大体あいつのせい
カイトはルフェート・ガイナンを手早く六枚の
まさか一回目で成功するとは。いや、宇宙ウナギの体内に似た環境を疑似的に造れば反応する公算は高いと思ってはいたけれど。
無言のままの宇宙クラゲの反応がむしろ怖い。働きバチにはルフェート・ガイナンが干渉を始めた反応がある。
「どうやら、かなり高性能な擬態能力を備えているようですね」
『そ、そのようだ。カイト
「そんなつもりはないのですが」
成算はあった。だが、出来れば十回目くらいで成功していて欲しかったところだった。理論を発見した公社だって、当たり前のように加熱や加圧といった実験はしたはずなのだ。
『加熱実験、加圧実験は公社でも連邦でも行ったはずなのだが……。いや、連邦の記録では小惑星を溶解させるほどの負荷はかけていなかったな』
当たり前だ。生き物を炙り出すためだけに小惑星が溶解するほど加熱・加圧など、本来はする方がおかしい。カイトは、宇宙ウナギという規格外の宇宙生物が体内で高温・高圧状態を保持していることを知っていたから出来たというだけで。
公社や連邦の船を宇宙空間で溶解させるほどの熱波。また、惑星の核を捕食しても無事なほど熱に強い体質。そんな生物に寄生するのだから、ルフェート・ガイナンもまた熱に強いという仮説を立てたカイトとエモーションは、小惑星内部にいるルフェート・ガイナンに『宇宙ウナギの体内に取り込まれた』と誤認させる方法を選んだ。
「取り敢えず他の小惑星でも試してみますよ。こちらはウヴォルスの方に届けていただけますか」
『もちろんだ。他の小惑星でも同じように捕まえられたらどうするのかね?』
「もちろんウヴォルスに届けようと思っていますが」
『分かった。成功したら連絡をくれ。我々の誰かが向かうことにする』
「よろしくお願いします」
ルフェート・ガイナンを封じたブロックをテラポラパネシオに預ける。
超能力で接合させているだけの六面体ではあるが、テラポラパネシオであればカイトより強固に封じることが可能だ。
「もしかしたらその中で擬態するかもしれませんので、その時には加熱と加圧をお願いします。データはエモーションからもウヴォルスに送らせますが、宇宙ウナギの体内温度・体内圧力に近づけるようにと」
『了解した。これは連邦だけでなく、銀河の同胞が喜ぶだろうな』
「あと、こちらのデータについては公社のレンゲレンド支社長にも送ります。構いませんね?」
『勿論だ。我々はルフェート・ガイナンを銀河に住まう有機生命体の敵だと認識している。それがたとえ敵対している組織であれ、この情報を秘匿することはないよ』
「安心しました。ありがとうございます」
宇宙クラゲは、地球クラゲさえ関わらなければ極めて冷徹な連邦法の執行者だ。最近は地球クラゲだけでなくカイトが関わっても若干怪しいが、連邦が公に発信している内容については私情に流されることなく判断してくれる。
そして自我を共有する宇宙クラゲの言葉は、同時に連邦議会の議員としての言葉でもあるのだ。後で議会からそれを問題視されることもない。
それぞれの目的地に向かうため、二隻が別れる。ディ・キガイア・ザルモスを横目で見送りながら、カイトはエモーションが次の目的地を提示してくれるのを待つのだった。
***
さて。カイトは与り知らないことだが(とはいえ本人の予想通りではあったのだが)、連邦議会は大混乱の最中にあった。
第一の混乱が、エモーションがアディエ・ゼを通じて売却した地球の古典ムービー問題。この中に、ルフェート・ガイナンに酷似した生物を取り扱った映像作品が存在したことが問題となったのだ。
偶然の一致というには、あまりに似過ぎている。だが、作成された時代から考えても、ルフェート・ガイナンとの繋がりを提示するには無理があった。製作者たちも遠い昔に死去しているので確認の取りようもない。
そもそも地球は、宇宙開発自体もそれほど進んでいなかったのだ。カイトが無茶をして木星宙域まで来なければ、そのまま滅んでいた星。ムービーが発表された頃はそれ以上に進んでいなかったわけで。
何より、当時すでに連邦の観察下にあった地球に、ルフェート・ガイナンが近づいたという記録もない。
「……まあ、今後は未開惑星の文化風俗についても、少しは確認しておいた方が無難だというところかな」
「うむ……」
地球に対して好意的な議員もそうでない議員も、結局のところそれくらいの結論しか出せなかったくらいだ。
時間をかけた割に無駄な議論だったな、と誰もが口には出さないまま議題の終了を告げようとしたところに、第二の問題が飛び込んできた。
「人工惑星ウヴォルスから連絡! ルフェート・ガイナンの生態的特徴と、宇宙ウナギ、および宇宙ウナギの体内に寄生していた寄生生物との間に極めて近似した連続性を確認。ャムロソン
「何だと!」
ざわつく。
そもそも、現在確認されている生物同士の種族的差異については日夜研究対象となっている。宇宙ウナギの寄生生物については発見が最近だったために、現在も研究が進んでいる分野だ。
どちらも同じ珪素系生物という分類だったこともあり、両者は早いうちに比較が行われたはずだ。議会にはその辺りの情報は比較的早く届く。
「何かの間違いではないか? 似ている部分は多いが、同種とはとても言えないと報告が上がっているはずだ」
「ルフェート・ガイナン原種のデータ、寄生後に発生したルフェート・ガイナン副次寄生生物のデータ、宇宙ウナギのデータ、宇宙ウナギ寄生生物のデータを並べて比較したようです。カイト三位市民とエモーション
「またカイト三位市民か!」
カイトに対してあまり良い印象を持っていない議員が吐き捨てるが、それ以外は素直に提出されたデータに目を通している。
まったく正体不明の生物だと思われていたものが、どうやらそうではないらしいと思えるだけで随分と印象が変わるものだ。ルフェート・ガイナンは寄生した生物の生体情報の一部を引き継ぐ。そう考えると確かにウヴォルスからの報告は断定しても不思議ではない説得力があった。
データをもとに、ルフェート・ガイナンのよく分からない行動に一つずつ意味づけが行われていく。ウヴォルスでも同様のようで、しばらくは人工惑星から届く続報に議員たちは事態の前進に喜ぶやら、知識の更新に慌てるやら。
そして第三の問題。数日を経て、ルフェート・ガイナンの生態の概要が少しずつ掴めてきたと喜ぶ議員たちに、テラポラパネシオが重々しく言葉の爆弾を落とした。
『過去、ルフェート・ガイナンの寄生した小惑星を見分ける方法を、公社が発見したことは皆の記憶にも新しいと思うが』
「うむ。あの時はやつらへの対策が進むかと期待したものだ……」
「当該の小惑星への調査の結果、ルフェート・ガイナンは発見できなかった。公社側も技術の精査を行うと言った後、続報はなかったはずだが」
『その通りだ。ルフェート・ガイナンの行動基準が全て宇宙ウナギへの寄生を主目的としたものだと考察したカイト三位市民が、公社の技術協力を得て先程ウヴォルス付近の小惑星に実験を行った』
「待て、まさか」
議員の一人が口を開くが、議員のテラポラパネシオは無言で映像を展開した。
宇宙空間でクインビーから放たれた働きバチ。それが小惑星を覆い隠し、加熱と加圧を行うシーンだ。働きバチが開かれると、どろりとした溶岩が急速に冷えて固まっていく中で、働きバチのひとつに確保された、小型のルフェート・ガイナンの姿。
「発見されたのか……どうやって」
『小惑星を宇宙ウナギが捕食した、その環境を再現してみたそうだ。カイト三位市民はルフェート・ガイナンが、宇宙ウナギに捕食されない限りは擬態状態のまま甘んじて死ぬ生物なのではないかと分析している』
「そんな馬鹿な!?」
『結果がこれだ。この映像と実験データ、そして確保したルフェート・ガイナンの生きた素体を同行していた個体がウヴォルスに運んでいる。これまでのルフェート・ガイナン対策を完全に見直すべき大発見だと考えるが、各位の意見を聞きたい』
どことなく疲れたような議員のテラポラパネシオの口調に、議員たちは同じく疲れた顔で頷くのだった。
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