ひとつ分かればそれ以外にも
「なるほど。粉砕してしまえば、条件を満たしても再構築は不可能、と」
『さすがにそこまで何でもアリのクリーチャーではなかったようですね』
反応のある小惑星を追いながら、カイトとエモーションはルフェート・ガイナンが再構築する条件を確認して回る。まずは温度と圧力の変化量と変化速度、続いて破損の程度による再構築能力の限界。
擬態状態では、小惑星のどの部分に隠れているかまでは確認が出来ない。反応のある小惑星で大型のものについては、こちらでは手を出さずにウヴォルスの付近に転移で送り込むことにする。
「取り敢えず温度と圧力に関しては、ある一定のラインを超えれば時間経過に関係なく再構築するようだね」
『ええ。宇宙ウナギ属が取り込んだ小惑星を消化する過程にも、おそらく個体差があるのでしょう。ですが……』
「もしかすると、小惑星が惑星に落下するのを期待しているのかもね。生身で突っ込むには大気圏は難所だ」
小惑星内部で岩石に擬態するルフェート・ガイナンはどうやら体内の構造がこれまでの個体とは微妙に異なっているらしい。大当たりだ。
カイトは、ルフェート・ガイナンの本命は(特に生命のいない)岩石惑星に落ちたものだと思っている。小惑星と比べて、宇宙ウナギが明確に狙うからだ。小惑星も進路上にいれば捕食くらいはするだろうが、いちいち進路を変えようとは思わないはず。
ならばなぜ小惑星にこれほどの数を植え付けているのか。カイトが考えたのは、惑星への突入に小惑星を利用するという仮説だ。惑星の重力に引かれ、小惑星は惑星に落下する。カイトが地球に住んでいた頃にも、小惑星は無数に地球へと落ちていた。同じことは宇宙のあちらこちらで起きているはずだ。
「ルフェート・ガイナンは熱には強い。とはいえ、生身で大気圏突入に耐えるのはきついのではないかな。小惑星を自分の船として、落下を目指すというのも考えられなくはないかと思うんだ」
『なるほど。しかし、小惑星はおおむね途中で燃え尽きますが?』
「その際の熱によって一度、元の姿に戻るという説はどうだろう。そして燃え尽きゆく小惑星から自身を切り離し、地表を目指す。一度地表に辿り着いてしまえば、僕たちが連中を探し出すのは不可能に近い」
再構築の条件が意外とザルなのは、条件を厳密にするより生存率が高かったからだろう。条件を厳密にしなかったことを戦略と見るか隙と見るか。その辺りは判断の分かれるところだろうとカイトは思う。
星系図を元に、テラポラパネシオがそれぞれの痕跡を見失った地点に到着する。どれも惑星は存在せず、あちらこちらに小惑星が浮かんでいる宙域。なるほど、これで反応が途切れるならば、連邦がルフェート・ガイナンに長距離転移能力があると判断するのも不思議ではない。
だが、カイトとエモーションは転移ではないと思った。小惑星は存在する。とすれば。
「……時間経過で、小惑星に寄生したルフェート・ガイナンは彗星擬態型機動母体に成長する、とか」
『その観点はありませんでしたね。根拠はありますか、キャプテン』
「理論立てた根拠はないね。惑星に引かれるでもなく、宇宙ウナギの反応が近づいてくるわけでもない。漁場として不適格だと判断した連中が、寄生している小惑星を取り込んで大型化したものが彗星擬態型機動母体ではないか……という程度の考えだよ。連中は要するに、『役目を果たせなかった本命』なんじゃないかってね」
カイトとエモーションが本命と呼ぶルフェート・ガイナンの目的と仮定しているのは、惑星への寄生を目指すか、宇宙ウナギへの直接の捕食を目指すかのどちらか。
その目的がどちらも果たされなかった場合に、それらの個体はどういう選択をするのかという疑問。無限に近い時間、宇宙ウナギを待って漂い続けるのか。たとえそれぞれの個体が使い捨てだとしても、それはあまりに冗長に過ぎる。
『なるほど。仮説としては面白いですし、反応が途切れる理由とも矛盾しません。ですが根拠がないとなると、さすがに現状では採用しにくいかと』
「まったく根拠がないというわけでもないんだ。どちらにも『幼体を生み出す能力がある』だろ?」
『!』
本命のルフェート・ガイナンが『宇宙ウナギへの寄生』を主目的とするならば、寄生後に行うのが『幼体の産み付け』だ。幼体を生み出す能力を持つルフェート・ガイナンは、現時点では彗星擬態型機動母体と、トゥーナを始めとした宇宙ウナギの内部に寄生していた生物だけだ。
ウヴォルスで研究されている個体と他との違いが『幼体を生み出す能力』の有無だとするなら、カイトの仮説は幾らか説得力を増すはずだ。
『時間経過での異なる成長、ですか。先程の事例のように、再現できれば良いのですが……』
「うーん、時間を左右する超能力はしばらく使いたくないんだよね。たとえ摂理の負荷が少ないとしても」
カイトの言葉に、エモーションも反論しなかった。
摂理絡みの厄介ごとは、問題を変に壮大なものにしかねない。ただでさえ連邦法では禁忌なのだ。仮説の再現性の為だけに手を出すのははばかられた。
『ルフェート・ガイナンが彗星型機動母体になるための時間経過。さすがにそれを逆算して見当をつけるのは計算が膨大になり過ぎるかと』
「そうだよね。時間経過を探るのは無理筋だ。……待てよ」
カイトはふと、トゥーナの前の姿を思い出した。
トゥーナは出会った時には既に、寄生生物に寄生されていた。仮死状態になった本体から相当な数の寄生生物が出てきたことからも明らかだ。
カイトと出会った時にも、トゥーナは惑星を捕食している。しかし、そこから爆発的にあの数まで増えたとなると、さすがに繁殖速度が早すぎる。トゥーナと出会ったのは、恒星ナミビフの惑星系内。そこに至るまでの間にトゥーナはルフェート・ガイナンに寄生されたはず。
そして、影響下にあったトゥーナがナミビフ惑星系を目指したのであれば、ナミビフの星々にもルフェート・ガイナンが寄生していた可能性は低くない。
トゥーナは寄生生物の願った通りに惑星を捕食した。そこでカイトは、あるいはルフェート・ガイナンの中に時間経過以外の条件付けがあるかもしれないことに思い当たった。
「エモーション」
『はい?』
「ラディーアに行こう」
『は?』
人工天体ラディーア。ナミビフ惑星系に存在する『生命の住む惑星』、ナミビフ6を観察している人工天体だ。
トゥーナはナミビフを目指した、あるいは通過点にした。
ナミビフ内の惑星にルフェート・ガイナンの寄生がかつて及んでいたのだとすれば、ナミビフ6が危ない。
そして。
「もしもルフェート・ガイナンの本命が、時間経過以外の条件で彗星擬態型機動母体に変貌する可能性があるとすれば、ナミビフが一番可能性が高い」
なにしろ、あの場所でカイトはトゥーナの進行を止めた。
そしてトゥーナはあの宙域を去ってしまった。自分たちの願いが叶わないと判断したルフェート・ガイナンが何をするか。
これまでに宇宙ウナギが会敵した惑星系にも向かうべきだと思うが、まずはナミビフだ。
『ナミビフ6の生態系に、影響はあるでしょうか』
「どうかな。あの時、ナミビフ6内で混乱が起きなかったことを考えると、ナミビフの星々に連中が寄生したのはナミビフ6に生物が生まれる前のことだったかもしれないね」
無事に惑星に寄生できた個体が、地表に生物が発生したからと言って寄生状態を解除するとは思えない。どうせ宇宙ウナギが食事を始めれば、地表の生物は例外なく絶滅するのだ。もし宇宙ウナギを撃滅できるだけの文明が発生していれば、寄生状態を解除する可能性は否定できない。トゥーナの件でラディーアに行った時には、ナミビフ6にはまだそれほどの知性体も発生していないと聞いていた。
おそらくは大丈夫。だがそれも、星の近くで彗星擬態型機動母体が発生していなければの話だ。
『急ぎましょう。反応がないなら安心できますし』
「そうだね」
だが、カイトとエモーションの淡い期待は儚くも裏切られる。
ナミビフ惑星系を訪れたクインビーが捉えたのは、驚くほど多いルフェート・ガイナンの寄生反応の数だった。
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