第19話 始まりの真実
———王宮は、ロージに関する捜査で騒がしかった。そんな中、グレンは一人玉座に座り、何を考えるまでも無く、虚空を睨み付けている———
そこへ、アイスメイルが謁見を申し出てきた。
「陛下、クリル、いえ魔法使いのシーク殿が瀕死の重傷を負って、ガル湖で発見されました」
「ガル湖? 」
「はい。この数日、意識不明でしたので、身元が分からなかったですな。昨晩、目を覚まし、陛下と最高司祭様に伝えたいことがあると申しております」
シーク先生、実はクリルと言う前最高司祭とシルヴィの子供だ。エレサの左目を診せに行くと、死霊魔術だと見破った方だ。しかし、その帰り道、ロージに奇襲され、アイスメイルがロージを捕らえようとしたとき、何処かの女がロージを庇った。オクタエダル先生はシーク先生は悪くないと仰っていたが、腑に落ちない感じもある。
そんな、シーク先生が、ガル湖で重傷を負って、そして私に伝えたいこと?
「分かった。今、ガル湖に居るのか? 」
「あまりに重傷な為、動かせません。それに、火傷を負っております。あれは、ロージを取り逃がしたとき、謎の女が使った術による火傷と同じと思われますぞ」
とアイスメイルは釈明した。
と言う事は、シーク先生は、謎の女ではない可能性が高まったか。
「それから、その近くの洞窟の中は、地獄絵図でありましたぞ。多人数が虐殺されており、あまりのひどさに何人の遺体があるのか私でも分からなかったほどです。さらには、そこにはシルヴィの遺体が柱に括り付けられておりました」
「何? シルヴィの遺体? その遺体が殺したのか? 」
「それは分かりませんな。ミイラ化した普通の遺体で、魔素が入り込んだ形跡も有りませんでした。しかし、本件、小官の知識の範囲を超えており、もはや確証が持てないと言うのが本当のところですな」
確かに、私も死霊魔法が、これ程常識外れなものとは思わなかった。死体をアンデッド化するなど言う生やさしいものでは無く、魂その物を弄ぶ忌まわしい術式体系といえる。これが元は聖霊魔法の一種とは信じがたい。いや、ひょっとすると聖霊魔法の方が一部かも知れない。
「分かった。半刻後に出発したいと、最高司祭様に伝えよ」
◇ ◇ ◇
シーク先生は、通りかかった農民に発見されたようだ。魔法封じの茨の冠を付けていたので、魔法使いの罪人と思って、ガル湖連隊本部に通報してきたようだ。
「この間、聞いた洞窟の悲惨な状況で、良く生き残ったな」
と私は何気に呟くと、
「封霊杭を持っていましたからな。そして、それを刺したらしい足の傷もありましたし。恐らくはそのお陰で、魂がない死体と思われたのではないかと」
とアイスメイルが疑問に答えてくれた。
シーク先生は被害者というのが濃厚か。これから聞く証言がどのようなものかに寄るがな。
「まず、入る前に注意ですが、茨の冠のせいで、しばらく魔法は使えない上に、大変なショックを受けておられ、少し精神を病んでおられる」
と扉を開ける前にアイスメイルが助言してくれた。
魔法使いが魔法を使えなくなるのは、精神的ダメージが大きいと聞いたことがある。そのうえ洞窟で虐殺行為を見せられていたのだろうから無理もない。そして、それと同じ事がエレサの身にも起きている。何とかしなければならない。
衛兵が扉を開け、私と最高司祭様、そしてアイスメイルが部屋の中に入った。
シーク先生はボンヤリと窓の外を見ている。アイスメイルが声を掛けても反応が無かった。
「シーク先生」
と私は声を掛けた。
すると、ビクと身体が反応し、ユックリとこちら向いた。
「陛下、申し訳ありませんでした。いらっしゃるとは、思いませんでした」
と謝罪の言葉から始めたが、目を合わせず、すぐに壁を向いた。
「シーク先生、話が辛いのなら、もう少し時間を掛けてからでも構いません」
と身体を気遣って助言したが、
「いえ、時間がありません。まず、結論から申し上げます。サライが復活しました」
と衝撃的な事を語った。
「私は父と母の魂に救われましたが、二人に触れたとき、当時の父の記憶も私の中に流れ込んできました。それもお話します」
とシーク先生は、アマンの記憶を語り始めた。
◇ ◇ ◇
異端審問長官のガリ女史が、下町の安宿で誰かと会ってから、この十日間、消息不明と報告が上がってきた。そして、昨日復帰した様だが、突然、牢獄拡張を命じた様だ。
「ガリ殿、牢獄拡張の理由は何なのでしょうか? この教会での建物の改築は、私の所掌です。承認した覚えがない」
と最高司祭として、勝手な振る舞いを許さないと警告した。しかし異端審問官達は何のかんのと理由を付けて、工事を続行している。
八ヶ月も過ぎた頃、流石に業を煮やした私は坑夫から事情を聞き出した。すると、地下八層まで拡張したと言う事だ。異端審問官達は、この国の国民全員を投獄するつもりなのか? と思ったが、最下層の一つの坑道の方角を聞いて驚いた。なんと、聖廟に向かって掘り進んでいるのだ。
「ガリ女史を呼べ。今すぐに出頭せよと告げよ」
と下級聖職者に指示した。
そして、やって来た女史を問い詰めても、そのような事はないとの一点張りで埒があかず、最後には、ならば、異端審問官達の汚れ仕事を聖職者達がやるか? とまで言い出す始末であった。
そして、立ち去る際には、
「奥様のご容態は相当に悪いご様子ですね。最近、死霊魔術を使って、死人返りを試みる不届き者が多くなってきました。そのための牢獄拡張です。最高司祭様もお気を付けください」
と訳の分からないことを言って去って行った。
確かに妻は悪性の腫瘍で、回復術を使うと腫瘍も活発になるため、手の施しようがない。それを理由に有らぬ嫌疑を押しつけて逮捕でもするつもりなのか? これには、流石の私も頭にきた。
そして、ついに事件が起きた。ある坑夫が恐れをなして、私に面会してきた。
それに寄ると、ガリ女史が聖廟の前と思われる場所で、儀式を行って坑夫の一人に何かを移したという。すると、その坑夫は気が狂い、ついには身体が爆発した。ガリ女史は、爆発する前にまた他の坑夫に何かを移し、また、殺した。総勢十人を同じように手をかけ、最後には、部下の異端審問官にそれを移したらしい。
異端審問官は、爆発するまでに少し時間がかかったが、結果は同じであった。部下の審問官達に、次々と何かを移し殺していった。
私は、聖廟から抜いて、人に移している物が何となく分かった。サライの魂を抜きだしたのだ。ガリ女史は、悪しき魂を宿した異端審問官の部下と供にガル湖に逃げたと聞いて、私もガル湖の別荘へ行った。そこは、我妻が最後を静かに迎えられるようにと娘のクリルと供に移ってきた所だった。
一体、ガリ女史の目的は何なのだ? シン王国の破壊か? 王家に伝えようと思ったが、王家にも異端審問官の目があり、難しいとすぐに悟った。
私に死霊魔術行使の疑いありと王家に報告したのである。
そして、別荘で今後の対策とガリ女史の悪事を正す方法を考えていたとき、一人の異端審問官が尋ねてきた。
顔は、血の気が引いて土色で、一息一息が苦しそうだった。
「ああ、良かった。司祭様がいらしたのですね。司祭様、どうかお助けください。私の中の悪しき魂が人を殺せと命じるのです」
と泣きながら訴えてくる。
「罠」、それも頭を過ったが、この審問官を放っておく訳にもいかず、地下へ連れて行き、事情を聞いた。
すると、先ほどの声とは全く別の声で、
「フレイの下部か。穢らわしい。触るでない」
と言ったのだ。
「お前は、サライか? 」
と私は一歩下がって聞くと、
「そうだ。この依り代もソロソロ爆発するだろう。次はお前に移るか? 」
と言った。
そして思い直したのか、
「いや、止めておこう。フレイの下部など、まっぴら御免だ」
と言い放った。
サライの魂が放出されると、誰かに乗り移り、厄災を振り撒く。どうするか。
「此奴は魔力がない。もっと、魔力の強い奴を寄越せ。もっと憎悪に満ちた荒々しい魂を持つ奴を寄越せ」
とよだれを垂らして、要求してきた。
私は聖霊魔法の結界術を使って、地下室に封印したが、何時までも持たない。何せ相手は、聖フレイに匹敵する死霊魔法の祖なのだ。
その時、
「お母さん、お母さん、目を開けて」
とクリルの鳴き声が聞こえた。
急いで上がってみると、妻シルヴィは臨終を迎えようとしていた。このとき、有る策が思う言い浮かぶ。
「君には申し訳ないが、君と私とで、悪しき魂を封じ込める必要が出てきた。御免よ」
と腕を取って懇願すると、シルヴィは、うなずき、多くの説明を聞くこともなく、了解してくれた。
妻が亡くなった直後に、あの審問が爆発すれば、サライの魂は、妻に宿る。そこで死霊復活術を使って、妻の魂を呼び戻し、私の魂の半分でも入れることが出来れば、何とか封印出来るかも知れない。妻も私も聖霊魔法の世界では第一人者だ。魂と魂ならば、抑えられるかも知れない。
妻は間もなく息を引き取った。そしてクリルが泣き疲れたのを見計らって、妻の遺体を地下室へ運び、死霊復活術の準備をした。
そして、程なくして、異端審問官は爆発して果てた。しかしこの地下室に掛けた結界術の為にサライの魂は外に出ることが出来なかった。息を引き取ったばかりの妻の身体に入ったとき、私は死霊復活術を行い、シルヴィを呼び戻して、私の魂のありったけをシルヴィに入れた。
程なくして、異端審問官とガリ女史が現れ、シルヴィからサライの魂を抜くために、わざと怒らせたが、結果的には錬金術師によって、ガル湖に封印された。
◇ ◇ ◇
シーク先生は、父の魂から教えてもらった、ガル湖の悲劇の始まりの真実を涙を流しながら語った。
そして、
「ガリとか言う、異端審問官長官は、死霊魔法典に取り憑かれ、今はもう本の意思に支配されています。その意思とは、サライ自信が復活するためのに、サライ自身が掛けた呪いと思います」
と目も顔も、こちらを向くこと無く、壁をじっと見つめて語った。
本は長い長い時間をかけて、持ち主を変えながら漂流し、ガリ女史に出会った。聖廟に近づくことができ、聖教の教えに反する者、さらには、十分な魔力を持つ者として。そしてサライ復活のために計画を実行したと言う事か。
シーク先生は続けて、
「法典は、間違って母に封印されたサライの魂を取り戻そうと、母を挑発しました。しかし、取り出しても器が壊れては意味が無い事を悟り、法典はロージと言う器を用意したのでしょう。そして ………… 」
と一度言葉を切り、
「そして、最高司祭様はお気づきかも知れませんが、エレサ様は、類い希な、正義感のある魂の持ち主です。しかし、その魂は荒々しい。正義は時として憎悪に似たものなります。次にサライが移るとしたら、左目の呪いで結ばれているエレサ様の可能性が高いです」
と言った。
私は、この時、生まれて始めて腰が抜けた。
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