ナミビフの汚染状況
説明をアシェイドに丸投げしたカイトは、呆れかえるほどの反応の数に溜息を漏らしていた。
反応が多いのは、トゥーナが食事の為に取りついていた惑星の残骸。もっとも近いのは惑星ナミビフ10だ。ナミビフ7からナミビフ9までは、公転周期の関係でトゥーナに捕食されておらず惑星そのものは無事である。
だが、残念なことにルフェート・ガイナンの反応はそれらの星々からも検知されている。原因はどちらだろうか。ナミビフ惑星系が元よりルフェート・ガイナンに汚染されていたか、今回のトゥーナの到来が原因か。
ナミビフ10の残骸にはいくつか、極めて大きな反応がある。恐らくこれが彗星擬態型機動母体に変貌するのだろうと、そう思えるほどの反応の違い。
「随分と多いなあ」
『キャプテンの仮説が正しいかもしれませんね』
「そうだね。こちらとしては、これ以上ひとつたりとも正しくあって欲しくないのだけど」
カイトとしては、エモーションと一緒に知り得た情報を元に推測を立てているだけなのだが、その正解率がおかしい程に高い。もしかすると、超能力を手に入れた際に身についた勘の良さが正解率の高さに拍車をかけているのかもしれない。
これ以上変に正解を叩き出すと、連邦側から変な目で見られそうで怖い。
カイトはナミビフ10の近くにクインビーを寄せながら、反応のある小惑星をサイオニックランチャーで撃破していく。反応の小さいものを中心に。
「さて、と」
極端に反応の大きな残骸は、トゥーナが食べ残したものではなく、トゥーナが吐き出したものからだ。要するに排泄物のようなもの。
ナミビフ10の残骸からもそれなりに反応がある。さすがに表皮をこすりつけた程度で表皮から食べ残しに移るようなことはないだろうから、元々汚染されていたと見るのが自然なのだが。
「エモーション。トゥーナさんの食べ残しと、吐き出したやつ。それぞれの中に眠っている連中を比較したいと思うんだけど」
『組成に違いがあれば、惑星系ナミビフがルフェート・ガイナンに元々汚染されていた、という証拠になりますね。了解しました』
「それじゃ、まずはでっかい反応のやつを確保しようか」
まずはトゥーナが吐き出した方に向けて、
ぶるりと岩塊が震え、その中から何かが這い出してくる。
彗星擬態型機動母体ではなかった。似ているが、違う。明確に違うのは、発光するはずの部位がないことだ。
つまり彗星擬態型機動母体ではない。あるいは、そうなる前の個体ということ。カイトは当てが外れたかと思ったのだが、エモーションが少しばかり興奮した声を上げる。
『やはり……! キャプテン、大当たりです!』
「エモーション? 確かに似ているとは思うけど」
『それはそうです。かれらはトゥーナ
「ふむ?」
『彼らはここからあちこちに移動するはずです。そしてその間に必要なだけの幼体を小惑星に産み付けて、身軽になった後に』
「……なるほど」
つまり、彗星擬態型機動母体は仕事を終えたあとに光るのだ。それまでに産み付けた本命から注意を逸らすために。そして、宇宙ウナギの視線を本命の方に引き寄せるために。
それぞれの機動母体たちは、別々の星系まで移動しながら本命を産み付けた後、小惑星の内部でしばらく休眠するのだろう。痕跡を消すために。なんという用心深さだろうか。
カイトはエモーションと会話をしながら、這い出してきた個体を働きバチで隔離する。少しばかり距離を離してみて、残った部分から反応があるかどうかを確認する。反応はなかった。
「他のところから出て来る様子はないね。どうやら何かが接触したら這い出してくるってことかな」
『そのようですね。つまり、反応のないものは既に這い出た後という可能性も』
「十分にあるだろうね。こりゃ、大変な作業になるぞ」
これから発生するであろう作業の数々、考えるだけで嫌になりそうだ。カイトはそこから逃げるにはどうしたらいいか、既に数多くの知見を得ていた。
「エモーション。出来る限りマニュアル化するよ」
『はい、キャプテン。一切の抜けがないようにします』
エモーションも察したのだろう、極めて真剣な様子で応じてくる。
カイトはひとまず、大きな反応のある残骸めがけて躊躇なくサイオニックランチャーを発射した。這い出す余裕もないまま消し飛ばされる機動母体。サンプルは一個あれば十分だ。あとはナミビフ10の残骸なのだが。
残骸と言っても、元々は惑星だ。クインビーがどうにかするにはいささか大きすぎる。反応のある手頃な破片がないかと飛び回って探していると、ラディーアから通信が届いた。
出てみると、何やら切羽詰まった様子のストマトだ。
『か、カイト三位市民! 先程は失礼を』
「いえ、大丈夫ですよ。アシェイド議員とは話を?」
『はい。応援をこちらに送ってくれるとのことです。それでですね、その』
「何か」
『公社の発明した探知機構を入れたところ、ナミビフの全ての惑星から反応があるのですが、これは』
やはり気になるのはそこだろう。どういうことか伝えようと口を開きかけたところで、カイトはふと恐ろしいことに思い至った。
一瞬躊躇したが、しかし思いついてしまった以上聞かないわけにはいかない。
「トゥーナさんの体内から生まれ出た個体の可能性もありますが、ルフェート・ガイナンがかなり昔に、この辺りの惑星や小惑星に幼体をばら撒いていった可能性もあるかと」
『そう……ですか』
「ストマト代表。僕も聞かなければならないことがあります。……それも、とても残酷なことを」
『なんでしょうか』
「ナミビフ6の生態系が、ルフェート・ガイナンに汚染されている可能性。そして」
これはとても恐ろしい疑問だ。場合によっては、連邦市民の中にも含まれているかもしれないのだから。
「ナミビフ6の生態系の始まりが、ルフェート・ガイナンの存在によって成り立っている可能性です」
これはもしかしたら、カイトが原初の生命を入れ替えられたことで生まれてきた地球人だからこそ生まれ出た疑問なのかもしれない。
***
応援はそれから程なく現れた。最も大きなものはウヴォルス。一時的にだが、ナミビフの近くには二基の人工天体が存在することとなったわけだ。
ウヴォルスのャムロソン代表にこれまで分かった情報を共有する。ついでに機動母体のサンプルをウヴォルスに送り届ける。
『感謝する、カイト三位市民。これまでの情報に、このサンプル。おかげで我々の研究はようやく停滞から脱却したと言える』
「いえ、思った以上に影響が広範囲で」
ナミビフ6の生態系についての疑問は、カイトはラディーアのスタッフ以外には告げなかった。ストマトも狼狽していたし、こればかりはラディーアが覚悟をもって調べてくれるものと信じている。
ルフェート・ガイナンが何の影響も与えていないことを祈るばかりだ。ナミビフ6の生態系が生まれる前に地中深くで眠りにつき、そのまま地表で生命が生まれただけであって欲しい。これはきっと、カイトとエモーションだけでなく、ラディーアに所属する全ての知性体の願いに違いない。
『そうだな。まずはナミビフ10とそれ以降の惑星の残骸から、ルフェート・ガイナンの分離作業を行う。これは我々に任せて欲しい』
「分かりました。トゥーナさんと関係がない個体がいるといいんですが」
さもないと、宇宙ウナギは恒星の近くを通過するだけで、大量のルフェート・ガイナンをばら撒いていることになってしまう。しかもかなりの拡散力をもって。
『うむ、それに関しては私も同意見だ。残骸に残っているルフェート・ガイナンと機動母体サンプルの生体情報については精査することを約束する』
「助かります」
『君はこれからどうする? 出来ればまだ調査を続けてもらえると嬉しいのだが』
やはり来た。重い期待が。
カイトなら状況に一石を投じられるのではないかという、根拠のない確信。
だが、カイト自身ここで終わりにするつもりは元々なかった。次に探すべきものは何となく決まっていたからだ。
「取り敢えず、連中の起源を追うことにしますよ」
『起源?』
「ええ。トゥーナさん由来の連中は起源がはっきりしていますよね。トゥーナさんから吐き出されたんですから」
『そうだな』
「では、ナミビフに元からいた連中はどこから来たのか、という疑問が残っていますよね。ま、ほかの宇宙ウナギが吐き出した個体であるという可能性も捨てきれないわけですが」
『……なるほど、興味深いな。よろしく頼むよ』
連邦の勢力圏内に宇宙ウナギが観測されたのは、これまでに四度。ナミビフ周辺で宇宙ウナギが観測されたのはトゥーナだけで、残りの場所はどれも非常に遠い宙域で観測されている。
そこからの移動と考えると、どこかで長距離転移が行われていないと難しいというのがエモーションの回答だ。
もしかすると、長距離転移が可能なルフェート・ガイナンは発見されていないだけで存在するのかもしれない。
「思った以上に連中はこの銀河を蚕食しているのかもしれないね」
『ええ。恐ろしい話です』
通信を切ると、カイトは思わずぼやいた。エモーションの反応も鈍い。
ひとまず、次の現場に向かおう。カイトはクインビーを次の目的地に向かわせるのだった。
次の目的地。それは連邦が初めて宇宙ウナギと邂逅した宙域である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます