ルフェート・ガイナンの生態観察
観察を続けると、それなりに状況が見えてきた。
まず、要塞そのものになっている巨大ルフェート・ガイナンはほぼ活動していないように見える。だが、よく見ると周辺では小型のルフェート・ガイナンが複数飛び回っており、何らかの世話をしているのが分かる。
『キャプテン。奇妙な反応が』
「奇妙な反応?」
『はい。宇宙ウナギの使う転移反応に似ていますが……』
観測された反応が何だったのかはすぐに知れた。クインビーが奇妙な圧を受けて底面方向に流される。頭上を見やったカイトの目に映ったのは、直前まで存在していなかった何か。
巨大な小惑星が転移で引き寄せられたのかと思っていると、エモーションの驚いたような声。
『あれは……!? ルフェート・ガイナンです!』
「なんだって?」
『また新たなタイプですね。小惑星に寄生しながら、自律行動を行えるようです』
困ったものだ。調べれば調べるほど新しい情報が増えていく。
それにしても、小惑星に寄生したルフェート・ガイナンがそのままこちらに動いてくるとは。要塞の内部にいる小型の幼体を寄生させるつもりだろうか。
と、小惑星型はカイトの予想を裏切る行動に出た。
「えっ」
まるで突撃するかのように、超大型ルフェート・ガイナンの頭部に向かって加速したのだ。ゆっくりと開かれていく、ルフェート・ガイナンの口。寄生した宇宙ウナギの名残だろうか、口が八つの部位に分かれた。
口の中に飛び込んでいく小惑星型。口がゆっくりと閉じられ、小惑星が要塞型の内部に飲み込まれる。
「ど、どういうことだ……? あれは口じゃなくて、大型タイプの入口なのかな」
『違います、キャプテン』
エモーションの声が、心なしか震えているような気がする。
目で確認しているカイトと違って、彼女は別の何かで観測している。カイトの推測を否定し、静かに事実を伝えてくる。
『あれは捕食です。小惑星が粉砕され、消化されました』
「寄生していたルフェート・ガイナンごと?」
『そうです。あの個体は……餌となる小惑星に同化し、母体に運ぶためだけの個体なのです』
「そんな馬鹿な」
確かにそれぞれで役割を分けている生物だとは思っていた。個々の命を振り捨てて種としての存続を機械的に目指す生物だと。だが、まさかここまで。
『間違いありません。おそらく要塞型は自らが大きく動くことが出来ないのです』
見る限り、周囲の宙域には小惑星のたぐいはほぼ存在していない。要塞型の餌として捕食されたのだ。
飛んでくる小惑星だけでは不足なのだろう。自ら採取しに行かなくては要塞型の命を繋ぐことが出来ない。だが、おそらく要塞型は宇宙ウナギから抜け出すことが出来ず、宇宙ウナギを動かすことも出来ないのだ。そんな母体に餌を供給するために生み出された個体が、今のルフェート・ガイナンなのだろう。
「小惑星を掴んで連れてくる個体もいるみたいだね」
『そのようですね』
唖然としていたカイトたちの目前を、今度は小型のルフェート・ガイナンが通り過ぎていく。四匹ほどで一個の小惑星を掴んで飛んできた小型種は、口を小さく開いた母体に小惑星を投げ込んで離脱する。どうやら小型種は、一緒に食われることはないらしい。
要塞型の燃費が良いのか悪いのか、その辺りの判断はカイトにはつかない。どの程度の頻度で餌が運ばれてくるのかも分からないからだ。ここで宇宙ウナギが命を散らしてどれほど経ったのかが分かれば推測も出来るだろうが、カイトの目的は厳密にはルフェート・ガイナンの生態研究ではない。
そこで気になるのが、こちらに向けられる小型種たちの視線の意味だ。不気味な沈黙が薄気味悪いというか。
「さて、エモーション。連中がこちらを見つめてくる割に何もしてこないの、どういう理由だと思う?」
『そうですね。ひとつは要塞型が満腹だという可能性。もうひとつは、キャプテンの命を観測してクインビーを同族と誤認している可能性でしょうか』
「お仲間と誤認されるか……ぞっとしないねえ」
『まったくです』
エモーションの推測に、眉間に皺を寄せる。だが、何となくその推測は正しいような気がする。ルフェート・ガイナンが小惑星型と、ただの小惑星を見分けられる理由。それが内部に潜む生命を観測しているのだとしたら、クインビーは同族だと思われても不思議ではないわけだ。
生物としての性質自体は、カイトよりもエモーションの方が連中には近いだろう。あるいはエモーションを仲間と誤認しているのかもしれない。
「さて、と。要塞の中を見られるなら、食われてみるのもひとつの手段だとは思うけど」
『あまりお勧めはできませんね』
「だよねえ。普通に考えれば、養育はあっちだろうし」
クインビーとカイトの障壁があれば、要塞型に食われても問題はない。だが、カイトたちが探しているのは宇宙ウナギ由来だろう長距離転移の機能中枢だ。要塞型が体内に保存しているとは考えにくい。要塞型は大型化を極めたせいか、それなりに鈍くなっているからだ。
おそらくは要塞型というより宇宙ウナギの死体の中。生み出された幼体をある程度の大きさまで養育し、その上で長距離転移させているのだ。そうでなければ、いつまでも宇宙ウナギの体を残している理由に説明がつかない。体内を食い荒らされた挙句、巣穴にされる。あるいはトゥーナもそうなっていたかもしれないのだ。カイトは静かに目の前の死体の冥福を祈る。
「とはいえ、だ。見られている間に動くのは避けたいね」
あるいは、小型種がこちらを敵と見定めて攻撃を加えてくるまでは。宇宙ウナギの方に向かえば、おそらく目当てのものは見つかるはずだ。しかし、そうすれば要塞の内部にいるルフェート・ガイナンどもが動き出すのは想像に難くない。向けられている視線の理由はおそらく、クインビーがいったいどんな役割の同胞であるかを確認するため。ルフェート・ガイナンたちも混乱しているのかもしれない。
奇妙な沈黙と静寂が空間を支配している。とはいえ、このままではいられない。時間が経ってこちらを同胞ではない、または同胞の中に生まれたエラーだと判断すればすぐにでも連中は襲い掛かってくる。
「何かきっかけがあれば、それっぽく動くことは出来ると思うんだけどね」
『きっかけですか。たとえばあのような?』
「ん?」
エモーションの言葉に、カイトは視線を宇宙ウナギ側に向けた。
要塞型ではなく、宇宙ウナギの顔の方に小惑星を運んでいく個体がいる。大きさは先程要塞型に向けて運ばれたものと大差ない。カイトには取りついている個体の見分けがつかない。
「あれは、もしかして?」
『はい。おそらくは幼体に餌を運ぶための個体かと。この周辺に存在する小型種より一回り大きいようです』
新たな母体を世話する個体は、どうやらエリートであるらしい。
エモーションの観測によると、今回の個体以外にも三匹ほどが外で小惑星を確保して戻ってきている途中のようだ。しかも、そのうち一つは小型種が運んでいる小惑星を横取りしたらしい。
小型種は反発する様子もなく逃散したそうだから、それぞれの格付けが透けて見える。
「手頃な小惑星を掴んであちらに向かえば、上手く侵入できるかもしれない?」
『ええ。試してみる価値はあるかと』
「了解。やってみよう」
決断したらカイトは早い。エモーションの観測した通りにクインビーを転移させて、手頃なサイズの小惑星を掴まえる。あとはこれを宇宙ウナギ側に運んでみることにする。
気になるのは、エリートによって強奪されそうになった場合だ。倒してしまうのは容易いが、変に警戒もされたくない。
とはいえ、その辺りは行き当たりばったりだ。最悪、長距離転移の反応データを取得すれば追いかけることも不可能ではない。その分、マニュアル作りは大変になりそうだけれど。
「そうそう、連中の生態データはゴロウ先生にも送っておいてくれるかい」
『何故です?』
「宇宙トンデモ怪生物の生態なんて、ゴロウ先生が喜びそうじゃないか」
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