第17話 幻視

「この左目は、何か違う物を見るときがあるな」

とサライは、横に立っているグルカに聞いた。


「ロージが掛けた呪いの影響で、現在、貴方の左目とこのシン王国の王女の左目は繋がっている。相手の見ているものが見えるようになっている」

と仮面とローブを着直したグルカが答えた。


「ほう、そうか。あれが、この国の今の王妃か」

虚空を見上げながら、エレサが見ている風景をのぞき見ている。


 小一時間ほど、エレサの目を通して見ていたサライが、

「グルカ、こちらが見ているものを、見せることは出来るのか? 」

と、見上げていた顔をグルカに移して聞いた。


「できる」


 これを聞いたサライは邪悪な笑みを浮かべて、

「なら、お前、ちょっとそこに立て」

とグルカに命じて立たせた。


 サライは、グルカの仮面を見つめて、念を込めた。


「向こう側が、何か慌てて居るぞ。ふふふ、しばらく楽しめる。グルカ、軍隊を集める間、楽しませてもらう。お前は軍を集めろ、アンデッドだけでは駄目だぞ。魔物だけでも駄目だ。聖素の多いあの湖の水であっという間に消される。人属だ。狂信者どもを集めてこい」

とサライは命じて、地べたに座った。


   ◇ ◇ ◇


「エレサ、これもお食べ。野菜も食べないと、身体に悪いですよ」

とサスリナが、野菜を避けているエレサに注意した。


「えー、美味しくないだもん」

と肩を落として、拒否の姿勢を見せる。


「申し訳ありません。今度少し調理の仕方を変えさせます」

と横にいた食事係が恐縮して答えた。


「良いのよ。とても美味しいわ。エレサが我が儘なだけですよ」

とサスリナは恐縮している食事係を労い、エレサの方を向いて、


「エレサ、貴方は、王女なの。貴方の言動一つで困ってしまう人たちが沢山いるのよ。だから、良く考えて話しなさい」

とサスリナは小言を言った。


 エレサは口を尖らせたあと、渋々残していた野菜を食べた。


 そして、食事が済んで寛ごうとしたとき、

「ひっ」

とエレサの顔が恐怖で引きつった。


 顔が青ざめ、

「イヤー、あっちいって」

と目を瞑って、屈んで、手で虚空を押した。


 それを見たサスリナが、

「如何したのエレサ、エレサ」

と声を掛けエレサを抱えて、背中を摩った。


「何か見えるの。怖い顔が見えるの。怖い、怖い、目を瞑っても見えるの」

と左目を押さえてバタバタとした。


「誰か、聖霊師様、お医者様をお呼びして」

とサスリナは周りのメイドに指示を出した。


   ◇ ◇ ◇


「サスリナ、エレサの具合はどうだ」

とエレサの寝室に駆け込んできたグレンは、ベットに座りエレサの手を取って聞いた。


「今は寝ておりますが、医者の見立ててでは、外から見る限り、左目は進行していない様だと。しかし、目の奥、脳に影響を与え始めているのではないかと言うことです。それで幻視を見たのではないかという見立てでした」

とサスリナは青ざめ、憔悴した顔で答えた。


「なんてことだ。早くロージを殺さなければならない」

とグレンは、周りの臣下が居ることなど、お構いなしに言い放ち、

「近衛長、布令を出せ。ロージを見つけて殺した者には、賞金百万クレイ、いや、爵位を一階級上げると言え」


 近衛長は、王の強い言葉に厳命を感じて、お辞儀をしたあと退出していった。


「風竜も探させよう。ただ、怒らせたら大変なことになるから、こちらは慎重にしなければならない」


   ◇ ◇ ◇


 三日目の早朝


「キャーーーーー、キャーーーーー」

と王宮中に聞こえ渡るような、悲鳴が木霊した。


「エレサ、どうした」

と隣で寝ていたグレンが駆け込んできて、エレサを抱いた。


「誰かが、誰かを殺しているの。今、私が誰かを殺しているの。手をお腹に突っ込んで、何かを取り出して、血が噴き出して、えーん、もう、私もう」

と、今まさに悲惨な殺人を目撃しているようにエレサは叫んだ。それも自分が行っている様に。


「誰か、医者を呼べ」

と外の護衛に聞こえるように叫んだ。


 そこへ、メリルキンに抱えられた最高司祭の二人とオクタエダル先生が駆け込んできた。


「イヤー、今度は女の人の目を、イヤー」

と足をバタバタさせ、頭を床に打ち付けようとする。


「エレサ、眠るのじゃ」「のじゃ」

と最高司祭が聖霊魔法の歌で眠りに誘った。


 しばらくの間、悲鳴上げて、足をバタつかせていたエレサは眠りについた。その間もグレンは、手足や頭を床に打ち付けない様にしっかりと抱いた。


「ニコラス、数日前から、これまで一度も感じたことない忌まわしさを感じておる」「ておる」

とエレサを寝かしつけた最高司祭様が、オクタエダル先生に告げていたのを聞いた。


   ◇ ◇ ◇


「そう言えば、この繋がっている目の持ち主の王女は幾つくらいだ? 」

とサライは、グルカに聞いた。


「五、六歳と思われる」

「ほう、そんな子供か。なら、壊れるのも時間の問題だな。これからはもっと残虐な所を見せてやろう。ハハハハ。そうだ、父親や母親の内臓を、生きたまま引き出される所を見せるのも良い」


「存分にお使いください」

とグルカは胸に手を当てて跪いた。


「軍の集まりはどうだ?」

「現在、千人ほどです。すべて絶対服従の術を掛けていますので、脱落する者は死、そしてアンデッドとして使えます」

「そうか、二千に達したら、いよいよ、フレイに復讐しよう」


   ◇ ◇ ◇


「王よ、エレサの、あの幻視は脳の障害ではない。未経験で、あのような具体的な内容は、語ることができない」

「では、ロージが目を通して見せていると」

「恐らくは、そうじゃろうが」

「ロージ、何処まで私達に厄災を掛けてくるのか」

と私は拳を固く握り、歯ぎしりした。


「ロージだけでは、ないかもしれん」

とオクタエダル先生は、謎かけのようなこといった。


「王よ、儂は風竜を探してこようぞ。アルカディア幼稚部の園児の一大事じゃて。それからロニーを置いていくので、何かあったらロニーに言うのじゃ」

「申し訳ありません。では馬を用意させてます」

と衛兵を呼ぼうとしたが、

「いや、もっと早い方法がある」

と先生は答えた。


 アルカディアでは大鳥に乗って移動するが、お持ちになっている様子はない。


 バルコニーの方に先生は移動するので、私もついて行くと、

「王よ、ちょっと離れておれ」

と言いながら、懐から試験管を取り出して、金色の液体を足下に垂らした。すると、モクモクと金色の雲が湧き上がり、先生はその雲に乗って、空中に浮き上がった。


「それでは、行ってくる。竜達は気ままだが、この時期は見当がつく」

と言って、ヒューっと飛び去っていった。

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