第7話 飛竜守り

 岩をくりぬいて作られた薄暗い廊下を、リタはルアンナに手を引かれ歩いていた。

 壁の窪みに等間隔に備えられた蠟燭ろうそくの灯りをぼんやりと眺めながら、リタはこれから自分がどうなってしまうのか考えていた。

 あの鐘のを聞いた途端、ルアンナは会って欲しい方がいるからと、リタをゆっくり起き上がらせ、手を引いてここまで一緒に歩いてきたのだった。


「ここが長老のお部屋よ。ちょっと待ってね」

 そう言うとルアンナは、目の前にある大きな扉に向かって何かを呟き始めた。

 次の瞬間、扉は大きな音を立ててきしみながら、ゆっくりと内側に開かれていく。

 開いた扉の隙間から漏れてきた光の明るさに、一瞬目の奥に痛みが走った。

「さあ、行きましょう」

 再び手を引かれ奥へと進みながらリタはゆっくりと部屋を見渡した。

 先ほどの部屋とは違い、綺麗に四角くくり抜かれた大きな空間がそこには広がっていた。

 壁には一面に本が敷き詰められており、床には見たこともない草花の鉢が所狭しと並べられている。

 上を見上げると全身が発光している奇妙な虫が籠に入れられて吊るされていた。

「あれは発光虫はっこうちゅうといって、この葬られた崖ガル・デルガでは灯りの役割をしてくれているの」

 リタが上を向いているのに気が付いて、ルアンナは振り返りながら教えてくれた。

「じゃーあの人は?」

 リタは鉢から伸びた大きな木に向かって何やら真剣にメモを取っている男性を指差した。

 短く刈り込まれた髪には白銀しろがね色の髪以外にも所々黒色の髪が混ざっており、分厚い丸い眼鏡をかけていた。

 重さがあるのだろうか、ずり落ちる眼鏡を何度も指で上げながら素早くペンを走らせている。

「彼はシャミス。医学に詳しくてたまにああやって長老の部屋に来ては、新しい薬の研究の材料を探しているの。少し変わっているけど凄く頭がいいのよ」

 聞きながらリタは何故だか分からないがと言う言葉に妙に納得した。

「おかえり、ルアンナ、リタ」

 突然自分の名前を呼ばれて、リタは大きく肩を跳ねさせた。

 声がした方を向くと、そこには細身で背の高い女性が立っていた。

「長老、只今戻りました」

 ルアンナが深々と頭を下げ挨拶をしたのを見て、リタもつられるように頭を小さく下げた。

 長老と呼ばれたその女性は、綺麗に結い上げられた白銀しろがね色の髪に銀製のかんざしを何本も刺し込んでいた。

 顔には多くの皺が深く刻まれていたが、背筋の伸びた凛とした立ち姿に妙な若さを感じた。

 それよりも驚いたのは目の色だった。

「目が……」

 リタは思わず思っていたことを口に出してしまい慌てて口をつぐんだ。

 なぜなら、目の前に居るその女性は深紅の目をしていなかったからだ。

 長老はそんなリタをみて、察したように微笑むと凛とした、しかし深みのある口調で答えてくれた。

「ダイモーン全員が深紅の目をしているわけではない、現にリタ、お前の目も深紅ではないのだから」

 リタは一瞬眉をひそめた。

 そうだ、まだ何も分かっていない、私がここに連れて来られた理由や、お母さんのことも。

「おいで、食事をしながら話そう」

 長老はそう言うと、リタとルアンナを奥の部屋へと誘った。

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