第5話 ダイモーン

 リタは悲鳴を上げて飛び起きた。

 額にはびっしりと汗が浮かび、呼吸が上手く出来ず、せま委縮いしゅくした気管からは甲高い音が鳴り響いていた。

「大丈夫?」

 朦朧とした意識の中で声がした方に目をやると、井戸で出会った悪魔デモンが心配そうにこちらを見ていた。

「お母さんが……赤い目をしていて……それで飛竜が……」

 リタは混乱し、整理が付かないまま譫言うわごとのように呟いていた。

「落ち着いて、きちんと説明するから。まずは息を整えて。大丈夫よ。ゆっくりでいいから」

 そう言うと悪魔デモンは優しく背中をさすってくれた。

「……エミリアは本当に何も言わずにこの世を去ったのね」

 リタは聞き覚えのある名前を耳にしてはっとした。

(エミリア……お母さんの名前……)

 母の名前を聞き、少しだけ冷静になれたリタは呼吸を整えながら、ゆっくりと落ち着きを取り戻していった。


「何も知らなかったのに強引に連れて来てしまってごめんなさい。私の名前はルアンナ。あなたが思っている悪魔デモンとは全然解釈が違うのだけれど……まあ、今は悪魔デモンでいいわ。そして、あなたの母親、エミリアもまた悪魔デモンだった」

 リタは頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

「違う! お母さんは優しい人だった! 悪さなんか絶対にしてない!」

 リタは怒りをぶつけるようにルアンナにそう叫んだ。

 優しく頭を撫でてくれる母の姿が浮かび目頭がぐっと熱くなる。

「待って、あなたは大きな勘違いをしている……悪魔デモンは悪さをする種族では無いわ。それは人間が作った偽りの物語よ」

 ルアンナは悲しそうに眉を下げた。

悪魔デモンはもともと“ダイモーン”と呼ばれ、”守護の種族”だった。はるか昔、神々と共に生きた飛竜を守る役割を担っていたのよ。それを……人間達が我々の役割を奪い、飛竜を悪に見立てて飛竜討伐に躍起やっきになった。何故だと思う? 悪に勝利した人間は英雄としてあがめられ、世界を統一出来ると考えたからよ」

 ルアンナは吐き捨てるように語尾を荒げた。

 その時リタは英雄と聞いて、まだ混乱している頭の中で、英雄物語をぼんやりと思い浮かべた。

 伝説に出てくる英雄たちは皆、危険な飛竜に勇敢に立ち向かい人々を救っている。

 そして最後は必ず世界が平和になったと締めくくられているものだ。

「人間達は己の権力や地位の為に多くの飛竜やダイモーンを討伐していった。そうして私達をこの地に追いやったのよ……」

 ルアンナは悔しそうに唇を噛んでいる。

 どこか他人事のように話を聞いていたリタは、頭によぎった疑問をぽつりと口にした。

「……何故飛竜は負けたの? 飛竜は空を飛べるし火も吐ける、それにダイモーンが魔術を使えるなら、どうして人間に負けたの?」

「そうね、そこからね……」

 ルアンナは小さなため息をついてまた、話始めた。

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