第2話 エレサの左目
———春の陽光が、木々の間から洩れ、開け放たれた馬車の窓から風が頬を優しくなでる。エレサは、時々差し込む光に眩しさを感じ右目に手をかざしながらも、移り変わる外の情景を、身を乗り出して楽しんでいた———
「お父様、もう少しで、偉い魔術師にあえるの? 後どの位でつくの? 偉い魔術師ってどんな人なの? お留守番のお母様は何しているかしら」
とエレサの興味は、移り行く景色のように次々と代わっていく。
「さて、エレサ、お父さんは、どれから答えればいいのかな? そうだな、魔術師のお家はもう少しだよ」
と私は、小さなエレサの頭をなでながら答えた。とうのエレサは景色に気を取られているが。
私は、エレサの父でシン王国国王、グレン・ウイドウ・シン。このエレサの左目のことを聞くために、わずかな供回りを連れて、シン王国の外れの地まで魔術師シークを訪ねてきた。
エレサの左目は、生まれたとき少し白い影があった。しかし最近になって、急激に白い部分が増えて、今は、多分あまり見えていない。最高司祭の癒やしでも回復せず、宮廷医によると症状が進んでて、今後失明以上の問題に悪化する可能性があると言われた。各国の名医と呼ばれる者を招請し診察させたが、皆、匙を投げた。
しかし、その中の一人が、
「王女様の症状は呪いかもしれません。力のある魔術師にお聞きになると良いのではないでしょうか」
とシーク殿を教えてくれた。
そこで、今日、死人の森との境に住んでいる魔術師シークに、こうして会いに来た。
「ああ、ほら、エレサ、見てごらん。あのお家が、魔術師のシークさんがいらっしゃる小屋だよ」
と私は、小さな池の畔の大きな木の根元の小屋を指さしてエレサに教えた。
「お父様、魔術師ってどんな方なの? シーク様ってどんな方なの? 」
とまたエレサは次々の浮かんで来る疑問を口にして、私を質問攻めにする。
「そうだね、じゃあ、会ってみようか」
と今度は、エレサの顔を見ながら頭を撫でて答えた。
◇ ◇ ◇
トントントン
「シーク様はご在宅でしょうか? 王宮のものです。数日前に魔法便をお送りした者です」
と近衛が、何度か戸を叩きながら確認した。
「ちょっと、五月蠅いわよ。それに、そんなに叩いたら壊れるじゃないの」
と中年の女性の声で小屋の扉が喋った。その時のエレサは、目を大きく見開いて驚きの顔だった。
しばらくすると扉が開いて、
「入って来て良いわ、ああ、陛下とお子様だけにして頂戴。ガチャガチャと鎧で五月蠅い兵士は勘弁よ」
と中から声がした。
近衛たちは、心配そうに私に目を向け、指示を仰いできた。
「心配は無い。シーク殿はアルカディア学園都市で教鞭も執られていた方だ」
と近衛たちの心を静めて、エレサの手を取った。エレサは、魔術師に会えることで、嬉しさが体から溢れ出ている。
———暖炉の細い燠火が、この時期には少し暑苦しい。そして大きな鍋がかけてあり、料理ではない匂いが漂っている。部屋は全体的にピンク色で、ソファーもクッションも椅子もピンク色。飾ってある花は、名前は解らないがピンク色。窓から差し込む日差しが部屋の中をピンク色に明るくしている———
「今日は、お時間を取っていただき有り難うございます」
と私は、軽く頭を下げて挨拶をした。エレサはピンク色の部屋に目を輝かせ、もう質問で頭の中が一杯で、今にも張り裂けんばかりのように見える。
「ささ、お座りください。国王陛下、御自らのお越しに、大変恐縮しております。何せ宮殿では、魔術師は目立ちますのでねぇ」
とシーク殿は、私達を笑顔でソファーに誘いながら、さりげなく、私の招聘を断った理由を言った。
「ねぇ、何でピンクなの、あの鍋には何が入っているの、この花はなんて言うの …… 」
もう、エレサは我慢しきれず、質問を爆発させた。
「これエレサ、失礼だぞ」
と私は、エレサの頭を撫でながら、少し下を向いて叱った。
しかし、シーク殿は、
「陛下、この年頃は、疑問が次から次へ湧いて出るのですよ。エレサ様、私はピンクがとても好きなのよ。それから ……… 」
とエレサを抱えて、部屋を指さしたり、釜の中を見せたりして答えていた。
「さあ、エレサ様、ちょっと陛下とお話しますので、これを見ていてね」
とシーク殿はエレサにキラキラ光る球を渡した。
そして、こちらに向き直り、
「あの光玉を持っている間は、陛下との会話はエレサ様には聞こえませんので、ご安心を。さて、単刀直入に申し上げます。『死霊魔法』です」
と真剣な眼差しで、私の疑問に答えてきた。
「治るのでしょうか? 宮廷医の話では病状が進行していると言うことですが」
と『死霊魔法』と言う言葉に驚きながらも、エレサの身体が気になった。
「真名の呪詛ではないので直ります。しかし呪者を取り除かなければなりません。陛下には失礼ですが、心当たりがあるのでは無いでしょうか? 」
とシーク殿は鋭い眼光を放って私に聞いてきた。
私は少し躊躇った。花のつぼみのようなシャンデリアを見上げ、右手親指を顎に当てて考えた。
「ええ、確かに心当たりがあります。あれは、王妃サスリナと結婚する前のこと。サスリナには、異母姉のロージが居ました」
と私は意を決して、あまり思い出したくない事を語り始めた。
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