円卓には見たこともない美味しそうな料理がずらりと並んでいた。

 ピリっと辛そうな香辛料の匂いや、果物を煮込んだような甘い匂いが鼻をかすめリタは喉を鳴らした。

「お腹がすいただろう、ゆっくり食べなさい」

 長老とルアンナが食べ始めたのを見て、リタは恐る恐る目の前のスープに口を付けた。

 薬草だろうか、見たこともない葉っぱや色とりどりの花びらが浮かんでいる。

 澄んだスープからはふわりと柔らかな花の香りがして、優しいほっとする味がした。

 それを皮切りにリタは甘辛く煮込んだ山羊の肉や、粉を練って焼き上げた香ばしいパンのような食べ物をガツガツと食べ始めた。

 カルロット家の大屋敷では、固くなったパン半切れに、コップ一杯のヤギのミルクしか与えて貰えなかった。

 こんなにも暖かい料理を食べたのはいつぶりだろうか……。


 ある程度お腹が満たされたリタは、ふと我に返り、はしたない食べ方をしてしまったことに気が付いた。

 慌てて長老とルアンナに目をやると、二人ともまるで我が子を見守る母親のような表情でリタを見つめていた。

 リタは一気に恥ずかしくなり、全身の熱が顔に集まってくるのを感じた。

「ごめんなさい……美味しくてつい……」

 真っ赤な顔を両手で隠すようにして口ごもっていると長老は笑いながら料理皿をリタの方へ近づけてくれた。

「いっぱい食べなさい。まだまだあるから」



「さて、リタ、これからの事を話そう。何故お前をここに呼んだのか、これから何が待ち受けているのかを」

 長老の真剣な声色に、リタは最後の食事をゆっくり飲み込んでうなづいた。

「まずはお前の母親エミリアについて話そう。お前が生まれる随分昔、エミリアは〈飛竜ひりゅうり〉としてこの地で生きていた。血の気の多い飛竜を育て調教することで、人間と飛竜が共に生きられる世界を作っていたんだ。

 ただし、ダイモーンが皆飛竜守りになれるわけではない。世話をしながら心を通わせ、飛竜があるじと認めた者しか飛竜守りとは呼ばれない。そして、飛竜があるじと認めたあかしとして深紅の瞳が与えられる。ここにいるルアンナも飛竜守りの一人だよ」

 ルアンナはリタと目が合うと得意げに片方の眉を上げて見せた。

「エミリアはとても優れた飛竜守りだった。しかし、ある日突然ここを出て行ってしまった。人間と共に生き、お前を産んで育てることを選んだんだ。

 しかし……本来人間とダイモーンは交わらない種族。異種の子孫を残すことは体に大きな負担を与えてしまうことになった……」

 それを聞いたリタは顔をしかめた。

「それじゃあ……お母さんは私を産んだから病気になったの?」

 大好きだった母親が自分のせいで死んでしまったのだと言う事実は、10歳の少女にとってあまりにも抱えきれない現実だった。

 そしてそれは、突然世界が変わってしまったリタにとって、今までせき止めていた不安や戸惑いが怒りに変わる材料になるには十分だった。

 私が何をしたって言うの……毎日殴られたって、酷い事を言われたって、ぐっと我慢して生きてきた……。

 リタの目にゆっくりと大きな涙が盛り上がっていく。

 重い水桶だって毎日運んだ……臭い馬小屋だって毎日掃いた……洗濯だって、食器洗いだって全部、全部!

 せき止めきれなかった大粒の涙は途切れることなく頬を伝い、膝の上でぎゅっと握った拳にぽたりぽたりと落ちていく。

「待ってくれリタ、自分を責めることだけはしないでおくれ。エミリアは大きな代償を伴う事を知った上でお前を産んだんだ。それでもお前を産みたいと願ったエミリアの意思を、決して自分を責める事に使わないでおくれ」

 長老はそっとリタの頬に触れると優しく涙を拭ってくれた。

「弱っていくエミリアを見かねて我々は何度も戻ってくるように伝えたが、エミリアは娘が10歳の誕生日を迎えるまでは待って欲しいと言って聞かなかった。エミリアがこの世を去った時お前を迎えに行くか迷ったんだ。しかし、ダイモーンは《約束は必ず守る種族》なのだ。お前の母親との約束を守らねばならなかった」

「っ私は……ダイモーンなの……?」

 リタは嗚咽おえつ交じりに小さく尋ねた。

「正確にはダイモーンと人間の混血だ。ダイモーンでもあり、人間でもある。我々も詳しくは分からないが……しかし、ダイモーンの特徴の片鱗へんりんはちゃんと出てきている」

 長老はそう言うとリタの髪の毛を指差した。

「え、私の髪の毛はただの栗色……っ!」

 リタは確かめるように髪の毛先を手で持ち上げて絶句した。

 栗色の髪の毛に所々白銀しろがね色の髪が混ざっているではないか。

「でも昨日までは全部栗色だったのに……!」

「10歳の誕生日が過ぎればそうなるようにきっとエミリアが魔術をかけたのだろう。なぜ10歳の誕生日だったのか、今日ようやく分かったよ。やはりお前の母親はとても優秀だったようだ。

 今日一匹の飛竜が子供を産んだ……エミリアはこれを予知していたらしい」

 今まで黙っていたルアンナはそれを聞いた瞬間目を輝かせて、勢い良く椅子から立ち上がった。

「本当ですか長老! やっとタバルが子供を産んだんですね!」

「ああ、無事産まれたそうだ」

「良かった! やっと繁殖が上手くいったのですね」

 リタはそんな二人の会話を聞きながら、まだ状況が理解できず混乱していた。

 すると長老はリタの方に向き直り、ぐっと顔を近づけた。

「リタ、今日からお前は飛竜守りだよ」

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