奴らは何で出来ているのか
ウヴォルスで思わぬ再会を果たしたカイトとゴロウだが、考えてみればゴロウがここにいること自体はそれほど不思議というわけでもない。彼は生物学者だからだ。ルフェート・ガイナンという特殊な生物を調査するとなれば、生物学者のゴロウに声がかかることもあるだろう。
とはいえ、そんな彼がここでルフェート・ガイナンの幼体の仕分けに携わっているとは思わなかった。
「キャプテン。キャプテンもルフェート・ガイナンの駆除に駆り出されたんだな?」
「まあね。ドクターは生態研究かな」
「そういうこと。何しろ見るのも触れるのも初めてだからね。せっかくだから仕分けから参加させてもらっているってわけさ」
何がせっかくなのかは全く分からないが、やらされているのではなく自分から率先して行っているのであれば言うことは何もない。屈託のない様子から、口止めされている可能性も排除して良さそうだ。
手際よく幼体の残骸をトレイに仕分けしていく姿は、熟練の職人のたたずまいにも見えた。
「それで? 生物学者のドクターから見て、このクリーチャーどもはどんな生物だとお考えなんだい」
「ふむ。まずは生物としてのアンバランスさが気になるかな」
カイトの問いに、ゴロウは手近な残骸のうち、比較的大きく残っていた個体を手に取った。明るいところで見ると、それは白い岩石のようだ。粉砕された部分を見なければ、小惑星の欠片と言われても疑わない気がする。
「宇宙空間で多少なりとも生存できる彼らは、どちらかというと珪素生命体に近いはずなんだ。だけど、炭素生命体である我々に寄生して種を増やすという特性上、完全な珪素生命ではないと思う」
「ふむ?」
「一応事前に予習はしてきたけど、彼らルフェート・ガイナンは我々のような生物に寄生して仲間を増やす……というより、環境に適応した仲間を増やす性質がある。つまり、環境適応に短期的な進化というファクターを使っているんだ。この生態は、我々とは根本的に異なっているね」
ゴロウの説明は中々分かりやすい。珪素生命体に近いが、完璧な珪素生命とは言えない。そもそも彗星擬態型機動母体と幼体は、本当に同じ種族なのかという疑問もある。機動母体はテラポラパネシオが跡形もなく粉砕してしまったから、そもそも比較や確認の方法がないのが難点だ。
寄生して仲間を増やす、という生存戦略が特徴だとは言える。だが、寄生して仲間を増やさない限り、餓死してしまうという生態が理解しにくいのも事実だ。
「彼らはその星で生き残るために、生物として最も重要な要素を他の生物に依存している。体内の組成をはっきり確認しないと何とも言えないけど、我々の常識では測れない。奇妙な生物だと思うよ」
「奇妙なことは確かだね。……アンバランス、か」
確かに奇妙な生物だ。そもそも、本質的に宇宙を航行する生態なのに、その惑星で生まれた生物に寄生する理由とはなにか。自分たちの種を増やすという目的だったとしても、不自然さは確かにあった。
記録に残っていた寄生後の生物は、その惑星を飛び立つことが出来るような機能を備えていなかったという。増えたとしても、彼らにはその先がないのだ。
「おそらく彼らには、我々には理解出来ないようなまったく特殊な生存戦略が存在する。それを発見しない限り、彼らの生体の謎は解けないんじゃないだろうか」
***
ャムロソンはカイトとゴロウが知人だとは知らなかったようだが、彼への対応はそれなりに丁寧なものだった。どうやらゴロウは議会からの依頼でウヴォルスに来たらしい。市民権もまだ向上していない、いわば市民になりたてであるゴロウが選抜された理由についても、ャムロソンは聞いていたようだ。
「要するに、連邦の常識に染まっていない研究者が欲しかったらしい」
「染まっていない?」
「言っただろう? ルフェート・ガイナンの駆除方法は確立されている。つまり、あれの生態を真剣に調べようとする学者は少ないんだ。自分たちの市民権の向上に役立たないからな」
ただ生態を調べて、ひとつやふたつの新しい発見をしたところで、連邦議会からの覚えがめでたくなるとは考えていない。連邦の生物学者たちの多くは、自分たちの叡智と専門性で連邦に貢献し、自分たちの市民権を向上させるのが目標なのだ。それを批判することは出来ない。連邦で仕事に就いている者の目標というのは、いつだって突き詰めれば市民権の向上にあるからだ。
要するにルフェート・ガイナンの研究には、連邦の知識や常識にとらわれず自由な発想を行う生物学者が必要だったというわけか。
そういう意味では、公社からやってきた地球人の研究者。連邦の価値観や常識に染まっておらず、好奇心の赴くままに研究を行うゴロウという人物は、連邦議会にもャムロソンたちにも好意的に受け入れられる人材だったと言えた。
「それにしても、先程の推論は非常に興味深いものだったよ」
「そうですか?」
「ああ。惑星に降りて寄生した連中が、宇宙に戻る手段がない。言われてみればその通りだ。世代を重ねれば、ふたたび宇宙に出ようとしたのだろうか」
ルフェート・ガイナンは知性体にとっての敵性生物だ。なので、彼らを自由にさせてその行動を観察するなどといった悠長な研究はそもそも許可されない。生まれた疑問に関しては、おそらく誰も確認することは出来ないだろう。誰も知らないうちに生命が発達し、誰も知らないうちにルフェート・ガイナンが侵食した。そんな惑星でも発見されない限りは。
そんな星が都合よく発見されるわけもない。ャムロソンが注目したゴロウの推測はあくまで推測で終わりそうだ。
「……ふむ。最初に分析を行った残骸のデータが出てきたようだ。ここからはエモーション
「はい。お任せください」
ャムロソンの言葉に、エモーションが前に出た。部屋の端末を操作し、ルフェート・ガイナンの体組織の組成について確認を行っていく。
「これは……ッ!」
調べ始めてほどなく、エモーションが驚いたような声を上げた。彼女がそんな声を出すのは、本当に珍しい。カイトが普段はしないような機動をクインビーにさせた時のような焦り具合だ。
エモーションは慌てて別の端末にも手を伸ばし、どこからか別のデータを引っ張ってくる。
その両方を比較し始めたかと思ったら、またさらにひとつ、別の端末から別のデータを収集する。
エモーション個人が出している張り詰めた空気に、カイトも思わず言葉を呑む。
「やはり……! ではこの数値は……」
身体改造を行ったカイトでさえも追いきれないような速度でデータを閲覧し、エモーションは何かの結論を出したようだ。
エモーションが最後に参照したデータは、カイトにも見覚えがあった。数値はよく分からないが、写真ですぐに分かる。
宇宙ウナギだ。おそらくは、新しいボディを作る前のトゥーナ。
「結論が出ました。キャプテン」
「早いね!?」
エモーションが端末で確認した三つのデータ。それが空中に投影された。
ひとつはルフェート・ガイナン。もうひとつはトゥーナ。それならば最後のひとつは一体。
「エモーション。何故トゥーナさんのデータを?」
「共通点があったからです。トゥーナ三位市民は本来、宇宙空間を単独で航行出来る超巨大な珪素生命体。ルフェート・ガイナンも少なくとも彗星擬態型機動母体は宇宙空間を単独で航行出来る珪素生命体です。形はともかく、性質は似ています」
「なるほど?」
「両者のデータだけを比較すると、組成にはあまり似ている部分はありません。ですが、このデータを挟むと……」
と、最後のひとつのデータに注目させる。
見ると、ルフェート・ガイナンに数値が似ている部分が半分、トゥーナに似ている部分がもう半分の七割程度。
少なくとも、ルフェート・ガイナンと宇宙ウナギの中間に存在していると言ってもそれほど差支えがない。そんな形状だと言えた。
「まさか……!」
カイトもそれで気付いた。ルフェート・ガイナンとはまさか。
「ルフェート・ガイナンは、宇宙ウナギに寄生していた寄生生物と同種の生物です」
エモーションはそう断定した。残念ながら断定してしまったのだ。
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