第18話 ナントの冒険

「おねえちゃまは? 」

とナントは、何時も遊んでくれるエレサが、最近部屋から出てこないし、部屋に入ることも禁じられて寂しい思いをしていた。


 ナントの父親は、グレンの王弟だったが、不慮の事故で王弟妃ともに亡くなった。そんなナントを不憫に思い、グレンとサスリナが引き取って、エレサの弟として育てている。

 まだ、おむつが取れたばかりのヨチヨチ歩きだが、何時もエレサにくっ付いて遊んでいた。エレサは女の子らしい遊びよりも、男の子顔負けの遊びばかりで、姉と言うより兄と居るような気分だった。


 そんな、姉が、

「ナント、私、守護聖霊様に会ったのよ。ほら、あそこの小さい森のところ。斧の模様がある木を触ったら、出てきたのよ。それでね、その聖霊様が風竜に直してもらいなさいって言うのよ」

と自慢げに、自分の左目を指差して話しかけてきた。ナントには「守護」なんて、言葉を知らないし、姉の言ったことの半分も理解できなかったが、嬉しそうに話すので自分も嬉しくなった。


「おねえちゃまは? ははうえちゃまは? 」

とメイド長のロッテさんに聞いた。


「いま、エレサ様はご病気で、王妃様はかかりきりなのです。ナント様にはお寂しい事でしょうが、少しだけ、我慢してくださいね。もう少ししたら、きっと良くなりますよ」

と答えてくれた。


 王宮は、姉以外、皆大人でスタスタと歩き、自分の前でお辞儀はするけど、話はしてくれない。何時もいる二人のメイドも、何か言えば優しく、色々とやってくれるけど、姉の様に、あそこを探検だ、ここを潜るぞ、木に登るぞと引っ張ってはくれない。ナントが何かしようとすると、二人のメイドが先にやってしまうか、危ないといって、その場から離してしまう。


 今も、姉が言っていた小さな森に行こうとするとメイド達が

「そっちは危のう御座います。毛虫や蛇が居るかも知れません。ささ、こちらへ」

と手を引いてバルコニーの方に連れて行かれた。


「まあ、ナント様、どうして、そんなしかめっ面されていますのでしょか。何かお困りの事でもありますでしょうか」

と言いながら決まって、お尻のぐわいを見る。よくお漏らししてしまうからだ。そして、時々おむつに戻されるのだが、一度パンツの開放感を味わうと、もうオムツの鬱陶しいことこの上ない。オムツは、ナントには古い因習に思えるほど抵抗したくなる存在になった。


   ◇ ◇ ◇


 そして今日、姉が、朝、悲鳴を上げた。ナントもびっくりして泣きそうになったが、姉の事を思い、我慢した。でもお漏らししてしまった。


 メイド達が、ささっと、片づけてくれたけど、今日は、何時もと違い、

「ナント様、今日は、ちょっとお付き出来ませんので、お部屋で遊んでいてくださいね」

と言って、何処かに行ってしまった。


 最初は、木馬で遊んでいたけど、飽きて椅子を持ってきて窓の外を眺めていた。外はよく晴れ、木々が、微かに揺れて気持ち良さそうな風が吹いている。


 守護聖霊とかいう人に、姉の病気を治してもらおうと思い立ち、小さな森に行くことを決意した。

 

 ドアのノブはナントの背より、ずっと上だが、姉がやっていた方法を知っている。結構重い椅子を何とか押して、ドアの近くに持って行った。


 そして、椅子に覆い被さり、片足を上げて引っかけようとするが、届かない。


 もう一度、今度は床に着いている足はつま先立ちにして、足を上げて、引っかけて、椅子の上で這うようにした。後ろから誰かが見ているとお尻がプリプリと動いている様に見えるだろう。やっとの事で登ってみると結構高く感じる。


ふうー

と一息ついて、扉のレバーを下げて押した。


 おっと、足を椅子に付けたまま上半身だけ持って行かれそうになった。危ない危ない。


 姉は椅子から飛んで降りる。真似しようとするが、ちょっと怖いので、登ったのと逆にして、足から降りた。


 ドアをちょっとだけ開けて覗いてみた。廊下は、大人達の声は聞こえるけど誰もいない。不意に姉の部屋のドアが開き、白い髭の先生とお父様が出てきて、何か話しながら歩いて行った。その二人の背中見て、その先で二階に上がるのを見てから、そっと扉の隙間からすり抜けた。


 えーっと、外に行くのはと、思っていると風が吹いて後ろの扉が閉まってしまった。扉のノブはナントの手の届かない遙か上だし、椅子は辺りを見回してもない。


 何か、部屋に拒否されたような、ちょっとさみしい気分になったけど、気分を取り直し、バルコニーのある食堂に向かって、一歩を踏み出した。


 一人で初めて廊下を歩く。この一歩は、小さな一歩だけど、ナントに取っては大きな一歩だった。


 何時もご飯を食べている部屋は幸い引き戸なので、何とか開けて入って、誰も居ない食堂を抜けて、バルコニーの引き戸も開けて。


 何時もは、姉は引き戸を乱暴に開け放って駆け出していく。


 そして振り返って、

「ナント、早く、早く、遅いわよ」

と手を振って声を掛けてくれる。

 ただ決まって、

「エレサ、女の子らしくしなさい。貴方は王女なのですよ」

とお母様のお小言が、ナントの頭の上を飛んで行く。


 今日二回目の大きな一歩を踏み出し、花壇の間を抜けて、森に向かった。日差しは、少し暑いけど風が心地よい。何時も手を握ってくれる姉がいないので、ちょっと寂しいけど、姉が歌っている変な調子の歌を歌いながら、森に入った。


「ちゅごちゃま、ちゅごちゃま」

と自分では守護様と言っているつもりで、呼びかけた。


 そして、姉が言っていた斧の絵柄が出ている木についた。実はナントは、斧が何なのか分からない。でも、他の木にはない絵柄だったので、そこで止まった。


「ちゅごちゃま」

と声をかけると、


「如何したんだい」

と頭の上から声が聞こえた。見上げても、そこには木の枝と葉っぱだけだった。


「おねえちゃまが」

と言ったものの、その先どう言えば良いのかわからない。


「そうか、エレサの事が心配になって来たんだね」

と声が響いた。


 ナントは大きく頷き返した。


「そうか。じゃあ、この枝を、持って行っておやり」

と枝が目の前に落ちてきた。枝には、葉っぱが数枚着いているけど、至って普通の枝だった。

それを拾って、大事にそうに持った。


「ちゅごちゃま、ありがとう」

と言って、引き返そうとしたけど、方角が分からなくなった。


 泣きそうになるのをじっと堪えて、キョロキョロしていると、


「ほら、あの蝶々についていけば良いよ」

と頭の上から声が聞こえてたので、

「ありがとう、ちゅごちゃま」

と振り返らずに蝶々について行った。


 花壇の花に蝶が止まったところは、もうバルコニーが見える場所なので、そこから部屋に入り食堂を抜けた。自分の部屋のお船のマークを確認して、その隣のお父様とお母様の部屋を通り越して、花のマークのある、姉の部屋の前で止まった。


 扉を掌で叩いて、

「おねえちゃま」

と声を欠けると、中からお母様が顔をだし、


「ナント、一人でこの部屋に来たの? 」

としゃがんで聞いた。


 ナントは、うなずき返し、

「これを、ちゅごちゃまが、おねえちゃまに」

と木の枝をサスリナの方に突き出した。


「あら、この枝、聖霊樹の枝、ひょっとして、森まで行ったの? 」

と今度は目を丸くして、聞いてきた。


 またうなずき返し、

「これを、ちゅごちゃまが、おねえちゃまに」

と言った。


 サスリナは、怒ることもなく、涙を浮かべて、ナントを抱きしめて、

「お姉ちゃまに渡してあげて」

とエレサのベットの所まで手を引いた。


「お姉ちゃまは、今寝ているわ。枕元に置いてあげて」

とナントを抱えて、枝をおける様にしてあげた。

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