寄生生物の発生点とは
「さて、反応はどうだいエモーション」
『やはりルフェート・ガイナンの反応はありません。どうやらここを通ろうとした宇宙ウナギの目的宙域はここではなかったようです』
「了解。何事もなくて良かったよ」
これまでに宇宙ウナギを観測した、通算五つ目の宙域。カイトは、クインビーに座ってほっと安堵の息をついた。
とはいえ、ほっとしてばかりもいられない。この座標は、宇宙ウナギを観測した時点では惑星系が近くにあったものの、現時点でこの近くにその惑星系はない。公転周期的に遠ざかっている時期なのだろう。
念のために先んじて確認をしてきたが、ルフェート・ガイナンの反応はなかった。あくまで偶然、宇宙ウナギの進路にかちあってしまったと考えるべきだ。
「となると、目指した先はあっちか」
首を捻って、背後を見る。記録に残っていた宇宙ウナギの進路。ルフェート・ガイナンの反応を見てまっすぐに進んだのであれば、ここはあくまで通過点に過ぎないということになる。
エモーションが計算を終えて、惑星系の写真を視界に提示してくる。
『連邦の勢力圏内で言いますと……ここからまっすぐに進んだ場合、最接近する可能性がある惑星系は三つですね』
「念のために確認だけしておこう。生命の発生している惑星系は?」
『その三つですとありませんね。見つかっていないだけかもしれませんが』
「そんなところまで発見するのは勘弁願いたいね。ただでさえ今回は新発見が多すぎる」
カイトは溜息まじりにクインビーを反転させた。
連邦の歴史の中で、宇宙ウナギの接近を観測した宙域は合わせて五ヶ所。その全てが生物の居住する惑星系である。これは単純に、生物の居住する惑星以外には連邦はあまり多くの人工天体を配備していないからだ。
そのうち、宇宙ウナギが目指した場所。すなわちルフェート・ガイナンの汚染を受けていた惑星系は二ヶ所に留まった。ナミビフと、もう一ヶ所。その報告に安堵したのはカイトとエモーションだけではないはずだ。
宇宙ウナギがどのようにこの銀河を動き回っているかは分からない。この宙域を通過した宇宙ウナギが目指した場所が連邦の勢力圏内だったのか、勢力圏を抜けた先だったのかも、今はもう分からない。
***
連邦には、現在進行形で敵対する組織が存在しない。その規模の大きさゆえに宙域すべてを監視しているわけではないし、監視できるものでもない。精々が友好的でない組織との最接近宙域に人工天体を配備している程度だ。
結果として、その事実が勢力圏内に多くのルフェート・ガイナンを浸透させてしまった原因であるとも言えるし、今後の課題とも言える。とはいえ、これは連邦だけの問題とも言い切れない。何故なら、現時点でルフェート・ガイナンの探知機能を開発したのは希少生物保護公社しかいないからだ。
他の組織も当然のようにルフェート・ガイナンの侵食を受けているだろうし、そういう意味ではこの銀河の知性体はルフェート・ガイナンの生存戦略にはっきりと敗北を続けているということだ。
「まあ、そこまでは責任持てないけどね」
『そうですね。探知機能の周知と外敵の排除はそれぞれの組織が責任を持つべき事柄です』
そういう意味では、連邦の負う役割は大きい。
宇宙マグロ流星群と同様、連邦内部での求職がまた増えることになるだろう。少し前に報告を上げた時に、アシェイドもぼやいていた。
ナミビフの後に調べた四ヶ所の宙域は、どれもルフェート・ガイナンの浸食を受けてはいなかった。ついでに調べたら、生命の萌芽もなかった。喜んで良いやら、悲しんで良いやら。ともあれ、これで少なくとも三頭の宇宙ウナギは偶然連邦の勢力圏を通過しただけということが確定したことになる。
「さて、これで調べられる範囲は調べ終わったわけだけど」
『はい。この時点でルフェート・ガイナンにとっての拠点と呼べる場所は確認できませんでした』
「そうだね。そうなるとやっぱり……」
『ルフェート・ガイナンの拠点からであれば、かれらは生み出した個体を長距離転移させられる方法がある、と考えるべきでしょうか』
エモーションの仮説に、うんと頷く。
これまでに確保したルフェート・ガイナンのサンプルをどれほど調べても、単独で長距離転移を可能とするような機能は発見されていない。
アシェイドからの報告によれば、ナミビフで捕獲した『本命の幼体を産み付ける前の彗星擬態型機動母体』から短距離転移を可能とする部位が発見されたらしい。それ以外にもあれこれ新しい部位が発見されたようで、これまで遅々として進まなかった研究が進むとウヴォルスは喜んでいるのだとか。
一方で、カイトとエモーションはその話題に不安を強めていた。
あまりに生態が似通い過ぎているのだ。ルフェート・ガイナンは寄生した生物の生体的特徴を受け取ってその性質を変える生物だ。つまり、同じように宇宙ウナギに寄生したからと言って、生まれてきた幼体が同じような形質を取るとは限らないのだ。
どうやら、連邦に浸透しているルフェート・ガイナンは祖を同じくする個体であるらしい。ふたりが確信を持ってその予測を立てたからこその、『拠点』なのだ。祖を同じくする個体、しかも長距離転移を行う機能がないにしては、連邦の勢力圏内にルフェート・ガイナンは広がり過ぎている。
「さて、エモーション。ヒントになる宙域はそれほど多くない。あとは宇宙ウナギの進路だね。追えるかい?」
『少々厳しいですね。飛ばした先もピンポイントではないはずです。それなりに宇宙を漂流してから惑星系に辿り着いたとなると、ほぼノーヒントと言って良いかと』
ルフェート・ガイナンが辿り着いた宙域の座標と、彗星擬態型機動母体が発生した宙域。そして宇宙ウナギの予測進路。連邦の勢力圏に存在する一ヶ所を探すにしては、少しばかりヒントが少なすぎた。
『どうしましょうか、キャプテン。候補地点を探すにしても、それなりの数がありますが』
「そうだねえ……どうしようか」
提示された地点は、百や千ではない。しらみつぶしに探すには、あまりに膨大な手間がかかる範囲だった。
候補地を赤い光点で提示した連邦の宙域図。視界に映されたそれをじっと眺めていたカイトだったが、ふと浮かんだ疑問をそのまま口に出した。
「ねえ、エモーション」
『なんでしょう』
「ルフェート・ガイナンの拠点ってさ、何を材料にしていると思う?」
『何を材料に……ですか?』
「うん。僕たちの推測では、ルフェート・ガイナンは単独では長距離転移が出来ない。だけど拠点からならばそれが可能。つまり、拠点には長距離転移をさせられる何かがあるんだよね?」
『たとえば、連邦や公社の船のようなものでしょうか』
エモーションの言葉に、頷く。
だが連邦には、これまで長距離転移を可能とする船はほとんどなかった。宇宙クラゲがいたからだ。テラポラパネシオがいる以上、連邦は自分たちで転移技術を高める必要がなかったのだ。公社との関係性が本格的に改善されて技術供与を受けるようになるまで、連邦内部の長距離転移はもっぱら宇宙クラゲの仕事だった。
そうなると対象は、公社や海賊の船ということになる。連邦内部に転移機能を残した形で沈んだ船はそう多くない。宇宙マグロ事変の際に、そんな偶然を捕まえたフルギャドンガコピーが存在したが、そんな偶然が何度も起きるとも考えにくい。
つまり、ルフェート・ガイナンはそういった船を取り込んだのではなく、自前で長距離転移の手段を持っていたと考えるのが自然だ。
「僕たちは知っているよね。ルフェート・ガイナンと縁が深くて、長距離転移が可能な存在を」
『宇宙ウナギ……』
「うん。おそらくルフェート・ガイナンの拠点とは、宇宙ウナギそのものだ」
エモーションは、その推測に異議を唱えなかった。あり得ると判断したのだ。
だがそうなると、連邦の監視網に長期的に引っかかっていない宇宙ウナギが存在することになる。それはそれで非現実的な話だ。カイト自身、口にしてみたものの、何か大事な部分が足りていないと思っていた。
「宇宙ウナギの転移反応は、普通の転移とは違うんだったよね、確か」
『はい。公社のものとも、テラポラパネシオのものとも反応が違います』
「探せないかな?」
『待ってくださいね。調べます』
エモーションが連邦のデータベースにアクセスしている間、カイトは待つだけになってしまう。しかも、そのデータはそれぞれの人工天体が記録している膨大な量の観測データだ。エモーションがどれほど優れていても、それなりに時間は要るはずだ。
待つ間にカイトも頭を働かせる。ルフェート・ガイナンが宇宙ウナギを拠点にしているならば、ルフェート・ガイナンはすでに寄生先の宇宙ウナギをある程度操作できる程にまで掌握出来ているはずだ。それはつまり。
朧気に答えに辿り着きそうになったところで、カイトの思考をエモーションの声が遮った。
『見つけました、キャプテン!』
「随分と早いね?」
『はい。宇宙ウナギの転移反応に近い反応は、これまでにいくつかの人工天体で探知されています。何度か調査が組まれたようですが、宇宙ウナギの発見には至っていません』
当たりだ。ルフェート・ガイナンも馬鹿ではないだろうから、転移が完了した直後には短距離転移で移動しているはず。それに、宇宙ウナギとルフェート・ガイナンでは、探しているもののサイズが違いすぎる。ニアミスしても気付かなかった可能性はあるだろう。
『過去、連邦では宇宙ウナギの転移機能は、何らかの自然現象を利用しているのではないかと分析されていたようです。もしかすると原因はこれかもしれませんね』
「なるほど?」
最初に宇宙ウナギが発見されて、テラポラパネシオが撃破した。
その際の反応を元に、いくつかの人工天体がルフェート・ガイナンの転移反応を宇宙ウナギの転移と誤認して調査する。
しかし発見されず、転移反応はなんらかの自然現象と判断された。
結果、宇宙ウナギの転移は自然現象を利用していると推測されて今に至ると。
順序があべこべだが、分からない話でもない。
「発生点は絞れそうかい?」
『これまでのデータと組み合わせれば、十分に可能です。まあ、多少はずれるかもしれませんが』
「構わないさ。数万の地点を探し回るよりはずっと」
『そうですね。ではこの宙域を目指してください』
「了解だよ、っと!」
提示されたポイントへ、クインビーを転移させる。
多少はずれるのではないか、というエモーションの言葉とは裏腹に。
「ははっ、ビンゴだ。さすがはエモーション」
『……キャプテンの勘の良さを私も学習しましたかね?』
「そうだといいねえ」
軽口を交わしていたカイトとエモーションだったが、その表情は険しかった。
そこには巨大な。あまりに巨大な。
生理的嫌悪感を生み出すほどに巨大なルフェート・ガイナンが、宇宙ウナギと思しき物体から生えていたからだ。
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