旧交を温める暇もなく
ラディーアに備えがなかったことを責めることは出来ない。
現時点でルフェート・ガイナンの反応があるのを把握しているのは、あくまで探知機能を備えたクインビーだけなのだ。
公社の発見したルフェート・ガイナンの探知機構は、これまで役に立たないものとして扱われてきたのだ。今頃中央星団では慌てて再検証が行われていることだろうが、それがラディーアまでやってくるには多少の時間がかかるはず。
「エモーション。最優先にすべきは、連中によるナミビフ6への侵入がないことだ」
『イエス、キャプテン。現時点で反応のある小惑星が七つ、ナミビフ6へ突入するルートに入っています』
「全て粉砕する。ナミビフ6に反応はあるかい」
『惑星サイズとなると大きいですからね。少し時間が必要です』
「了解だ。まずは目先の課題から解決するとしよう!」
カイトは躊躇なくクインビーの外に出ると、サイオニックランチャー四丁を取り出した。七つの小惑星は、即座にナミビフ6に突入するほどではない。単純に、反応の数が多いのだ。
元々、惑星系ナミビフに数多く紛れ込んでいたのか、あるいはトゥーナが食事を終えた際に吐き出した岩石の中に混じっていたか。どちらの可能性も現時点では否定できない。
エモーションのナビに応じてサイオニックランチャーを乱れ撃つ。戦闘行為の反応はすぐにラディーアの知るところになるだろう。誰がこんな行動を行っているのかも。案の定、すぐに通信が飛んできた。エモーションも心得たもので、こちらの返事を待つこともなくすぐに繋ぐ。
『カイト
「やあ、ストマト代表。久しぶりですね」
『ええ、お久しぶりです。お元気でしたか……っと、それどころではありませんよ! どういうつもりでナミビフ6に攻撃を加えたのですか!』
「星そのものには攻撃していませんよ。そこに突入するコースにあった小惑星を七つほど粉砕しただけです。実際、ナミビフ6自体には影響はなかったでしょう?」
『えぇ……? ちょっとお待ちを』
なんとも懐かしい、素直なストマト代表の反応に思わず口許が緩む。
通信を切りもせずに、隣のスタッフに声をかけている辺りが特に。
『……コース的にもナミビフ6には影響がない。あ、そう? 大丈夫なんだ。カイト三位市民、今回は一体どのような目的でこちらに? まさか惑星付近への銃器の試し撃ちをする必要がある作戦が近々?』
「はぁ?」
『そういう目的であれば特にお止めしませんが、出来ればナミビフ6以外の惑星にしていただけると……。あ、もしかしてそこにも生物が居住している?』
「そういう理由じゃありませんよ。と言うか、ここ最近の連邦のニュースはご存知ない?」
『いえいえ。ルフェート・ガイナンの件については存じ上げておりますよ。ラディーアからも何名か駆り出されましたから。私はラディーアの責任者ですので招聘はありませんでしたけど。これでも昔はそれなりに船の扱いも……』
「ストマト代表の武勇伝については、時間のある時にでもまた。今回ここに来たのはルフェート・ガイナン絡みです」
『はあ? 先ごろ発生したルフェート・ガイナンの群れは駆逐されたはずですが。そもそも、こことはかなり離れた星系ですよ』
ストマトの返答は正しい。カイトもその離れた星系に少し前までいたのだから、当たり前に分かっている。だが、カイトの口から事情を伝えて良いものか。公社にはデータは送ったが、ストマトに話して良いかどうかの判断が微妙につかない。
中央星団が情報を絞っているのか、単純に確認が取れてから伝えるつもりなのか。うっかりカイトがストマトに伝えてしまえば、ストマトが連邦の秘匿事項を共有してしまうことにもなりかねない。
宇宙クラゲに直接連絡を取るのは、ストマトの性格上難しいだろう。カイトは知り合いの顔を何人か思い出し、取り敢えず最も話しやすそうな相手に説明を押し付けることにした。
「詳しいことは、中央星団のアシェイド議員に聞いていただけますか。僕からの依頼だと言えばすぐに繋がると思いますので」
『あ、アシェイド議員ですか!? そ、それは――』
「僕の権限で話して良いかの判断がつかないんですよ。それでは、よろしく」
これ以上ストマトに問い詰められても、お互いに時間を浪費するだけだ。
この場は信頼出来る友人に全てを丸投げすることにして、カイトは次の対処に向かうことにするのだった。
『キャプテンは良い友人をお持ちで』
「そうだね。いつも助かっているよ」
『きゅるきゅるきゅる』
***
ストマトは胃の痛い思いでモニターを見つめていた。
何しろ、カイトの指示した相手があのアシェイド議員なのである。連邦議会でも特に有名な議員を五名挙げろと言われれば、多くの連邦市民が五人目までにその名を挙げるだろう若き辣腕。
その苛烈極まりない手腕は議員になる前から有名だった。かれを周囲が議員に推したのは、議員という特権を与えて更に連邦の役に立てるためとも、無軌道に過ぎるアシェイドを議会という檻の中に閉じ込めるためとも噂されている。
とにかく、ストマトのような中堅どころちょっと上あたりのスタッフにとっては、誰より怖い上司なのであろう。
「アシェイド議員からの通信許可、下りました」
「下りちゃったの……?」
忙しさを理由に断られるというのが、最後の一縷の望みだったのだけれど。カイトからの依頼と一言入れただけで、許可が下りてしまうとは。
ストマトの内臓の一部が悲鳴を上げるのと同時に、モニターに若くも恐ろしい顔が映る。その背後には、敬愛するテラポラパネシオの姿もあった。
『ストマト代表、待たせました』
「い、いえ! その、カイト三位市民から……」
『ああ、大丈夫。君もカイトの無軌道の被害者でしょう? 大変ですね、お互い』
「あ、いえ」
何だろう、思っていた反応と違う。というより、カイトを親しげに呼ぶ辺り、どうやらアシェイドとカイトの間にはそれなりに親しい関係性があるようだ。
と、アシェイドはモニターから目を背けて何かしら作業を始めた。どうやら忙しい中にも関わらず通信を繋いでくれたようだ。
『おっと、済みませんね。議会も少し前からルフェート・ガイナン絡みで立て込んでいまして。それで、カイトがどうしましたか』
「あ、はい。先程、突如惑星系ナミビフに現れ、ナミビフ6近くに発砲されまして。理由を確認したところ、アシェイド議員に伺うようにと」
『惑星系ナミビフ……? カイトのやつ、何故今そんなところに』
『ナミビフ……? そうか、トゥーナ三位市民!』
『なに? 待て、エモーション
テラポラパネシオとアシェイドはストマトを置いて話を進めている。だが、どちらもカイトが発砲したことについては問題だと思っていないようだ。ストマトは彼への信頼が多少揺らいだことを少しばかり恥ずかしく思った。
と、状況を理解したらしいアシェイドが威儀を正した。
『ストマト代表、事情はこちらも理解しました。カイトがこちらに説明を投げた理由も大方推察できました』
「はあ」
『この件、確かにカイトの一存で伝えなかったのは正しかったと思います。また、私からもその場所にいる皆さんに指示しておきます。これから話すことを、議会からの発表がない限り他言してはなりません。ラディーア内で秘匿することを命じます』
「は、はい!」
アシェイドの言葉を、テラポラパネシオが遮らない。どうやら知らぬ間に、ラディーアは大きな渦の中に取り込まれていたらしい。一体何が起きているのか、ストマトは両足に力を入れて次の言葉を待った。
『ルフェート・ガイナンは宇宙ウナギ種に寄生していた生物と同種の生命体だと確認されました。また、公社がかつて発明したルフェート・ガイナンの探知機構についても、誤作動ではなかったことが証明されています。カイトが惑星系ナミビフに立ち寄ったのも、連邦の周辺で最も最近宇宙ウナギが出現した星系がそちらだったからです』
アシェイドの説明の情報量が多すぎて、ストマトの反応は明確に遅れた。
端的な説明だ、理解は出来る。だが、それを認めてしまえばあまりに恐ろしい現実に向き合わなくてはならなくなる。
「で、ではカイト三位市民が撃ったのは……」
『ナミビフ6への突入軌道に入っていた小惑星を破壊するためだそうです。そのいずれからも、ルフェート・ガイナンの反応があったと。私の権限において、カイトの行動に問題がなかったと認定します』
ストマトは全身が冷たくなるのを自覚していた。カイトが撃ち落とした小惑星のひとつは、程なくナミビフ6に突入するはずだった。
惑星系ナミビフには、生命が発生していない惑星がいくつもある。そして、ナミビフ6よりも外周にある惑星の多くは、トゥーナによって捕食されて残骸を残すだけである。
『いいですか、ストマト代表。公社の提唱したルフェート・ガイナンの探知機構。ラディーアに搭載されていますか』
「い、いえ。搭載されていません」
『そうでしょうね。直ちに作成し、搭載してください。可能ですね?』
「も、もちろんです!」
『結構。これまでにナミビフ6へ侵入したルフェート・ガイナンがあったとしても、その事実に関してラディーアのスタッフに責任を求めることはありません』
「はい、恐縮です」
『ですが、カイトが撃ち落とした七つの小惑星以後、ナミビフ6にルフェート・ガイナンが侵入することは許容できません。いいですね?』
「は、はいっ!」
アシェイドの視線が一気に冷たいものになる。ストマトは内臓の一部が更に痛むのを自覚しつつ、これまでで最も姿勢の整った敬礼を行った。
『中央星団からも応援を派遣します。安心してください、そちらにはカイトもいるんですから』
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