中央星団は混乱している!

 カイトたちがルフェート・ガイナンの駆除に動いている頃。

 中央星団で、レベッカ・ルティアノが困り果てていた。


「アシェイド議員。ですから私たちはこの件に関して詳しくないのです」

「それは分かるが、あまりに似過ぎているのでね。特に、成長した後の姿が酷似しているのだ。連邦でも対処を開始してからほぼ見たことがない、資料映像でしか見たことがない者もいるくらいの」


 アシェイドはカイトと関わってきたこれまでの経緯からか、アースリング関係の担当者にされることが増えてきたらしい。

 レベッカも頭を抱えている。今回の一件がカイトのせいかと言われると怪しいところなのだが、ふたりがカイトに対して恨み言を言いたいのは共通している。


「しかしだね。君たちの地球であのルフェート・ガイナンの記録映像のようなコンテンツが存在したのは厳然たる事実なわけで」

「ええ。それは否定しません。ですがあの映像作品は西暦年間に造られた古典作品なのです。カイトは古典を好んで視聴していたかもしれませんが、私たちの中でもあの作品について詳しい情報を持っている者なんていません」


 カイトが危惧していた通り、連邦の好事家の誰かが地球のコンテンツの中にあった『ルフェート・ガイナンによく似たクリーチャーが現れるパニックホラー』を発見していた。

 その情報が議会にもたらされる直前だか直後だかに、久々にルフェート・ガイナンが連邦の勢力圏内に現れたとの報が届いたわけだ。それは荒れる。

 偶然、かつタイミングが悪い。どちらかのタイミングがもう少しズレていれば、当のカイトに確認する時間もあっただろうに。


「地球にルフェート・ガイナンが現れたなんて話、私たちも聞いたことがありませんよ。単なる偶然だとしか言えません」

「そうかもしれないが、困ったことにカイトが連中を連邦に引き込んだと言い出すような連中も現れているのだよ」


 レベッカも一応、地球人に今回の件を相談してはみたのだ。カイトほどではないが古典に造詣の深そうな傭兵バイパーとそのクルーにも聞いてみたが、反応は芳しくなかった。


――済まない。俺はホラーは駄目でさ。

――ああ、その映画。名前は知ってますけど、グロ系ですよね? アタシそっちは専門外で。


 彼らの愛船であるトータス號は火力が充実していないということで、今回の作戦への招集はかかっていない。通信封鎖が行われているわけでもないので、カイトに聞こうと思えば聞けるのだが。

 ただ、レベッカはカイトにそれを聞いたところで、自分たちが知っている以上の情報を彼が持っているとは思えなかった。

 西暦年間は地球人にとって古典の領域。映像がデータとして残ってこそいるもののその頃から生きている地球人は一人もいない。


「皆さんの寿命からするとほんのわずかな時間なのかもしれませんけど、当時の地球人にとっては何世代も前の話です。当時の関係者だってその遺族だって残っているか分からないのに」

「……やはりただの偶然なのだろうね。ルフェート・ガイナンは身体改造を行っていない者には極めて厄介な生物なのでね。アースリングがあれほど詳細に連中のことを知っているのであれば、何かヒントが掴めるかとも思ったんだが」


 アシェイドが気にしているのは、地球人がルフェート・ガイナンを引き込んだなどという馬鹿な言説への対応についてではない。

 ひとたび生命体の存在する惑星に落ちた時、その生態系に致命的な損傷を与えるあの敵性生物を駆逐するためのより良い方策だ。


「了解した。連邦議会はこれ以上、アースリングに対してルフェート・ガイナンの件で取材を行うようなことをしないよう、通達を出すことにする」

「そうですか」


 あからさまにほっとした様子のレベッカに、頷くアシェイド。

 ならば、ルフェート・ガイナンに関しての機運が来たこの時期に改めて研究を開始するべきだ。

 アシェイドは議員として、レベッカにひとつだけ依頼を出した。


「では、ドクター・サイトーを呼んでもらえないかな」


***


 調査船団が六隻のディ・キガイア・ザルモスと合流すると、機動母体を撃破したテラポラパネシオが取得した情報を別個体と共有する。自我が同一である彼らは普段、対面での情報共有を必要としていない。にも関わらず対面で共有したということは、彼らが取得した情報がそれだけ繊細で分かりにくいものだと証明しているようだった。

 共有が終わったところで、ここまでやって来たテラポラパネシオの役目は一旦終わった。あとはこの場所に待機して、目印の役割をすることになるという。

 六隻は調査船団を六つに分断して、それぞれの調査経路に進むことになる。

 が、ここで少々問題が起きた。


『カイト三位市民エネク・ラギフ! せっかくだから我々と一緒に行こう』

『何を言うか! カイト三位市民、我々を補佐してほしい』

『待て待て。最も経路に複雑さを求められるのは我々だ。カイト三位市民と我々が組めば怖いものはない』

『お前たちはカイト三位市民にどれだけ負担を強いれば気が済むんだ。カイト三位市民は我々と一緒に最も負担の少ないコースを通るべきだ』

『いや、我々が』

『ぜひ、我々と』


 カイトは思わず頭を抱えた。

 他の船団のクルー達が、尊敬の目でクインビーを見ている気がする。違うんだ、宇宙クラゲに好かれてもいいことなんてあまりないんだ。


『……大人気ですね、キャプテン』

「帰りたい……」


 まさか宇宙クラゲに自分の奪い合いをされるなんて。

 いや、現実に目を向けよう。何となくこんな目に遭う気はしていた。


『見苦しいぞお前たち。それを決めるのは我々ではなく、カイト三位市民であるべきではないか?』

『やかましい! 自分だけカイト三位市民と同じミッションをこなすなど!』

『正論だからと我々を止められると思うな!』

『ふっ。カイト三位市民は大活躍だったぞ。追跡などさせずとも、ここで我々と待機しても良いくらいだ』


 まさか七体目まで参戦するとは。と言うか、もしかして自分はいつの間にか宇宙クラゲにとって地球クラゲと同じ枠組みにされていないだろうか?

 どの経路を選んでも、何だか角が立つ気がする。


『どうします? キャプテン』

「どうって言われてもなあ」


 正直、どのコースで追跡を行っても核心に触れることは出来ない気がしている。そもそも、六基の機動母体はどうやら別々の宙域からここに合流し、発光し始めたのは間違いないらしい。ルフェート・ガイナンは何故ここを合流地点にしたのか。

 それがまず気になるところだが、それはこの先を追いかけても、逆にここに居座っても掴めないような気がした。


「連中の残骸はどこに運ばれるんですかね」

『ん? 人工天体ウヴォルスを向かわせているから、そこに収容する予定だが』

「……では僕たちは、そちらに合流しようかと思います」

『何故だね!? そちらには我々はいないのだが!』


 そういう問題じゃないと思う。

 目的を見失っている宇宙クラゲたちに対して、カイトは冷静に返答した。


「最大の目的はルフェート・ガイナンの進出を防ぐことですよね。連中のことを少しでも理解しないと、先に進めない気がするので」

『む、むむう……!』

『や、やむを得んか。カイト三位市民の選択ならば……!』

『では今回はともかく、次はぜひ我々とミッションを!』

『抜け駆けするな貴様!』


 付き合いきれない。

 下らないことでまたも騒ぎ立てるテラポラパネシオを後目に、カイトはクインビーを元の地点に転移させることにしたのだった。

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