第20話 オクタエダルと竜
———オクタエダルは、自身が開発した浮遊雲にのって、マース山系の竜の窪地に向かっていた。竜達は年に一度ここに集まり、何やら儀式をやると言われている。竜は人属以上に知性があり、さらに悠久の時間を生きてきた生物である。そして、火、水、風、土、聖、魔の元素に最も近い聖なる生物でもある———
「さて、この時期は、竜の窪地に集まっておるはずじゃがな」
と手を眉の上にかざして、太陽の光を遮って眺めた。
そう言えば、シン王国に行く前に火竜がファル王国で大暴れしたのには、流石の儂も参ったわい。その後エルメルシアに飛んでいったが、まさか、操られ、あのような事になろうとはのぉ。
さてもさても、儂が行って歓迎されるか、ちと、心配じゃわい。
おっ、おったおった。さて、先ずは刺激せぬように、雲から降りて行く事にしようかの。
早速、
”人属が何しに来た”
と強烈な思念が、オクタエダルの頭の中で響いた。
「いや、ちと、シン王国のエストファの末裔の件で、風竜殿にお会いしとうての」
と答えた。
”帰れ、人属には用はない。最近の人属の無礼には腹を据えかねておる。喰われる前に帰れ”
と怒りの思念が入ってきた。
「いや、お主ら竜が人属など喰わんことは知っておる。六大元素に一番近い聖なる生き物じゃろ? 肉など食らう必要などないことも知っておる」
”お前、名前は? ”
「ああ、これは儂としたことが失礼した。ニコラス・オクタエダル、アルカディア学園都市の校長じゃ」
と答えた。
”オクタエダル? 火竜を殺した奴だろ? ”
「いや、それは誤解じゃ。ファルで暴れておった火竜殿は、誰かに操られておったのじゃ。儂はファルで、火を消しておったら、エルメルシアに飛んで行きおった」
と少し手を広げて、誤解だと言うことを強調して答えた。
「しかし、まあ、エルメルシアでは、不幸な事になったがの。じゃがのぉ、操られていたとはいえ、あそこの城の多くの人属を、焼いて、噛みつき、王の命を狙ったのじゃから、まあ、仕方がないとも言えるの」
と包み隠さず答えた。
”我ら聖なる竜が、人属に操られる事など無い。帰れ”
「そうもいかんのじゃ。エストファの末裔が今危機に直面しておる。風竜殿、出てきてくれぬか。エストファも風竜殿に相談せよと申しておったそうじゃ」
とエレサの話をちょっとだけ変えて話をした。
すると、前の森の茂みから、赤い竜が、今にも火を吹きそうな顔をして出てきた。さらに左右からは、水竜、土竜、そして背後には風竜が出てきた。どれも、魔法を発する準備が出来てる状態だった。
しかし、オクタエダルは臆すること無く、
「やっと、顔を見せてくれたわい。ほれ、北の大陸で、昔会ったろ。儂はもう、こんなに禿げて、ひげも白くなったがのぉ」
”さて、どこの竜にあったのだ? ”
「とぼけんでも分かっておる。竜殿は、世界に十頭おろうが、百頭おろうが、結局は一柱じゃろ? 王と王妃が二柱ずつ、八柱の竜が、お主ら四大竜王と竜妃じゃ。お主達が北の大陸で、教えてくれたじゃろ」
と昔を思い出しながら答えた。
”人属など我らからしたら、雨粒の一つに過ぎん。一々覚えていられるか”
と横の水竜が答えた。
「困ったの。じゃがこれは覚えておるじゃろ。お主らと力比べしたときの錬金陣じゃ」
と指輪の賢者の石を摩って、
「儂、ニコラス・オクタエダルが命ずる。大地に暗黒の陣を顕現し、大地の重力を五十倍にし、そこにあるものを抑えつけよ」
と呪文を発した。
———四つの錬金陣が同時に四竜の下に現れ、その上の空気が暗くなり、光も吸い付けるグラビティホールが現れた。四つ同時に錬金陣を出すことなど、オクタエダル以外には出来ない芸当だった———
竜達は一斉に頭と羽を地面にくっつけ、動けなくなった。
”分かった。思い出した。そうだ、ニコラス。思い出したぞ”
「じゃろぉ」
と言って呪文を解いた。
”ニコラス、さっきも言ったが、人属が最近我らを捕らえようとしておる。エルメルシアで死んだ火竜も捕らえられたのだ”
「ローデシアの奴らか? 」
”そうだ”
「最近どうも不穏な動きをしておってな。エルメルシア王も、その犠牲者じゃ。まあ、この話は別の機会にするとして、今日はシン王国の聖フレイとエストファの末裔のことじゃ」
◇ ◇ ◇
———オクタエダルと竜達は、広い草原で話すことにした。オクタエダルは、錬金術で空気を固めて椅子にして座り、竜達はその周りに円陣を組んで、オクタエダルと同じ目線になるように前足を組んで頭を乗せて聞いた———
「今の王妃のサスリナの義理の姉のロージという者が、王に横恋慕しての。それで、王と王妃の子供エレサに死霊魔術を仕掛けて呪ったのじゃ。胎児をアンデッド化する性根の悪い魔法じゃ。エレサは運良くアンデッドまではならなんだが、左目に少し痕跡が残ってしもうた。そして今度はその痕跡を使って、悪さをし始めた奴がおるのじゃ」
とオクタエダルは説明し始めた。
すると、土竜が
”それは人属に良くある、三角関係の痴情の争いじゃろ、さっきも言ったが人属は我らからすると雨粒の一滴に過ぎん。たとえ女神と勇者の末裔であってもだ”
と瞑っていた目を開けて思念で言った。
「確かにそうじゃ。じゃがこれに悪しき魂のサライが絡んでくると、話は違うじゃろ? 」
”サライ? ああ、フレイに封じ込めた奴だな”
と風竜が言った。
「そう、誰かが、サライの魂を女神から取り出したのじゃ。儂はエレサの件は単なる痴情のもつれだけでは無いようにおもうぞ」
”何で、また、あれだけサライに手を焼いて苦しんだのに、人属はそれを解放するのだ? フレイとエストファの心を踏みにじっているではないか”
ともう一柱の風竜が言った。
「いや、それを言われると、人属の一員である儂も忸怩たるものがある。じゃが、女神聖フレイからサライの魂を取り出すことなど、普通の人属に出来ないじゃろう? 」
とオクタエダルは額に手を当てて答えた。ちょっと暑くなった様で頭の上の空気を日傘に変えた。
”ふむ、ニコラス、お主はどうなのじゃ。お主が出来るなら、誰かが出来るじゃろ”
「いや儂は、錬金術師じゃて。物の性質を変換させることは出来るが、魂を如何こうする術は知らん。恐らく聖霊師でも女神から奪うなどできんのじゃないか」
とオクタエダルは顎髭を扱きながら答えた。
”その当人のサライなら出来るな。散々やっておった。彼奴、儂ら竜からも魂を奪う所じゃったぞ。だから、エストファに助力したのだ。確か転魂の儀式だ”
「それは、アルカディアにある死霊魔術書には記載が無かった様に思うぞ」
とオクタエダルは髭を扱きながら、日傘の縁から見える空を見上げた。
そして、
「サライしか知らぬ術を誰かにやらせて、サライ自信の魂を抜き取ったと言う事か。失われた儀式を、何百年という時を経て使った者がおるということか」
と呟いた。
———このとき、オクタエダルは死霊魔法典グルカが、ガリー女史に取り憑いてサライを復活したことは知らなかった———
オクタエダルは、緑色の風竜の方を向いて、
「それと、もう一つ。エストファがエレサに啓示を与えた。風竜に直してもらえと。単なる身内びいきじゃないと思うがな」
と問いかけた。
”エストファか。心根の良い奴じゃった。激しい所もあったがの。正義が損なわれたときは怒っておった”
と風竜が答えた。そして遠い過去を思い起こすかのように目を瞑った。
”先ずは、そのエレサを見てからじゃな。もし、我の目に叶わなければ、無理じゃな”
と風竜は答えた。
「ふむ、致し方あるまい」
とオクタエダルは答えた。
”それにしても我ら竜をこき使うのは、人属だけだぞ。他の生き物、魔族ですら我らには畏怖の念を抱き、崇めはするが要求はせぬ。ただ、こうして話せるのも人属だけだがな”
と水竜は羽を大きく伸ばして答えた。
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