調べているのは連邦だけではなくて

 連邦が優秀過ぎて調査が手詰まりになった。

 そんなカイトに解決策を提示してくれたのは、横で二人の会話を聞いていたゴロウだった。


「公社にもそれなりに情報の蓄積はあるんじゃないか? 連邦が普段関わらないような組織ともつながりがあることだし、もっとルフェート・ガイナンを泳がせていた場所も知っているんじゃないかと思うんだが」

「なるほど!」


 銀河は広く、そして公平に無慈悲だ。

 連邦のように当たり前に困難を払いのけることが出来る組織があるように、ルフェート・ガイナンの侵略行為に対応しきれない組織もきっとある。

 そして公社にであれば、それなりに伝手と貸しがあるのだ。公社にいなければ、公社を通じてルフェート・ガイナンの生態研究をしている人物を紹介してもらうという方法もある。

 顔の広さだけで言えば、公社は明確に連邦よりも上回っている。連邦に招き入れるのは難しくても、研究成果を共有することは出来るかもしれない。


「テラポラパネシオでも追いきれない連中の謎。それを解決しない限り、本当の意味で知性体が安心することは出来ないだろうから」

「そうだね。僕とエモーションは公社に連絡を取ってくるよ。博士はどうする?」

「私はもうしばらくここで連中の生態を研究しておきたいね。見落としがあってもいけない」

「了解。それでは後ほど」

「ああ、後ほど」


 公社時代の知り合いと話をしたいとは思っていないようだ。連邦側は特に連絡を取り合うことを禁じてはいないはずだ。気まずいのかもしれない。

 提案してきた以上、本人に公社に対するわだかまりがあるわけではないと思うのだが。ともあれ、その辺りをいちいち本人に突っ込んで聞く必要もない。カイトはすぐにその辺りの雑事を頭から追い出して、エモーションと一緒にクインビーへと向かった。


***


 クインビーには、直通でネザスリウェ支社長が乗るエアニポルと繋がる回線がある。諸々の手間を飛ばして、ネザスリウェ支社長にアポイントを取る。思ったよりも短時間で本人が画面に出てくれた。


『やあ、キャプテン・カイト。アグアリエスの一件以来だね。元気だったかい』

「ええ。そちらもお元気そうで。忙しくはありませんか」

『うん。我々の方では現状、特に保護すべき生物に対応していないからね。比較的自由に過ごしている』

「それは何よりです。少しだけ頼まれて欲しいことがあるのですが」

『何だい? なんでも言ってくれたまえ。公社は全力を持って手を貸すとも』


 やはり話が早い。最も話が早いのはパルネスブロージァ社長なのだが、かれは現在トゥーナと揉め事の最中だ。こちらの件で気を煩わせても良くないだろう。

 カイトが連邦でルフェート・ガイナンの研究に参加していることを伝えると、ネザスリウェ支社長は表情を怒りの色に変えた。


『あの害獣どもがまた現れたのだな。それにしても、さすがは連邦だ。被害なしとは実に素晴らしい』

「ええ。ですが、対応が迅速かつ徹底しているので困っていることもあるんです」

『と言うと?』

「連中の生態サンプルが少ないんです。連中の発生源と移動方法を探りたいのですが方法がなくて」

『なるほど……。それは確かに重要な情報だな。徹底的に破壊してしまう連邦では、見つけにくいというのも理解できる』


 ネザスリウェ支社長が虚空に視線をやった。心当たりがないのだろうかと首を傾げると、どうやら何かを検索していただけのようで、すぐに顔をこちらに戻した。


『アーザヴォイド2……君たち風に言えば第二支社船団の中に、ルフェート・ガイナンの生態研究を行っている部局があるようだ。管轄支社長が別の者になるから、少し時間をもらえると嬉しいのだが』

「もちろんです。こちらからも情報を共有する準備がありますと伝えてください」

『良いのかね?』


 驚いた様子のネザスリウェ支社長に、カイトも穏やかに笑いかける。

 未開の星の生物を誰よりも愛し憂慮する彼ならば、本心を伝えることに不安はない。


「ルフェート・ガイナンは、それ以外のすべての生物にとっての敵です。そうではありませんか?」

『……確かにそうだ。では、第二支社の連中が早急に動きたくなるような情報をひとつ頼むよ』

「ふむ。それではこちらのデータをお渡しください」


 データの管理者であるエモーションが、ひとつのデータをエアニポルに送る。


『このデータは?』

「宇宙ウナギ種に寄生していた生物の生体データと、ルフェート・ガイナンの生体データの比較です。御社で研究に携わっている方々がこのデータを見て反応しないようであれば、私たちが知りたいほどのデータは保持していないと判断出来るでしょう」

『宇宙ウナギに寄生していた生物というと……アレか』

「ええ。ルフェート・ガイナンとの間に60%程度の共通点が発見されました。ルフェート・ガイナンの生態から判断するに、おそらく両者は同種です」

『……何だって!?』


 悲鳴じみた声が上がる。パルネスブロージァ社長(の一部)は宇宙ウナギであるトゥーナと一緒に行動しているのだ。トゥーナは連邦製のボディに意識を移しているから、寄生生物に関して問題はない。とはいえ、この一件がパルネスブロージァ社長の耳に届いたらどうなるか、カイトにはちょっと判断がつかない。

 念のため、ネザスリウェ支社長に対しての口止めも忘れずにしておく。


「取り敢えずトゥーナさんに伝わると色々ややこしそうなので、パルネスブロージァ社長ではなく支社長に声をかけました。……ご理解いただけますよね?」

『ああ、それはもう。……つまり、君たちも知っているんだな?』

「ちょっと揉めてる、とは聞いていますよ」


 ぶふう、とネザスリウェ支社長の鼻から深い溜息のような音が漏れた。あの巨体だ、相当な量の空気が吐き出されたことだろう。


『どちらも折れないようでな……』

「でしょうね」


 とはいえ、トゥーナはパルネスブロージァと比べれば柔軟だ。しっかりと説明して理解させれば、多少は判断を変える可能性が残っている。一応、トゥーナが考えられる程度の情報は提示しておいたから、冷静になればとは思う。

 実際、ネザスリウェ支社長は良心的ではあった。交換条件としてパルネスブロージァとトゥーナの間を取り持つようカイトに依頼することは出来たはずだ。両者と無条件に対等な会話を行える者は極めて少ない。それこそカイト以外であればテラポラパネシオくらいだろう。公社の利益を考えるのであれば、交換条件としてその件を出されても不思議ではなかったし、言われる覚悟もしてはいたのだ。

 だが、ネザスリウェの口からそれが条件として提示されることはなかった。何か言いたそうな顔をしつつも、最後までその条件を口にすることなく通信は終わったのだから。


「さて。後は連絡待ちだね」

「そうですね。ャムロソン代表には伝えなくても?」

「今はいいかな」

「よろしいので?」

「あのタイプは、結果を出している間は何も言ってこないさ」


 カイトはャムロソンという知性体を過小評価はしていない。かれのことだ、ウヴォルス内部で行われた通信は全て把握していることだろう。少なくともゴロウからの報告は伝わっているはずだ。それでもクインビーでの通信を阻害しなかった以上、その行動を黙認しているのは明らかだった。

 ャムロソン自身、連邦の現状の対策をしている限りこれ以上の情報を手に入れることは出来ないと理解していたはずだ。友好関係にあるとはいえ、公社の責任者クラスとの伝手をャムロソンが個人的に持っているとも考えにくい。

 かれはカイトが伝手を利用することを知り、そこから新たな情報を得られる可能性に賭けたのだ。

 だが、それをいちいちカイトが報告したりャムロソンが干渉したりすれば変に話がこじれる可能性がある。どこの組織にも上の足を引っ張りたがる者はいるものだからだ。カイトもャムロソンもそれを理解しているからこそ、互いに知らぬふりをする。


「そういうものでしょうか」

「そういうものだよ。どちらにしろ、公社が有益な情報を送ってくれたら報告を上げることになるしね」


 その辺りの機微を察するには、エモーションはまだちょっと経験が足りないかもしれない。カイトは微笑みながら、公社からの連絡を待つべく座席にゆっくりと寄りかかるのだった。

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