しらみつぶし
母体に遅れることしばらく経って、幼体の排除も完了した。当たり前だがかなり生命力が強いので、残骸になっても入念に生存反応がないかチェックが行われている。
幼体は射出時点では卵のような形状をしている。惑星の大気に突入しても無事に落着出来るようにするためだろうか。大気の摩擦にも耐えうる外殻なのだとしたら、熱量兵器による撃破は難しいように思えた。
実際、連邦の船団も実弾系統の兵器が多かったようだ。残骸の多数は実弾も多分に含まれている。面制圧に向くという理由で選んだ
『まあ、サイオニックランチャーであれば問題なく消し飛ばせたと思いますが』
「そりゃそうだ。一緒に他の皆さんの撃った弾も吹き飛ばしていたと思うけどね」
『確かに』
それにしても、思った以上に時間をかけて調べている。少し離れて眺めていると、残骸の一部がもぞりと動いたように見えた。念のためにと働きバチを一枚飛ばしてみると、卵殻の半分を破砕された幼体が引っかかった。露出した中身がびちびちと蠢いている。当たり所が良かったのか悪かったのか、仕留めきれなかったようだ。
それは船団が総出で確認するわけだ。これを放置していたら、これらの残骸を掃除する船に取りついていたかもしれない。連邦市民は寄生されないようだが、取りつかれたまま別の宙域に運んでしまう恐れもある。
「幼体が新たな機動母体になることはあり得るのかな」
『文字通りの母子関係であるなら、あり得る話ですね』
引っかけた生き残りを、もう一枚の働きバチと挟んで押し潰す。カイトは処理を済ませたと判断して残骸の山に視線を戻した。
じっくり見ると、そこかしこでまだ何かがもぞもぞ動いている。機動力は最早ないから、あとは駆除されるだけだ。
ちょいちょいと生き残りを挟み潰す作業をしながら、しみじみと呟く。
「……働きバチ、一新しようかな」
『私もそれをお勧めします』
ひたすらに幼体を駆除したので、働きバチは体液やら残骸やらでひどいことになっている。このままクインビーに戻すということは、船体にそれを貼り付けるということで。
いくら洗浄したとしても、何となく気分的にそれを貼り付け直すのは気が引けるカイトだった。
***
じっくり時間をかけて生き残りが存在しないことを確認した船団は、一部を残して機動母体が通ってきた宙域を遡る。出発前に、船体にこっそり幼体が貼りついていないかの確認も怠らない。クインビーは大丈夫だったが、実際に前の方で駆除に携わっていた三隻に幼体が付着していた。油断も隙もない。
居残る船団は、兵器と幼体の残骸をより分けて回収する役割だという。幼体の残骸にも何やら用途があるらしい。標本や研究にでも使うのだろうか。
残骸と回収船団を背に、カイトは機動母体の航行経路を遡る集団に同行する。
「ええと、発生地点の周辺にはディ・キガイア・ザルモスが何隻かいるんだっけ」
『はい。機動母体が六基でしたので、六隻。それぞれが確認地点以外からやって来た可能性があるから、とのことです』
「どうでもいいけど、どうやって追尾するんだろうね?」
『母体を破壊したディ・キガイア・ザルモスが、観測した波長を元に探索を始めるのだとか。個体ごとに微妙に波長が違うとかで』
「……なんでもアリだな宇宙クラゲ」
カイトは自分自身、それなりに色々と便利なことが出来る自覚がある。だが、宇宙クラゲは流石にこういうところ桁外れだ。年季の違いを感じる。
船団の外側の船が数隻、集団から離れた。ここに来て突然帰るということはないだろうから、何かの理由で移動したのだろうが。
と、向かった先で何かが光った。しばらくして、何事もなかったかのように戻ってくる。
『どうやら、機動母体が通過した前後に、ここを横切った小惑星があったようです。念入りに破壊した、ということでしょうね』
見えたのは、容赦なく破壊した際の光だったか。そういえば地中に潜る場合もあるとか言っていたから、破壊は絶対に必要だったのだろう。
「なるほど。到達を許したらそこまでしないといけなくなるのか」
『さすがに惑星サイズとなったら破壊は難しいようで。時間をかけてしらみつぶしに探すことになるようです』
それは緊急になるわけだ。
その後も何度か、離れては戻ってくる船を見かけた。中には幼体の残骸を曳航してくる船もあったので、ルフェート・ガイナンの厄介さが分かる。
連邦は機動母体を観測した直後から、通過予定の宙域のあらゆる小惑星などの軌跡を確認している。膨大な手間のように感じられるが、撃ち漏らした後に発生する被害を考えるとやり過ぎではないという判断なのだろう。
「連邦ほどの組織力がないところだと、処理は大変だろうね」
『連邦に泣きついてくることもあるようですよ。改造の強度次第では、寄生されてしまうところもあるらしく』
「災害だね、本当に」
連邦としては放置しても良いのだろうが、その結果としてルフェート・ガイナンの次の標的が連邦になる可能性もある。実際、機動母体は知性体にとっての共通の敵性生物だからと、連邦も助力を惜しんだりはしていないという。
そういえば機動母体が六基も発生したのは、これまでの平均的な発生数より多いようだ。とはいえ多すぎるほどでもない。彗星への擬態が始まったのは連邦の勢力圏の中なので、どこからどのように移動してきたかというのはかなり重要らしい。
『とはいえ、毎回途中で痕跡が途絶えてしまうらしいですね。連邦はキャプテンやテラポラパネシオの使う、転移に近しい能力を獲得している可能性も視野に入れているようです』
転移については、カイトはあまり納得できない推測ではある。そんな方法が使えるのであれば、最初から恒星系の近くに転移してしまえばいいのだ。連邦の研究者も同じことを考えているようで、可能性は認めつつも断定まではしていない。
そこまで考えたところで、カイトは転移の可能性がやはりあるかもしれないと考えを改めた。所々をテラポラパネシオの転移でショートカットしつつ移動しているからだ。
カイトたちが招集を受けてから、現地に到着するまでそれほど長い時間が経ったわけではない。その間にテラポラパネシオでも所々でショートカットをしなければならないほどの距離を移動している。
長距離転移はしていないにしても、短距離の転移ならあり得るのではないか。それを繰り返して連邦の勢力圏に侵入してきたというのであれば、理解は出来る。
「でもそうなると、光る意味が分からないんだよなぁ」
『複数基が合流したから、行き先を共有するために発光しているのでは?』
「その可能性もありそうだけど……ううん」
いささかピンとこない。というより、カイトの勘がエモーションの推測を支持していない。とは言え、勘こそ根拠のない思い込みでもあるので、カイトはエモーションの言葉を頭から否定はしなかった。
『キャプテンの勘は違うと言っているようですね?』
「……まあね」
『では違うのでしょう。キャプテンの勘が冴え渡るのをお待ちしています』
そういうプレッシャーのかけ方は感心しない。
どうにも情報が足りていない感じだ。カイトはこの先、テラポラパネシオの追跡に合流することで新しい情報を得られることに期待を寄せることにする。
「お、見えてきたね。さすがに六隻、目立つ目立つ」
発生点で待機している六隻のディ・キガイア・ザルモスが遠くに見えた。
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