第6話 異端審問官 アイスメイル長官
’何が何でも、エレサだけは’
と思い、剣を振り、馬を疾駆させた。しかし鎧を着けたウォーリアアンデッドが立ちはだかり、馬に追いすがって倒そうとする。
「まずい」
と思ったとき、何か空中で爆発する音を聞いた。一瞬、ワイトの攻撃かと思ったが、雨の様な物が降り、それがアンデッドたちを溶かしていく。聖水の雨か。
爆発は増え雨は滝の様に降り注いだ。
「陛下、ご無事でしょうか? 」
と黒いローブに三角帽子をかぶった細面で目の細い男が、アンデッドの海をかき分けてやってくる。
「異端審問官」
と私はつい呟いてしまった。
「陛下、ご無事で何よりです。この異端者たちの始末は我らにお任せください」
とその男は、異端審問官たちが好んで使う、ギザギザの剣を振り回しながら近づいてくる。
「アイスメイル長官、助かったぞ」
と私は、救助の礼を述べたが、その出で立ちや風貌は魔族を見た思いだった。
「キー、ウー、おのれ、邪魔者! 」
とロージは呻きながら、さらに多くのワイトを呼び出した。ワイトたちは、怪しげな雲をどんどん吐き出し、聖水の雨も中和していく。そして、何かの呪文を発すると、溶けかけの肉の塊が奇っ怪な形のまま動き出し、異端審問官たちに襲いかかっていった。
「ふん、異端者が」
とアイスメイル長官は、剣で、地面に魔方陣を描き、
「我が命ずる。出よ聖なる御手。そして異端者共を浄化したまえ」
と異端審問官が使う聖霊魔法を発した。
すると、魔方陣から、半透明の巨大な手が現れ、不気味な肉塊や、ワイト、アンデッドを次々と握りつぶし、浄化していった。
「あの、異端の死霊魔術士も浄化せよ」
とアイスメイルはロージに剣先を向けて、部下たちに命じた。
———異端審問官の言う浄化とは、死を意味する。聖霊師のように人属に活力を与えることも、癒やしを与えることもない。彼らが異端と判断した者に与えるのは恐怖と苦痛と絶望と死。そして彼らも聖教会の一端なのである———
「陛下は、ミクラ湖の方に移動を」
とアイスメイルは短く私に声を掛け、ロージめがけて走って行った。
◇ ◇ ◇
私はミクラ湖畔に到着し、残った近衛たちに湖を背にして迎撃態勢を取らせた。
水を背にする布陣は退路を断つ事なる。兵たちを鼓舞するのに使う場合もあるが、普通の兵法であれば、忌避される。しかし、ミクラ湖の水には聖素が多く含まれ、アンデッドや魔物はその水を多く浴びると消滅してしまう。そのため、湖を背にして何時でもミクラ湖の水を使える態勢にするのだ。
エレサを見ると私の胸の中でしっかりと抱きつき、怖さを堪えている。
「近衛長! 前方の警戒を怠るな」
と近衛に命じた。すると後方の湖の方から水をかき分ける船の音がした。
「陛下、ご無事でしょうか? 陛下? 」
とロキアかミキアの声がした。
私が答える前に
「ロキア、ミキア」
とエレサが答えた。
そして私も、
「私は大丈夫だ」
船を見るとミキアとロキアが、左右対称に杖にを持ち、手を前にかざしている。
そして、
🎶🎶
歌のような聖霊呪文が聞こえたかと思うと、私達の足下に聖霊陣が現れて、傷ついた兵士たちを癒やした。一方で追ってきたアンデッドが聖霊陣に触れると、その箇所がサラサラと塵のようになって消え去った。
「おやおや、表の方々、今頃お着きですか。良いご身分ですな」
と森の方から声がした。目がギラギラと光り、ギザギザの剣から黒い血をし垂らして、アイスメイルがやって来た。聖霊陣に近づき、徐ろに剣を差し入れて、アンデッドたちの悪血や体液を消し去った。
「いや、掃除には持ってこいだ」
と嫌みを言い始めた。
「アイスメイル、陛下の御前であるぞ。控えろ! 」
とロキアがたしなめた。
「おお、これはこれは、ミキア様にロキア様、お早いお付きで御座いますな。流石、アレシオーネ家は、表の方々だけあって、汚れ仕事が終わってから、良いところだけを持って行かれる」
と言いながら胸に手を当てて、片膝をついて礼をした。
「貴様! 」
とミキアが杖をアイスメイルに向けたが、
「木でも生やしますかな?」
アイスメイルは片頬を上げて、嫌みな笑いを見せた。
———聖霊師は絶大な退魔の力を持つが、人属には癒やし、回復しか与えない。せいぜい出来て木に生命力を与えて、高速に育てて障壁を作る程度である———
「アイスメイル、ミキア、ロキア、止めよ」
と一喝した。するとミキアとロキアは船からサッと下りて、アイスメイルから少し離れて跪いた。
そして、
「双方大義であった。今日は私の不見識が招いた。近衛たちにも悪いことをした」
と礼を述べるとともに、我が身の勝手な振る舞いを詫びた。
「とんでも御座いません」
と騎士長も跪き答えた。
「して、アイスメイル、死霊魔術師は如何した? 」
「残念ながら、逃げられました」
「ほう、お前が逃げられるとは珍しい事もある」
と私は少し首を傾げて軽く叱責した。用意周到なアイスメイルは、常に二重三重の包囲網を作り、異端者と決めつけた獲物を狩っていくはずだ。獲物を逃すことなど、聞いたことがない。
「邪魔者が他におりました」
と短く言い訳をした。
’邪魔者? ロージの肩を持つ者がいる?’
と心の中に疑問と不安が広がるのを感じた。
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