その根源に迫る

人工惑星ウヴォルスでの再会

 カイトが追跡船団から離脱した件に関しては、他の船団から特に悪い印象は持たれなかったようだ。特に悪評を恐れるカイトではないが、出来れば連邦の仲間とは良い関係でいたいとは思っている。

 ルフェート・ガイナンと激突した宙域まで戻ると、ちょうど大型の人工天体が残骸を吸い上げているところだった。あれがウヴォルスだろうか。


「失礼。こちら船籍名クインビー。責任者の方はおられますか」

『こちら人工天体ウヴォルス。船籍名確認。責任者は……カ、カイト三位市民エネク・ラギフ!? しょ、少々お待ちくださいッ!』


 通信を送ると、対応してくれたスタッフは慌てた様子で内線を繋ぐ。

 相手方のこの対応にも、なんだか慣れてきた。ひとまず次に出てくる相手を待つことにする。

 次に現れたのは、カイトもそれなりに見知った風貌の知性体。


『カイト三位市民、お会い出来て光栄だ。私はウヴォルスの責任者を務めている、ャムロソン。市民権は四位だ。こちらには何の御用かな?』

「初めましてャムロソン四位市民ダルダ・エルラ。ルフェート・ガイナンの残骸を研究されていると聞きましたので、色々と教えていただければと」

『ほう? 研究は遅々として進んでいないのだが……それでもよろしいのかな』

「ええ。敵を知らずに追っても意味がないと思いまして」

『なるほど、単なる興味本位というわけでもなさそうだ。ぜひお力を借りることにしよう。港湾部を開ける、入ってきたまえ』


 言葉通り、ウヴォルスの一部が開く。残骸を引き入れている場所とは逆の位置だ。カイトはクインビーを港湾部の方に向けた。

 それにしても。ャムロソンはどことなくやさぐれているような空気を漂わせているように感じられた。それが自分たちにとって悪い結果に繋がらないと良いなと思いつつ、カイトはウヴォルスへと入港するのだった。


***


「こりゃまた、随分とマッドな雰囲気」

「ええ。研究特化型の人工天体は、そういえば初めてですね」


 港湾部に降り立ったクインビーから出たカイトとエモーションは、しばらく待ってみたが特に案内が来る様子もないので、そのまま奥に向かうことにした。

 港湾部から少し入ると、筒の中でルフェート・ガイナンの一部が浮かんでいる光景を目にする。筒は無数にあり、そのいくつかにスタッフと思われる連邦市民が集合している。保存されている筒の中身は、先程船団が徹底的に破壊した幼体の残骸ではないようだ。明らかに色彩が違う。


「……これは」

「気づいたかね? エモーション五位市民アルト・ロミア

「ええ、ャムロソン代表」

「済まないね。迎えを出すのが遅くなった。改めて挨拶しよう。ウヴォルス代表のャムロソンだ。よろしく」


 差し出された細い触腕を、軽く握る。

 カイトが手を離した後、続けてエモーションとも握手を交わしたャムロソンは、ついて来たまえと二人を先導して奥に戻る。わざわざ出て来てくれたのだろうか。

 歩きながら、カイトは先程のやり取りについての確認を行う。


「気づいたか、というのはどういう意味だいエモーション」

「はい、キャプテン。ここで研究されている個体は、宇宙空間で駆除された幼体ではありません。おそらくは惑星に落下した後、現地の生物に寄生した後の個体ということでしょう」

「なっ」

「正解だ、エモーション五位市民。この化け物どもは、かつて連邦以外の管理していた惑星に落下し、惑星の半分近くの生態系を破壊し尽くした連中のサンプルだ。我々研究者にとっては非常に大事なサンプルであると同時に、我々の予想を手ひどく裏切り続けるややこしい標本なのだ」


 ャムロソンは疲れからか触腕をだらりと腕を下ろしながら、奥へと進んでいく。

 近くの筒の横を通るたびに、自虐なのか説明なのか分からない話をしてくる。


「当たり前だがこいつらは全部死んでいる。生きたルフェート・ガイナンの研究は禁忌だからな。だが、死体から取れる情報はもう取り尽くしたと言っていい」

「なるほど?」

「機動母体を伴うほどの規模でやって来るルフェート・ガイナンの駆除をするなんて事例は、決して多くない。だからこそ今回のサンプルには期待をしているんだ。我々だけじゃない、議会のお偉方もな」


 どうやらルフェート・ガイナンとは、連邦ほどの規模であってもそれほど高い頻度で現れるクリーチャーではないらしい。少ない証拠でアレコレ研究したとしても、突然新しい発見があるわけがないのだ。連邦の研究能力は銀河でも最高峰だというのに、こんな成果の出ない研究に回されている。ャムロソンが時折口にする不満とは、その辺りが由来なのだろうか。

 ともあれ、今回の駆除で多少は研究に進展があるといいのだけれど。


「元々、この研究は道楽の一部だと思われていたんだ」

「道楽?」

「ああ。連中、生存戦略は大体一辺倒だからな。効率の良い駆除方法が発見された以上、ルフェート・ガイナンの研究なんてのは一部の連中の道楽と言われてきたものさ」

「はあ。それは何とも……」


 効率的に駆除出来る方法が見つかった以上、敵性生物の生態の研究など必要ないという意見。ある意味で正しい判断ではある。ただでさえ研究の対象はたくさんあるのだ。根本的な解決が出来なくとも、次善の方法が見つかったから手を引くと言うのもあながち無体な話とは言えない。

 ャムロソンがこちらを当初疑ってかかったのも、そういった事情からなのだろう。


「まあ、それでも連邦議会はこの研究を必要としてくれていたからな。出来ればしっかり結果を出したいもんだ」

「僕たちもここにいる間はお手伝いしますよ」

「ええ。便利にご活用ください」

「そうかい、ありがとよ」


 他の球体型知性体より二回りほど大きな体を揺らすャムロソン。

 いつの間にか筒はその姿を消し、何もない広い部屋があるばかりになっていた。何故ここだけ空間が空けられているのだろうかと、当たりを無遠慮に見回す。


「サンプルの標本を置かないといけないんでな。少し掃除をしたのさ。仕分けが済んだら、研究に役立ちそうなサンプルをここに並べることになる」

「なるほど?」

「仕分けもそろそろ始まっている頃だろう。まだ少し歩くが、行ってみるかい?」

「ぜひ」


 ルフェート・ガイナンの幼体を収容した区画へ向かう。

 相変わらず筒の姿はないが、代わりに機材がいくつか運び込まれている。研究のためのコンピュータだろうか。

 いつの間にか広間から通路に出ていたようだ。少しばかり幅の狭くなった道を、ャムロソンの先導で進み続けることしばし。


「ここだ」

「ここが……」

「キャプテン。呼吸には気をつけて。揮発した体液が毒素を放っています」


 大量の残骸を飲み込んだウヴォルスの深部。開いていた部分は閉じられて、生身でも活動できる環境に変わっている。ごうごうと空調が動いているのは、気化した酸性の体液が作業中のスタッフに悪影響を与えないようにという意図だろうか。

 今はたくさんのスタッフが、破損具合を調べながら大きさごとに仕分けを行っている。念入りに駆除したので、もう生き延びている幼体はいないと思うが、それにしたってかなり危険な作業だ。

 率先して作業に従事するスタッフ達の顔を眺めていると、ふと見覚えのある横顔があった気がしてカイトはそちらに歩み寄った。作業に集中してカイトに気付いていなかった様子のスタッフが、偶然顔をこちらに向けた。目が合う。

 驚いた様子で目を見開くが、カイトも似たようなものだ。そして口を開いたのは、相手の方が早かった。


「あれ? キャプテン……キャプテン・カイト?」

「あんた……やっぱりサイトー博士。何してるんだ、こんなところで」


 そこには、久々に見るゴロウ・サイトーの姿があった。

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