宇宙ウナギとルフェート・ガイナン

 ルフェート・ガイナンが宇宙ウナギに寄生していた生物と同系統の種族である、というエモーションの断定。

 それを覆すには、エモーションが提示してきた情報はあまりにもデータとして明確にすぎた。


「この数値の違いというのは、要するに連中が中で宇宙ウナギの体細胞をもとに増えたから……と考えるのが妥当ってことでいいかな」

「おそらく。ルフェート・ガイナンは寄生した相手の生態情報をある程度受け取ることで、その星の環境に適応すると考えられます。環境の違う惑星に短期的に適応するための手段としては賢いと言えますね」

「なるほど」


 ゴロウもエモーションの説明に納得出来たのか、深々と頷く。

 節足動物然とした、宇宙ウナギの寄生生物。見た目はあまり似ているとは言えない。そして、大きさもかなり違う。宇宙ウナギに寄生していた生物は船と同規模の大きさだった。ルフェート・ガイナンの幼体は、そう考えるとあまりに小さい。


「彗星擬態型機動母体は、宇宙ウナギに寄生していた個体として考えても不思議じゃない大きさだった。けど、幼体はちょっと小さすぎないかな」

「宇宙ウナギへの寄生が、あくまで寄生先の選択のひとつということも考えられるからね。実際、ルフェート・ガイナンの最終的な目的が分からなければ」

「おそらく最終的な寄生先が宇宙ウナギであるのは間違いないかと思います。トゥーナ氏が勝った後、大型宇宙ウナギから出てきた寄生生物は次なる寄生先としてトゥーナ氏を目指しましたから」

「なるほど。宇宙ウナギは余程のことがなければ、生態系の最上位と言える。寄生先としてあれ以上の生物はなかなか存在しないね」

「そういうことか……」


 いまいち納得出来ていないカイトだったが、ゴロウとエモーションの会話にようやく得心して息を吐いた。だが、あれが宇宙ウナギを最終寄生先に選んでいるのであれば、どうやって宇宙ウナギの行動を予測しているのかという疑問が沸く。

 何となくここに来そうだというアタリをつけて、何となく星系に侵入しているという方法論だとしたら。宇宙でそんな偶然に期待するのは、何と言うかあまりにも杜撰なような気がするのだけれど。


「ま、分からないなら聞いてみればいいか」


 いちいち推論をぶつけあう必要もない。カイトはャムロソンに通信を繋ぐように求めるのだった。


***


 にょろにょろした生物探しを楽しんでいるトゥーナに連絡をつけるのは、それなりに簡単だ。

 何しろ、トゥーナとはパルネスブロージァとテラポラパネシオが一緒なのだ。テラポラパネシオに連絡を入れれば、どこにいるかはすぐに分かった。


「やあ、トゥーナさん。調子はどうだい」

『カイト! 久しぶりですね! 元気でしたか』


 画面に映ったトゥーナは、随分と新しいボディでの生活を満喫しているように見えた。新しい生活スタイルを提案したカイトとしても嬉しい話だ。画面の端に見切れているパルネスブロージァに視線を向けると、パルネスブロージァの小型端末が手に該当するパーツを振っているのが見えた。


『それで、何か用事だと聞きましたが』

「ええ。少し聞きたいことがありまして」


 トゥーナが寄生生物について相当嫌がっていたのをカイトも覚えている。そのまま聞いたら素直に答えてくれないかもしれないと、少しばかり遠回しに問いかけた。


「宇宙ウナギの生態について確認したいことがあって、連絡したんです。トゥーナさんが僕たちと出会った辺りを目指した理由ですが、何かあるんですか?」

『ふむ? カイトは変なことを聞くのですね。構いませんよ。ええと……』


 遠い記憶を思い出そうとするように、空中を見つめて停止するトゥーナ。カイトの後ろではエモーションとゴロウがトゥーナの答えを静かに待っている。

 しばらくの沈黙ののち、トゥーナはこちらに向き直った。


『ええと、確か。気になる光を感知したのです』

「気になる光?」

『ええ。他の光と比べて、奇妙に心を惹かれたんです。だから向かおうと』

「そうですか。参考になりました、ありがとうございます」

『いえいえ。この程度のことで良ければいつでも』


 今も変わらず好意的なトゥーナと用件だけで会話を終えるのは何とも申し訳なく感じたカイトは、少しばかり雑談に興じることにした。背後では話を聞き終えたゴロウが席を外す気配。意外なことにエモーションは残るようだ。


「そちらの様子はいかがです? お目当ての生物は見つかりましたか」

『聞いてくださいカイト! テラポラパネシオったらひどいんですよ!?』


 おやおや、単なる雑談のつもりだったが少しは揉め事の種もあったか。


***


 どうやらトゥーナとテラポラパネシオは、発見した生物に対する方針で揉めているらしい。

 聞けば、トゥーナはこれまでに発見した『にょろにょろした生物』を片っ端から保護しようとしたのだとか。まあ、これまでの愛着ぶりを見れば何となく予測できたことではある。そして、同行しているテラポラパネシオがそれを止めた。

 片方からだけ話を聞くのも良くないと、距離を取っていたテラポラパネシオにも聞き取りを行う。

 

『トゥーナ三位市民エネク・ラギフが保護しようとしていた生物は、特に絶滅のおそれがないものも含まれていたからね。我々としては、惑星の生態系を壊すような行為には荷担できないと伝えたまでだ』

「ふむふむ」

『ひどいと思いませんかカイト! 護る生物と護らない生物を選別しろなんて! 私はテラポラパネシオが横暴だと思うのです!』


 トゥーナはカイトたちと知り合うまで、他の生物に対する仲間意識や保護という思考など存在しなかったはずだ。感情が先行していて、テラポラパネシオによる理詰めの説明を受け入れられないのだろう。

 往々にしてそういう時には説得を聞き届けるような余裕はないし、テラポラパネシオにその辺りの機微を察しろというのも中々に難題だ。

 カイトはどうしたものかと少しばかり悩んでから、トゥーナに対して同情的な口調で言った。


「そうですか。トゥーナさんの気持ちはとても尊いものだと思いますよ」

『そうでしょう!?』

「はい。取り敢えずテラポラパネシオの皆さんを説得するために、確認したいことがあるのですが」

『なんでも聞いてください!』

「トゥーナさんはウナギに似た生物を、全て護りたいと思っているんですよね?」

『はい!』

「ではウナギに似た生物同士が捕食者と被食者の関係だった場合、どちらを護るようにしますか」

『……え?』


 カイトを味方に出来たと思っていたのだろう、勇んでいた様子のトゥーナが首を傾げた。


「ええと。トゥーナさんがあの大きな宇宙ウナギと食い合おうとした時を思い出して欲しいんですけど。惑星に住んでいる生物も、往々にして捕食者と被食者がいます。トゥーナさんがウナギに似た生物を保護し続けた場合、その惑星には大きなウナギに似た生物と、小さなウナギに似た生物のみが残る未来がやってくるわけですね」

『ちょ、ちょっと待ってくださいカイト」

「単純な疑問です。保護を続けていれば、どちらを保護し続けるかを選ばなければならない日がいつか来ると思うんですが」


 理解できない様子のトゥーナだが、カイトは意に介さず続ける。


「どちらも、というのは難しいと思うんですよ。トゥーナさん、どうするかだけ教えていただけます?」

『ええと……その……』


 カイトが提示しているのは、極めて極端な想定だ。だが、トゥーナのこだわり方からすると十分にあり得る仮定でもあった。

 天敵の圧力が失われれば、短期的には生物は増える。そしてその後は、食糧が少なくなって餓死するか、別の場所に版図を広げることになる。

 答えを出せなくなってしまった様子のトゥーナに、カイトは微笑みながら告げた。


「その辺りを決めたら、僕に連絡してください。納得できる内容であれば、責任を持ってテラポラパネシオを説得しますよ」

『で、でも私はどうしたら。私だけでは決められませんよ!?』

「そこに誰より詳しい方がいるじゃないですか。パルネスブロージァ社長は生物の保護に精通していますから、色々と聞いて学ぶと良いと思いますよ」


 トゥーナは弾かれるように、パルネスブロージァを見た。ここまでの様子を見る限り、パルネスブロージァはトゥーナに説明をしていなかったようだ。テラポラパネシオとパルネスブロージァが同時に反対すれば、トゥーナとの間に遺恨を残すと考えていたのかもしれない。


『わ、分かりましたカイト! 色々と学んでから連絡しますね!?』

「ええ。待っていますよ」


 ぷつりと通信が切れる。パルネスブロージァの反応は分からなかったが、このまま放置しては良くないと思っているのは同じはず。テラポラパネシオよりは上手にトゥーナの思考を誘導してくれることだろう。

 カイトは苦笑交じりに席を立った。どうせすぐには返事は来ないだろう。


「さ、戻ろうかエモーション。思ったよりも事態は深刻かもしれないよ」


 トゥーナの寄越してくれたヒントは、思った以上にルフェート・ガイナンが連邦の勢力圏内に入り込んでいるかもしれないと、不安を感じさせるものだったからだ。

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