第1話 密談

———聖教の総本山と一体となった王国、その下町のうらぶれた宿。華やかなで清楚な表通りとは裏腹に、暗くジメジメとした部屋の一室。光が強ければ強いほど、その影は暗く深い———


「如何でしょうか? これはガリ様の何かのお役に立てるのではないかと思います」

と、影の中の商人風の男が語った。


「お前がメル大陸の商人だから警告しておくが、死霊魔術はこのロッパ大陸で禁忌とされている。それを取り締まるのが我ら異端審問だ。知らぬとは言え、その長官を務めている私に、死霊魔法典を売りつけようとは、良い度胸しているな」

と答えつつ、顔がランプの光で半分照らされた異端審問官長官が、ペラペラと本をめくり始めた。


———ガリには影の中の商人がニヤリと笑った表情は分からない———


「このロッパでは、死霊魔術は禁忌であることは存じております。ですので、この本をガリ様に無償でお譲りいたします。如何処分されるかはガリ様がお決めください。市井に埋もれた禁書を発見したと成果にしても良いですし、あるいは …………」

と影の中の商人は答えた。


「あるいは? 何が言いたい? これ以上、戯れ言を申すとメル人であっても容赦しないぞ」

「いえ、現最高司祭様と異端審問様の間の軋轢は、ここロッパの世情に疎い私どもメル人でも分かります。ですので成果とされても良し ………… そう、この本には、『転魂の儀式』が記載されております。そらく、ロッパでは失われた儀式でしょう。他にもロッパでは散逸した儀式、呪文が記載されておりますので、今後の取り締まりのお役にも立てるものと思います」


「転魂の儀式 ………… 」


 ファルナス・ガリーは、天井を見上げて、ランプの光で揺れている自分の影を見ながら思案した。そのとき、若い娘の頃は美しかったであろう顔の頬に、深い傷痕が影となって現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る