第3話 サスリナとロージ
ロージは、王妃サスリナとは異母姉妹の姉だったが、小さい頃から、独占欲が強く癇癪持ちだったらしい。それでいて、魔術に秀でていたが、アルカディアには行かずに怪しい術に傾倒していたようだ。
そして当時皇太子だった私が、サスリナの実家、スペル家に行ったときの事である。
◇ ◇ ◇
トトトト
———階段を駆け下りる音———
私が、スペル卿と会合の為に玄関で挨拶していると、二階から二人の女性、ロージとサスリナが早足で降りてきた。
「皇太子殿下、この二人は我が娘のロージとサスリナです。どうかお見知りおきを」
と二人の父であるスペル卿が紹介してくれた。
すると、
「ロージです。今日は殿下にお目にかかれて、大変うれしく存じます」
「サスリナです。よろしく ……」
とロージに続いてサスリナもお辞儀してくれたのだが、
「サスリナは、この通りまだ子供ですの」
と言って、 ロージが遮って邪魔をした。
その後、ロージはサスリナを二階に追いやって、私の横であれこれと世間話をしたのである。しかし、私はサスリナの残念そうな顔の方が気になった。
その後も何度かスペル家に行ったが、出てくるのはロージだけで、サスリナは顔を見せなくなった。
私は、スペル卿に、ちょっと照れながら、
「失礼ですが、サスリナ嬢はご病気か何かでしょうか? 」
と聞くと、スペル卿が答える前に
「サスリナは、風邪をひいて、陛下の前には出られないと申しておりましたわ」
とロージが、花を弄びながら答えた。
私が、スペル卿の顔を見ると、苦笑いをしていたことを覚えている。
◇ ◇ ◇
このような出会いから、数年たったある日、宮殿で舞踏会が行われた。スペル卿は、ロージとサスリナの二人を伴ってあらわれた。このとき、私は、すっかり大人の女性に成長したサスリナを見て、懐かしくもあり、また、驚きもあり、そして、その美しさに魅了されて、
「是非、一曲、踊っていただけませんでしょうか」
とサスリナをダンスに誘った。手を取り合う自分たちに嫉妬の目を向けている者がいた事を知らずに。
その日のダンスは、何曲踊ったか判らないくらい、楽しかった。
髪をあげたサスリナの細く美しい首筋、スベスベした手、花の香り、すこし上目遣いで、はにかんだ仕草、私はサスリナを妃に迎えたいと思うまで、一曲分の時間もかからなかった。
しかし、その日の夜、サスリナは階段から落ちて怪我をしたと後で聞いて驚いた。そして、その日を境に、サスリナの周りでは、食べ物の中に毒虫が入っていたり、髪の毛の中にムカデが入ってきたり、寝室に狂犬病の野良犬が現れたりと奇っ怪な事がつづいたのである。
◇ ◇ ◇
そんなある日、アルカディア学園都市で錬金術の教鞭を執っておられるオクタエダル先生が湖の畔の工房に来ていると聞き、サスリナの事について相談しに行った。
懐かしい白髪の先生の顔を見ると、つい学生の頃に戻ってしまい、
「先生、私の心に思っている人の周りで、奇っ怪な事が立て続けに起きるのですが、何が原因なのでしょうか? 」
と挨拶もそこそこに、聞いてみた。
「相変わらず気が早いぉ。まずは卒業してからの殿下の成長ぶりを拝見させておくれ」
と先生は、少し身体をそらせて私の脚から頭まで、鼻に掛けた丸眼鏡をとおして観察した。
「うむ。立派になられた。さて、殿下の心の人じゃが、合わせてくれぬか」
と言ってくれた。
◇ ◇ ◇
「オクタエダル先生、こちらがサスリナ嬢です」
「初めまして、サスリナ・スペルです。お目にかかれて光栄です」
とサスリナは、優雅に腰を落とし、お辞儀をした。
「さても、さても、なるほど。なるほど」
とオクタエダル先生は、白く長い顎髭を扱きながら感心した。サスリナは、首を傾げてニコッと笑い、私の方を見た。
私は慌てて、
「先生、サスリナ嬢に起きる奇っ怪な事の原因は分かりますでしょうか? 」
と少し顔を赤くして聞いた。
「殿下は相変わらず気が早いのぉ。サスリナ嬢、ちょっと、そこに立ってくれぬか」
とオクタエダル先生は、少し離れた場所にサスリナを立たせたて、
「儂が命ずる。呪詛の元、色で示せ」
と右手の指輪 賢者の石をさすりながら呪文を唱えた。すると、サスリナの足下に錬金陣が現れ、左手首にしている腕輪が紫色に光り出した。
オクタエダル先生は、
「それは誰から貰ったのじゃ? 」
と人差し指で腕輪を指してサスリナに聞いた。
「これは、亡くなった母から貰いました。それが何か」
「ふむ、その腕輪には、呪いが掛かっておる。何かのきっかけで発動する様じゃ。その色の濃さからして最近じゃがのぉ。儂に渡してくれぬか」
とサスリナの腕輪を貰い、
「ちょっとの間、お借りするぞ。サスリナ嬢には今は毒になるでな」
と言いながら何やら錬金術を掛けてローブの中にしまった。
「誰が掛けたかは、判らないでしょうか? 」
「さすがの儂にも、術者は判らないのじゃ」
———余談だが、天才錬金術師ジェームズ・ダベンポートが、術者が判る真名紋を発見するのは、この時から、数十年後である———
「じゃが、こんな事をする者の心当たりは有るのではないかな」
と丸眼鏡の上から、のぞき込むようにサスリナに目を向けた。
サスリナは目を床に落とし、
「お姉様 …… 」
と答えた。
「やはり、身内じゃったか。会わせてくれぬか。このような小意地の悪い魔法を使っておると身の破滅を招くでな」
「裏山の小さな屋敷に居ると思います。お姉様用で誰も近づけません」
とサスリナは困った顔をした。
「ふむ。とりあえず、近くまで案内をお願いしようかの」
とオクタエダル先生はサスリナと私を見ながら答えた。
◇ ◇ ◇
———ロージの屋敷。門は固く閉ざされ、春だというのに庭の木々は葉を落とし、花々は枯れている。中央の噴水は水を吐くことなく、所々ひび割れている。冬のような空気には冷気が漂い、門を境に冬のままに見える———
「これ程とは、儂も思わなんだ」
とオクタエダル先生が呟いた。
そして、足下に落ちている石を2つ拾って、錬金呪文を掛けて、
「これは、即席の結界装置じゃ。お二人は、これを持っておれ。決して離さぬようにな」
と私とサスリナに渡した。
オクタエダル先生は、手の甲を門に向けて、賢者の石を鍵穴に当てた。するともの凄い騒音がした後、門が開いた。
「ふむ、儂が良いと言うまで、声を出さぬようにな」
と言いながらスタスタと庭を横切り館の中に入っていった。私達もオクタエダル先生について入っていった。
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