要塞生物ルフェート・ガイナン
誰にとっての幸運で、誰にとっての不運だったか
その宇宙ウナギは、どう見てももう生きてはいなかった。
体の半ばから食い破られたことで死んだのか、あるいは死んでから食い破られたのか。分かるのは、その巨体がカイトの記憶にあるトゥーナよりも遥かに大きいということだ。
トゥーナと一緒に打ち倒した巨大ウナギよりも大きい。つまりカイトが知る限りにおいて、これまでのどの宇宙ウナギよりも『たったひとつの完璧な個』に近かったであろうことは疑いない。
果ての見えない旅路の果て、体内に巣食っていたルフェート・ガイナンが寄生先をひたすら食い荒らした結果。連邦内のこの宙域でこの個体は命を落としたわけだ。
この辺りには、そもそも惑星系はほとんどない。あっても生命が存在していないものばかりだ。連邦の調査が入りにくい宙域だったと考えれば、ルフェート・ガイナンにとっては極めて繁殖しやすい環境だったのだろう。
連邦はルフェート・ガイナンの積極的生態調査よりも、出現した個体の撃破を優先した。結果として、宇宙ウナギの死骸とルフェート・ガイナンの営巣を見落としてしまっていたわけだ。
この宙域で死んだのは、宇宙ウナギにとっての不運であり、連邦にとっての不運であり、ルフェート・ガイナンにとっての幸運であった。いま、この瞬間までは。
「僕たちにとっても幸運だったかもしれないね」
『……その心は?』
「全力で暴れても、周りに迷惑はかからないよ」
『確かに』
宿主を食い殺したであろう超巨大ルフェート・ガイナンは、その大きさも元の宇宙ウナギと同程度にまで大きくなっている。そのせいか、クインビーがそれなりに近づいてもこちらに気付いてはいないようだ。
と、視線を感じてカイトはそちらに目を向けた。こちらをじっと観察する小型の生物。超巨大ルフェート・ガイナンの表皮にぽつぽつと空いた無数の穴、そこからじっとこちらを見ているのは。
「うわお」
『これまでに観測したことのないルフェート・ガイナンです。クインビーと同程度以上のサイズを持った個体が、反応の数だけで億単位』
「なるほど。これは超巨大な生物であると同時に、要塞でもあるってことか」
要塞型生物、超巨大ルフェート・ガイナンとでも名付ければ良いだろうか。
ともあれ、視線は向けられているものの、今すぐこちらに襲い掛かってこようという気配はない。カイトはクインビーに乗っている限り、防御には絶対の自信がある。相手から攻撃されない限り、自分から攻撃することはない。攻撃が来るまでは観察に徹することにする。
『キャプテン。テラポラパネシオを呼びますか』
「それはもうちょっと後でいいかな」
『おや、何故です?』
「連邦の皆さんは血の気が多いからね。こんなのを見たら、問答無用で撃滅にかかるだろ?」
『いけないんですか?』
エモーションも連邦の問題解決手段に染まっているらしい。それで失敗してルフェート・ガイナンの進出を許してしまっているのだ。情報収集は出来る限りしておきたいところだ。
いや、もしかするとエモーション自身、目の前の光景をおぞましいと感じているのかもしれない。そんな心の動きを解決する手段を持っていないから、とっとと処理してしまいたいのかも。
「やっつけたら何もかも終わるって言うならいいんだけどさ。こいつら、連邦の勢力圏内に仲間を飛ばしているんだぜ。一撃で根こそぎ絶滅させられないと、死ぬ前に後継をどこかに逃がしてしまうかもしれない」
『……確かにその懸念はありますね。では、ひとまずデータ収集に注力することにします』
「頼むよ」
元々が惑星を捕食するサイズの宇宙ウナギだ。そこから出てきた超大型ルフェート・ガイナン自身も、惑星と同じくらいの大きさはある。食い破った時からこの大きさなのか、食い破った後にさらに成長を遂げたのか。
宇宙クラゲが惑星サイズの巨大生物を一撃で撃滅出来ない……とは思わない。少なくとも単機で宇宙ウナギを吹き飛ばしたという、異常な戦果を挙げているのは事実なのだ。だが、カイトはそれでも不安をぬぐえずにいる。
種の保存と繁栄という目的に、生態が特化し尽くした生物なのだ。自分たちが勝てない相手を前にした瞬間、生存している個体全てを捨て駒にして後継をどこかに逃がそうとするのは疑いない。
さて、そんな戦術に対して連邦は『回答:宇宙クラゲ』だけで良いのか。良いはずがないのだ。何故ならば。
「最低限、長距離転移の機能については潰す算段をつけておきたいんだよね。テラポラパネシオを呼ぶ前にさ」
『それは一体、何故です?』
「当たり前のことだけど、僕はこいつらが最初で最後の超巨大ルフェート・ガイナンだとは思っていないわけだよ」
宇宙は広く、その歴史もカイトの想像できる範囲を超えて永い。宇宙ウナギがいったいどこで、いつ、発生した生物であるのかは結局のところ分かっていない。これまでに連邦が撃退した宇宙ウナギが、最古の宇宙ウナギであるわけがないのだ。
そして、目の前のルフェート・ガイナンが最古のルフェート・ガイナンだとも思えない。
「この宇宙にはあといくつ、こんな要塞クラスまで成長したルフェート・ガイナンがいるんだろうね? 連邦の勢力圏にはたぶんこいつしかいないけど、勢力圏の外にはおそらくそれなりにいるはずだ」
『ええ、それは分かります。それが何か』
「ちゃんとした対策を用意しておかないと、連邦はこれから先、ルフェート・ガイナン対策にテラポラパネシオをいちいち貸し出すことになるよ」
『あっ』
あらゆる知性体にとって、ルフェート・ガイナンは天敵だ。つまり連中への対策とは、等しく宇宙全体の知性体にとって共有すべき資産となる。
連邦は、少なくとも近隣に存在する組織に先発してルフェート・ガイナンの生態を解明しつつある。超巨大ルフェート・ガイナン対策も同じく、マニュアル化されて提供されることになるだろう。
しかし、相手のサイズがあまりに大きすぎる。テラポラパネシオであれば簡単に対応が出来るかもしれないが、それでは対応策とは呼べない。宇宙マグロの時と違い、対応策は多少なりとも暴力的な性質を持つのだ。
「長距離転移を封殺する方法さえ見つけてしまえば、後はそれほど問題はないさ。包囲して物量で叩き潰してしまえばいい。テラポラパネシオを兵器のように運用する必要はなくなる」
『なるほど。キャプテンの考えは正しいと思います』
テラポラパネシオは凄まじい力を持ってはいるが、(クラゲが関わらない限りにおいて)公正・公平な知性体だ。連邦の面々は当然のように便利使いしているが、それはあまり健全な関わり方ではないように思える。
せめて自分は。自分だけは、永遠の友人などといちいち持ち上げてくる、あの愉快な知性体を便利な隣人扱いしないようにしたいと思うのだ。
そして、理由はそれだけではない。
「それにさ」
『はい?』
「テラポラパネシオに出来るなら、カイト
『……ああ』
エモーションがきゅるきゅるきゅると唸った。あり得ると思ったのだろう。
カイトが駆り出されるということは、自然とエモーションも駆り出されるということだ。しかも相手は知性体の天敵。断りにくい。
「というわけで、超能力を駆使しない方法で長距離転移を潰す方策を考えます。良いですね?」
『もちろんです、キャプテン。全力を尽くします!』
やる気が出たようで何よりだ。
カイトとエモーションは、不気味な沈黙を保つ超大型ルフェート・ガイナンの周囲を飛び回りながら、反応の一つひとつを漏れなく記録していくのだった。
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