第9話 覚醒

 遠くに、爆発の閃光と音がする。


「や、遅れたか」

と内心、ミリーとレミーが心配になった。


 遠目の錬金陣を発生させ、修練所辺りを拡大してみた。すると、そこには、シン王国軍が二手に分かれて、争っている状況だ。もはや内乱の状況になりつつある。


 修練所に押し入ろうとしている方が優勢に見えた。


’あやつらは、審問官派だな’


 そして、修練所の入り口近くで、一人、長剣を振って、獅子奮迅の働きをしていものが見えた。


’あんな事を出来るのは、タンしかおらぬな。どれ、儂も少し手を貸そうか’

と思い、上空の雲を見つけて、そこへ飛んで行った。そして、錬金術を使って、空気の一部を冷やし、そして他の一部を温めて、湿った空気から、雲を湧き出させた。


 修練所の辺りは、厚い雲に覆われ、ポツポツを降りだした。


そして、

「儂が命ずる。彼の地の雨水を拘束水に転換し、兵士達にとりつき、流れず、押さえつけよ」

と命じてた。


———空中に錬金陣が現れ、そこを通過した雨は性質が変換され、拘束水となった。そしてその雨は、身体を濡らし、審問官やそれに加担する兵士達の衣服を濡らした。最初は普通の雨に濡れた程度だった。ある兵士が服の水を払おうとして、腕を振ったが、水しぶきが上がらない。不審に思い腕を見ると、水が流れずに身体にくっ付いたままだ。そして、他の水と合わさって大きな水玉になっていく。鎧が重い。頭が重い。周りを見ると、同僚の頭の上に大きな水玉がくっ付いていた。立っていられず、膝を付き、手を地面につき、ついには、寝そべってしまった———


「まあ、殺すことはあるまい」

とある程度したら、拘束水の増大を止めておいた。


そして、タンのあたりに降り立ち、


「タン、無事か? 」

と聞いた。


「ああ、俺は問題ない。が、修練所の修道士の多くがやられた」

「二人は? 」

「大丈夫だ、今、中で回復魔法で直していると思う」

と手短に会話した。


「タン、中へ入れ。壁を作っておく」

と言った後、空気壁を修練所周辺に巡らし、審問官派の侵入を防いだ。


 タンと供に修練所に入ると、聖霊魔法の歌が聞こえ、ミリーとレミーが負傷者を癒していた。


「ニコラス、これは異端審問官達の反乱か?」

とレミーが、儂の顔を見るなり、喋りかけてきた。


「半分は、反発だろうね」

と答えた。


「この状況を収めるためには、我らが …… 」

とミリーが言いかけたが、その時、身体の動きが明らかに鈍くなってきた。


「審問官の搦め手の陣だ」

とレミーが気づいて会話を切った。


「新手が来たか。空気壁の外から、掛けているな」

と自分の血液の動きが遅くなっていく感覚を覚えながら答えた。


 周辺に居る人々の動きが、皆、緩慢になってきている。タンもミリーもレミーも発する言葉もユックリとなり、言葉一つ一つが間延びした話し方になっていく。


 ドドどーん

———閃光と供に大きな音———


 天井が抜け落ちた。


「聖 教 会 の 修 練 所 を 破 壊 す る と は ……」

とレミーは怒りを通り越して、あきれた様な言葉を間延びして呟いた。


 タンが、二人をかばうために、走り寄ろうとするが、水の中を進むより、ユックリにしか勧めない。人属の動きだけが緩慢なのだ。


 ドドどーん


 また、攻撃だ。今度は壁の一部が吹き飛び、死者が出ただろう。


 その時、不意に搦め手の陣が解けた。外では剣戟の音。


「レミー様、ミリー様、ご無事でしょうか? 王都が大変なことになっております」

と外から声が掛けられた。


 身軽になったタンが、穴の開いた天井から外に出て、

「王宮の近衛だ。助かった」

と大声で儂らに知らせてくれた。


   ◇ ◇ ◇


 王都の一大事、それは修練所の外に出たときすぐに分かった。王宮とその周辺から火の手が上がっている。


「何があったのだ」

と助けに来てくれた近衛に聞いた。


 その近衛に寄れば、不当に投獄された囚人の縁者に連なる兵士達が解放を求めて教会に押しかけた。そこを審問官とそれに与する兵士達が攻撃し内乱状態に陥ってしまったということだ。そして審問官派の一部が、次期最高司祭たるミリーとレミーを殺すために、ここ、修練所を攻撃してきたようだ。


 一方、教会にいた、審問官派は王宮に攻め入り、王を人質にとった。そしてあろうことか、勅書を王に作らせ、解放を求めた兵士達を反乱軍と決めつけたのである。

 

「最高司祭が不在なため、教会からの破門が出来ない。その代わり王を使ったのだな」

とレミーが近衛に向かって詰問した。


「その通りでございます」

と近衛は、跪いてしまった。


「レミー姉さん、このものは敵ではありません」

とミリーがレミーを諫めた。


「分かっている。許せ」


 事態を収束するには、新たな最高司祭を立てなければならない。


「タン、コロン車を用意してくれませんか」

とミリーが頼んだ。


 この言葉だけで、他の三人には何が始まるのか分かった。四人とも、もう若くはない。青春の日々も大分過ぎて、それぞれの道を責任を負って行かなければならない。しかし、心の中は学園で過ごした日々が思い出される。


 タンが、何処からか大きめのコロン車を引いてきた。


 そして、

「ニコラス、もう、青春とは言えない歳だけど、貴方との過ごした日々は輝かしかった」

とミリーが目に涙を浮かべて話してきた。


「そうか」

と短く答えた。


「姉さんは、良いの? タンと話しをしなくて」

と今度はミリーがレミーに向かって問いかけた。


「私は …… 別に死ぬ訳じゃ無い。ちょっとばかし、忙しくなるだけだ。でも …… タン、有り難う」

と言った後、タンに抱きついた。


「ニコラス、タン、私達がこの中に入ったら、王都まで護衛して」

とミリーが頼んできた。


「分かった。問題ない」

とだけ答えた。


「本当は、コロン車であなた達と、もっと旅をしたかったわ。大任が終わるまで、お預けね」

とミリーが語り、

「ここから出てくるときは、子供に戻って出てくるよ」

とレミーもタンに向かって名残惜しそうに話した。


 タンは、頷くだけで、もう何も言えないようだ。


 そして二人は、何時も使っている聖霊樹の枝から作られた、白く長い杖を持ってコロン車の中に入り中から鍵を掛けた。


   ◇ ◇ ◇


 二人の聖霊師を載せたコロン車は、内乱状態となった王都に向けて出発した。


 🎶 ♫ 🎶 〜


 コロン車から、淡い緑色の光が漏れ、清らかな歌声が流れてくる。


 双子の聖エルフが最高司祭に就任するとき、覚醒するための儀式。双子の精神は統一化し、その精神性は数十、数百倍の高見に達する。最も強い聖霊魔力を持った聖霊師が生まれるのである。


 長い歌声と供に市中に入ると、皆、武器を手放し、争いを止めて跪いた。


 淡い緑色だった光は、金色の色に変わり、神々しさを増した。コロン車は、城下から教会に繋がる橋のたもとで停止した。


 もはや王宮の争いも停止した。そして、光が一段と強くなったとき、傷ついていたものは回復し、癒された。ミクラ湖の聖素を多く含む水は、何時もよりさらに光輝き、そこを渡る清らかな風が辺りを浄化していった。


 そして、コロン車の中から、二人の子供の声が同時に聞こえた。


「皆の平和への思いはしかと受け止めた」「受け止めた」

「これからは我らが、最高司祭の位につき、皆を癒し、祝福をあたえよう」「あたえよう」


「さあ、皆で聖霊をたたえよう」「たたえよう」


「聖霊の加護があらんことを」「ことを」

と双子の言葉が響き渡った。


 教会から、女性の聖職者が、白いローブを持って駆け寄ってきて、コロン車の前でローブを捧げた。そして扉が少し開き、聖職者たちは頭を下げながら入っていった。


 しばらくして、扉が再び開き、中から双子の子供が現れた。


「ニコラス、タン、ご苦労であった。まだ頼みたい事が有る故、同行する様に」「様に」

と声を掛けて教会に向かって歩き出した。


   ◇ ◇ ◇


「今回の不始末の責任は教会にある。前最高司祭の関係者で疑いを掛けられた者は全員、無罪放免とし、王宮に攻め入った異端審審問官並びにその首謀者ガリは破門する」「破門する」

と教会の聖壇のから発した。


 後日談だが、このとき、王は、アイスメイルによって助け出されていた。異端審問官として、王宮突入に加わり、双子の聖霊師誕生の静寂の時に秘密の回廊から、王とその家族をつれて逃げていたのである。異端審問官破門という前代未聞の一大事になったときに、王を人質にとり、立て籠もることは未然に防がれた。

 この一件で、王の執り成しがあって、権力はそぎ落とされはしたが異端審問官制度は残ったのである。そして、アイスメイルが、異例の若さで長官となった。

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