フィールドワークに出ようか

 カイトとエモーションが待ち望んだ情報は、それほど待つこともなく公社から届けられた。

 しかも、アーザヴォイド2の責任者からの直接の連絡という形で。


『はじめまして、キャプテン・カイト。アーザヴォイド2……アースリングの言語では第二支社長のレンゲレンドです。このたびは極めて貴重な情報を提供していただきまして、感謝の言葉もありません』

「カイト・クラウチです。こちらも驚きました。支社長から直接ご連絡をいただくとは思っていなくて」

『私たち第二支社は、保護や共存が根源的に不可能と思われる敵性宇宙生物に関する、駆除と研究を専門に行っている支社です。ルフェート・ガイナンは敵性宇宙生物の中でも極めて重大な危険生物ですから、私からご連絡すべきと思いまして』

「なるほど」


 公社には無数の支社が存在するが、その中でも第二支社は生物の保護には関わらない部署であると聞いた。その理由がルフェート・ガイナンのような生物を版図から駆除するためというのは納得できる話だ。あれとはまず共存できないだろうし、保護とか甘いことを言っていたら滅ぶ生態系がいくつもあるはず。

 頷くカイトに、レンゲレンドはモニターの向こうで頷き返す。

 光沢のある肌は、まるで磨いた石材のような艶めき。カイトは久々に、見たことのない種族と新たな出会いを果たしたわけだ。


『連邦でルフェート・ガイナンが発生したという話は我々も掴んでいました。ですがまさか、キャプテンがこれほど重大な事実を掴むとは思っておらず。私たちに連絡をいただいたのは、情報の収集だと聞いておりますが』

「はい。連邦は良くも悪くもルフェート・ガイナンの駆除対応が万全にできてしまっていますので、このままでは研究が進まないのではないかと思いまして」

『キャプテンは連中を根絶したいと?』

「ええ。連中がこれまでと違う形で星々に侵入しようと考えたとしたら、簡単には防ぐ方法がないはずですから。根源を完全に絶てるかどうかは別にして、連中の発生源や移動方法など、知っておきたいとは思います」

『……分かりました。そのお考えは我々と志を同じくすると言えるでしょう。どのような情報を必要とされていますか』


 レンゲレンドはこちらの姿勢によっては、協力するつもりはなかったと見える。流石に公社の支社長を任されているだけあって、行動指針ははっきりしている。

 カイトはエモーションが情報をまとめる上で必要だと考えているもののうち、最も重要なものから確認することにした。


「まずは、連中が惑星や小惑星に入り込んだ後。それを見分ける方法が存在するかどうか、を聞きたいと思います」

『ほう? 連邦では連中が転移しているという仮説の上で、その方法について研究していると聞き及んでおりましたが』

「そのようですね。ですが僕とエモーションの考えはちょっと違います。彼らがもしも転移能力を保有しているのだとしたら、惑星に寄生して宇宙ウナギを待つ必要がないですからね」

『……その視点は我々としても初めてのものですね』


 これまで、ルフェート・ガイナンは行動指針が奇妙な宇宙生物だとしか思われていなかった。だからこそ転移という選択肢が研究されるのは当然のことだし、カイト自身も研究自体を否定してはいない。これは、カイトとエモーションがこれまでのどの研究者よりも早く、あれが宇宙ウナギに寄生していた寄生生物と同種だと知ったから出てきた考えなのだから。

 ともあれ。ルフェート・ガイナンがもしも転移できるのであれば、宇宙ウナギに寄生するために惑星や小惑星に潜り込むのは、決して効率的な手段だとは思えないのだ。呼び寄せるより、幼体を転移で送り出して宇宙ウナギを探した方が良い。

 宇宙ウナギ自身は、転移に類する生態機能を持っている。ルフェート・ガイナンがもしも転移できるのであれば、他の星々の生物をわざわざ滅ぼしてまで惑星に潜り込む必要さえない。


『そういうことですか。……まず、惑星や小惑星内部に潜り込み、擬態したルフェート・ガイナンを発見する方法自体は存在します。ですが、実証されたことはありません』

「と言うと?」

『小惑星の場合ですと、反応があった小惑星を破壊しても、擬態したルフェート・ガイナンを発見出来なかったのです。破壊された時に一緒に粉々になったのか、反応があっただけで既に小惑星から離脱していたのか……』


 その状況では、連邦もその方法を認めないのも分かる。一緒に粉々になったのだとすれば、こちらに情報を渡さないために死んだのかもしれないし、星に寄生している間は単に仮死状態なのかもしれない。

 どちらにしろ、決定的な証拠が出てこない。レンゲレンドが連邦との共有を進言してこないのも、その辺りが理由なのだろう。


「どちらもあり得る話ですね。残骸からルフェート・ガイナンの反応は?」

『ありませんでした。なので、離脱した際に惑星に残った反応を誤認しただけではないかと思われています』

「ふむ……。ひとまずその際のデータや手段をこちらに提示していただくことは出来ますか?」

『可能です。すぐに送りますね』

「助かります」


 クインビーにデータが送信されてくる。これでクインビーには惑星や小惑星に擬態したルフェート・ガイナンの反応を追う機能が付与されることになる。

 カイトとエモーションは、ルフェート・ガイナンの行動指針を『宇宙ウナギへの寄生』だと定義している。もしも反応のある小惑星が存在するのであれば、それを見つけ出す当てもいくつかあるのだ。


「ありがとうございます。助かります」

『キャプテンは、連中が転移による移動はしていないと考えているのですよね。では、どのように想定されていますか』

「……おそらく、連中は個体によって明確に方針を変えていると思います。撃ち出される幼体自体も、それが落下する先によって性質を変更しているのだろうと。小惑星や生物のいない惑星には寄生と成長を目的に、生物のいる惑星には有機生命体の駆除を目的として」


 エモーションが提示した仮説は、カイトにも極めて胸の悪くなる内容だった。だが、残念ながらそれを否定できる材料が存在しないのだ。それならば、その可能性がゼロではないことを念頭に置いておくしかない。

 レンゲレンドは驚いたようだった。艶やかな肌がきゅっとしぼむ。


『有機生命体の駆除、ですって?』

「有機生命体は、僕たちのように知性を得て惑星の外にまで進出する可能性があります。そして連中にとって、宇宙ウナギや自分たちを排除しようとする敵性体であるわけです。僕たちが連中を駆除したいと思うように、連中も僕たちを駆除したいと思っている」

『理屈は分かります。分かりますが……』

「ルフェート・ガイナンが寄生して、生み出された生物のデータを見ました。連中は周囲に存在する生物を駆除した後、惑星に寄生するわけでもなくふらふらと放浪した後、寿命か飢餓によって死亡する。そうでしたね?」

『え、ええ』

「つまり、侵入した惑星の性質によって目的を変えている。有機生命体のいる星では徹底的な駆除のみ。彗星擬態型機動母体の目的は必要な座標に宇宙ウナギを呼び寄せることと、出来れば惑星か小惑星への侵入。そして光を追って現れた宇宙ウナギに寄生することで、本来の目的を果たす……」


 自分たちがルフェート・ガイナンを駆除したいと思っているのと同じように、ルフェート・ガイナンもまた自分たちを駆除したいと思っている。

 何ともおぞましく、そして当然の考え方。レンゲレンドは毒でも飲まされたような表情で話を聞き終えると、何か新たな情報が見つかったら連絡が欲しいと言って通信を切った。愉快ではなかっただろうに、責任感の強いことだ。


***


 受け取ったデータを精査したエモーションは、クインビーに必要な機能が揃ったとお墨付きをくれた。

 クインビーの起動準備を進める。これ以上の情報は、ここでは見つからないとカイトもエモーションも判断したからだ。


「では、まずはテラポラパネシオがいる辺りに行ってみるとしようか」

『はい。連中の痕跡を見つけられると良いのですが』

「宇宙空間でのフィールドワークは初めてだねえ。楽しい仕事とは言えないのが難点だけど」

『仕方ありません。まだ見ぬ美味しい食材がルフェート・ガイナンによって喪われるのは良くないことです』


 エモーションの決然とした言葉に苦笑しながら、カイトはャムロソンに出航許可を取るべく連絡を取るのだった。

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