探検! 生物要塞ルフェート・ガイナン(地下)
カイトの予想した通り、小惑星を持って宇宙ウナギの側に近づいてもただちに攻撃されるようなことはなかった。
どのように探知しているのかは分からないが、どうやら超大型ルフェート・ガイナンの世話をしている小型種は、知性体の船と自分たちとを見分ける手段を持たないらしい。船に関しては、人類とは異なる基準や手段で見分けをつけているのかもしれないけれど。
特に見とがめられないのであれば好都合だ。宇宙ウナギに近づくと、宇宙ウナギの中からエリート小型種が飛び出してきた。先程も見たが、体格が他の個体より大きいことを利用して、自分より小型のエリートから戦利品を強奪している(ように見える)やつだ。
戦利品を奪われた小さい方のエリートは、特に反抗もせずに次の戦利品を探しに再び出発する。もしかすると奪っているように見えてただの受け渡しかもしれないし、小さい方も遠くで別の個体から戦利品を奪っているのかもしれない。理由がどちらであれ、戦利品に執着しない理由づけとしては十分だ。
「……こっちに寄って来ない?」
今しがた戦利品を奪われたばかりの小さいエリートはちらりと一瞬こちらを見たが、奪いに来ることもなく別の方向へ飛んで行った。小型とはいえ、エリートの体格はクインビーと同じくらいのサイズはある。船ほどもある生物が小さく見えてしまうほど、超巨大ルフェート・ガイナンの中に住まう個体は大きい。
さて、小さいエリートはこちらから奪おうとしなかった。クインビーと自分とを何かの基準で比較した結果奪えないと思ったのか、ここで奪うことに理がないと思ったのか、それは分からない。だが、奪いに来なかったのであればそれはチャンスだ。宇宙ウナギの半開きになった口の方に向かうと、中からやはり大型のエリートがのそのそと歩いてくるところだった。
『先ほどの個体とは別のようです。体内に居座っている個体が複数いるということでしょうか』
「そうだろうね。こっちを見てるよあちらさん」
どうやらエリートたちの間では、宇宙ウナギの内部で小惑星を受け取る大型の個体と、周囲の宙域で小惑星を集めてくる小型の個体に分けられているらしい。奪い合いではなく、そういう生態という可能性が出てきた。
だが、それが連中の機械的とも言える社会性の発露なのだとしたら、そこにはどんな意味があるのだろうか。
ほんのりゴロウのように学術的な興味を抱きながら、宇宙ウナギの口に近づく。
口の端に陣取った大型の個体が、こちらに向かって鷹揚に前脚を開くような仕草を見せた。寄越せというジェスチャーを、無視してみることにする。
と、驚いたように大型の個体が進路を塞ごうと立ちはだかった。続いて、叩きつけるようなテレパシーがカイトに叩きつけられる。
「おっ?」
『どうしました、キャプテン?』
「テレパシーだ。どうやら、質は悪いけど超能力を使うみたいだね」
テラポラパネシオやパルネスブロージァ社長が操るようなものとは違う、荒々しい思念の波。攻撃的だが洗練されていない、言い換えれば原始的な感情の塊。
ヨコセ、と。宇宙ウナギも思念波の素養はあったから、宇宙ウナギに寄生して世代を重ねたルフェート・ガイナンにそういう機能があっても決して不思議ではない。カイトはその思念に目を細めた。
「こいつら……自我があるな」
『自我ですか? これまでの研究でルフェート・ガイナンの知性保有説は否定されてきましたが』
それはその通りだ。エモーションが正しい。だが、自我に紐づいた知性を感じるのも嘘ではなかった。
何度も叩きつけられる思念波、そこに『外に出て探し回るのは面倒だから嫌だ』という主旨の思念を感じ取ったのだ。
まるでプログラムのように、自分に課された役割をひたすらに行うだけの危険生物だった。これまでは。実際、送り出されている個体はそういうものばかりだ。テラポラパネシオでさえも意思疎通を諦めた過去は重い。
カイトは静かにたった一言。黙れという意思を込めた思念波を目の前の個体に叩き込んだ。段違いの圧力と質量を込めたそれが、目の前のエリート寄生生物の幼い自我を襲う。
――!?
自我を持たない個体相手であれば自発的に譲らせることも出来ただろうが、今回は相手が悪かった。怯えるように後ずさる目の前の個体に、口許を緩める。
こんなところに綻びがあるとは。
「僕は奥に行く。道を開けろ」
『道を開けた……? キャプテン、一体何が』
カイトは形のない超能力が得意ではない。あまり長距離までテレパシーを飛ばそうとすると、生えている本体の方にまで影響があるかもしれない。小惑星を持って奥に進みながら、近づいて来る『サボりたがりの個体』だけにテレパシーを撃ち込んでいく。
これまでのルフェート・ガイナンとは違って、明確に自我を感じさせる動き。奥に進みながら観察を続けることで、何となく答えに辿りつく。
「エモーション。恐らく彼らは後天的に自我を得た。連中の体が大きいのも、奥に届けるまでの間に小惑星をつまみ食いしているんだ。……ほら」
『あっ』
奥に進むにつれ、ルフェート・ガイナンが小惑星に群がる様子が散見されるようになってきた。ある程度齧ったあと、半分程度に削れた残りを代表が奥へと運んでいく形らしい。
多少削れていても、チェックする相手がいなければ分からない。どうやら悪い意味で知能を発達させた個体がいるらしい。
自我を発現させていない個体を外で働かせて、自我を発現させて悪知恵を発揮させた個体が内部を取り仕切る。何とも分かりやすい構図だ。
カイトたちにしてみれば、こうやってさぼり癖のあるルフェート・ガイナンがちょいちょい奥への餌をちょろまかしてくれたことについては感謝しかない。当初の予定より、相当作業は遅れているはずだ。それはつまり、連邦の勢力圏への侵食率を下げてくれていると言い換えることも出来て。
「彼らの思考パターンを分析させておきたいなあ」
『おや、何故です?』
「後に活きるからさ。必ずね」
『ふむ』
自我がある。思念波によって行動をある程度制御できる。
強固な牙城を切り崩すには、これ以上ない相手だ。
進みながら、周囲と群れを為していない個体を探す。そうなると自然、小惑星を運んでいく個体が対象になる。
「エモーション。ウヴォルスの近くにいるテラポラパネシオに伝達。自我を保有しているルフェート・ガイナンを捕獲したので、思考パターンを研究するようにって」
『分かりました』
のろのろと奥に向かって小惑星を運ぶ個体に忍び寄って、剥がした
何が起きたかを判断させる前にとっととウヴォルスの座標めがけて乱暴に転移させてしまう。
と。転移反応を感じ取ったのか、内部がざわめくような気配。
「違う方法で転移したとしても、それ自体は分かるみたいだね?」
『そのようですね。どうします?』
このまま進むか、撤退するか。
ざわめく気配が止む様子はない。ここから先は、多少警戒されるかもしれない。
だが、カイトにこのまま戻るという選択肢はなかった。
「進むさ。別に危険というわけじゃない」
『それは……そうですね。了解しました』
言ってしまえば、カイトが持ち合わせていないのは瞬間火力だけなのだ。
転移機能さえ封じてしまえば、時間をかければ惑星規模の巨大生物だって撃破は可能ではある。いちいち調査をしているのは、転移機能を生かしておくとどんな厄介ごとを遺されるか分からないからに過ぎない。
正直、宇宙ウナギ内部の個体程度であれば。全て敵対してきたとしても、無傷で撃退できる。調査をする上で、障害にはなり得ないのだ。
「僕たちの敗北条件としては、連中が自分たちの転移機能をどこかに移しちゃった時だけかな」
『そうですね。それならそれで、追いかける方法はありますし』
そうなった時には、宇宙ウナギの転移反応を追うだけで良い。一緒に送り出されるであろう『何か』を確保するのが確実ではなくなるというリスクはあるが、それだけと言えばそれだけ。
目についた個体を思念波で丁寧に反抗できなくさせながら、奥へ奥へと進む。申し訳程度に抱えた小惑星をそのままに、奥へ。
『キャプテン。テラポラパネシオの皆さんから通信がとってもたくさん送られてきていますが』
「土産は確保してあるんだよね? ……しばらく無視しといて」
変に通信を傍受されて、警戒感が更に上がっても問題だ。
そんな言い訳を思い浮かべながら、カイトは宇宙クラゲからの連絡を華麗に無視するのだった。
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